Archive for the Category ◊ 作品 ◊

Author:
• 金曜日, 6月 29th, 2012

「凡そ最初口を開く音に、みな阿の声あり・・・故に悉曇の阿字を衆声の母となす」(「大日経疏」)

1. 人間とコトバ

コトバは、文明・文化の母である。コトバと道具とエネルギー(火・水・風など)のコントロールが、人間を人間たらしめた三大要素である。
話す(思想の伝達、記憶)、書く(記録して残す)、考える(コトバで概念を組み立てる)手段がコトバである。
四大文明は、文字を発明している。(エジブト文明、メソポタミア文明、インダス文明、中国文明)

コトバは、声と文字に別れ、インド・ヨーロッパ語は、表音文字を、中国語は、表意文字となった。音を写すコトバと、音を意味する漢字という、表象文字に表わしたコトバに分れた。

わが大和民族は、話しコトバの倭語はあっても、文字がなかった。仏教伝来と共に、中国から漢字が伝わった。漢字を、大和コトバで読んだのだ。それは、英語の、I am a boyを日本語で読むという、革命に近い手法であった。万葉仮名が出来て、平仮名が誕生し、現在の、漢字、ひらがな混り文の、日本文が完成をした。漢字と和語が結婚をしたのだ。

「甲骨文字」や「金文」から、古代宗教国家での、文字の誕生を実証した。
コトバ考は、本居宣長の「詞の玉緒」から時枝誠記の「言語過程説」三浦つとむ、吉本隆明の「指示表出、自己表出」へと至っている。

音が中心の西洋では、ソシュールの「構造言語論」から、バフチンの多重言語、チョムスキーの「言語論」に至り、「記号論」がコトバの中心を占めた。パロールとエクリチュールが、西洋の哲学のコトバ考の核となった。

2. 空海のコトバ −法身説話−

「自心の源底」に至った空海の言語哲学を、見事に分析し、コトバを、構造的に、意味と存在を分節した井筒俊彦の名著「意識と本質」は、圧巻である。三十ヶ国語を、自由自在に読み書き出来た井筒は、空海以来の、コトバの天才であろう。
サルトルの実在主義、フッサール、メルロポンティの現象学、ユングの深層意識、荘子のコトバ、芭蕉の時空を超えるコトバ、マラルメの絶対言語、禅の不立文字、そして、真なる言葉、大日如来の真言、空海が到達した「法身」の語るコトバへと、歩を進める。
西洋の言語学者が踏み込めなかった、アーラヤ識からくる言語、空海の創造した、最高のコトバ、異次元のコトバを再発明する。

阿字。真言。大日如来の、真なるコトバ、存在の、意味の、究極の地点を、井筒俊彦は、開示してみせた。
一切の音の、声の、根源である阿字。森羅万象の、根源である大日如来のコトバ。
「五大にみな響きあり、十界に言語を具す、六塵ことごとく文字なり、法身はこれ実相なり」
「それ如来の説法は、必ず文字による、文字の所在は六塵その体なり。六塵は本の法仏の三密なり」(『声字実相義』より)
釈尊が、語れなかったところのものを、空海は、色身から法身へと転じることによって異次元で、語ってみせた。
西洋の、声と、記号を語る、言語哲学者たちが、到達できない、(自心の源底)へと千二百年も、昔の、空海は到達していたのである。空海は、すべての存在は、コトバであると言っている。

3. 梵字悉曇の歴史

表意文字である漢字を書く日本人に心理分析はいらない、と、精神分析の雄ジャック・ラカンは語った。表音文字を使うヨーロッパの哲学者のコトバだ。
しかし、表音文字である、サンスクリット語にも、字相と字義があると空海は語る。「吽字義」文字の表層の意味と、深秘な意味を分けて考えている。(huum)
文字に、(法身、報身、応身、色身)を読み込んでいる。
インドでは、四千年前の、インダス文明の象形文字は、まだ、読み解かれていない。紀元前三世紀のアショカ王の頃、アショカ文字が現れる。
そして、四世紀には、グプタ王朝のグプタ型文字、六世紀に、シッダマートリカ型とナーガリー型が現れて、その中のシッダマートリカ型が、<悉曇>と呼ばれることになる。
インドで誕生した仏教、密教は、中国漢文に翻訳された。
古訳時代(法護)旧訳時代(鳩摩羅什)は、共に、漢字による音写文字。
新訳時代(玄奘三蔵)は、直接、梵など。
密教の経典は善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵等によって、次々と翻訳された。ただし、音の長短を重視する、悉曇文字は、書写された。真言陀羅尼は、訳すと、意味・原意が変わってしまう。
インドでは、貝葉に書かれた文字が、中国では、紙に、毛筆、木筆で書かれるようになる。そして、中国風な、梵字悉曇がそのまま日本に伝わってきた。

空海も、奈良の久米寺にて「大日経」を読み、はじめて、正体不明の、梵字に出会う(?)ことになる。唐に渡った空海は、梵字を修学して、日本で、体系化する。密教の教義とともに、梵字、悉曇をとりいれた。書写し、観想し、実修を説いた。

悉曇八家と呼ばれているのは、真言では、空海、常暁、円行、恵運、宗叡。天台では、最澄、円仁、円診である。真言では、中天を、天台では、南天の梵字を相承をした。
密教の教文は、秘められた宗教であるから、師資相承である。口伝であり、面授である。

戦国時代が終ると、江戸時代には、さまざまな文化が華を開いた。俳句の芭蕉、浄瑠璃の近松門左衛門、小説の井原西鶴、歌舞伎、相撲、演劇、娯楽、旅、巡礼、四国八十八ヶ所等々。寺子屋があって、識字率は、世界に誇れるのもであった。書道、算術も盛んになった。
さて、鎌倉時代に、大師流が、梵字悉曇として伝わっていたが、現在は、書道として、残るのみとなっている。
江戸時代には、梵字悉曇も、さまざまな流派が起ちあがった。

4. 慈雲流−その特徴

主な流派は
①慈雲流
②浄厳流
③澄禅流
④智満流である。

「書は文学である」、書そのものを芸術として、書にその人の思想を読み解いた、石川九楊のコトバである。(「中国書史」「日本書史」「近代書史」)
慈雲は、名を飲光と言い、号を葛城山人と言った。大阪に生れ、13歳で父を失い、住吉法楽寺にて、得度している。その翌年から、悉曇を学んでいる。儒学を学び、禅を学び、梵字、サンスクリット語を学び、「十善戒」を説き、河内高貴寺に根本道場を開いた。仏教は、もちろん、神道、儒教、そして西欧の事情にも詳しい学僧であった。
その成果は、今日でも、世界の驚異とされている。「梵学律梁一千巻」である。

浄厳流が「法隆寺貝葉梵本」に範をとり、静かで、整った、肉筆であるのに対して、慈雲流は「高貴寺貝葉梵本」の字体を範として、太い線で、素朴で、自然で、掠れがあり、雄大である。起点から終点まで、淀みがなく、(枝)らしきものが見えない。大河が堂々と海に至る、力感に似ている。四流派の阿字を凝っと眺めていると、澄禅派は、実に、繊細で優美である。(毛筆と朴筆体の両様を伝えるためか)浄厳流は、知的な、整然とした書風を感じさせ、智満流は、流動性、リズム、力感を覚える。
文房四宝は、書を芸術とする基である。特に、慈雲流では、筆は、短穂で、やや硬いものを用いる。
運筆は、澄禅流が、筆を紙に垂直に下ろすのに対して、慈雲流は、筆を側筆気味にする。
また、紙は、悉曇十八章の場合には、古来美濃紙を用いることになっている。(実は、私も、40年以上、原稿用紙は、神楽坂の山田家、ペンは、モンブランと決めている)
面授、師資相承の系図がある。高貴寺に伝わる「悉曇中天相承」である。

龍猛からはじまって、恵果に至り、恵果から弘法大師へ、そして、江戸の飲光へ、はるかな時空を超えて、平成の慈圓まで、インド中国、日本へと伝わっている。しかも、現在では、インド、中国での、梵字悉曇は止絶えて、わが日本国にのみ伝承されている。

書、写経、梵字悉曇は、真なるコトバに会い、真なるコトバを自らの中に発見するための、日本人の伝統である。手法である。
現代の日本人は、漢字、文章、日本文が書けなくなっている、筆も、鉛筆も、万年筆も使わなくなって、パソコンのキーを叩つ、音で入力をして、漢字に変換をする、メールを送る。

電子の文字の時代である。一画一画、一字一字、書いてこそ、文字である。字体、字風、字相、文体の復活が望まれる時代でもある。

(高野山大学大学院レポート)

Author:
• 水曜日, 3月 28th, 2012

1. 「ドストエフスキーと秋山駿と」(情況新書刊) 秋山駿VS井出彰共著
2. 「日本的霊性」(岩波文庫刊) 鈴木大拙著
3. 「般若心経・金剛般若経」(岩波文庫刊) 中村元・紀野一義訳注
4. 「空の論理」(春秋社刊) 中村元著
5. 「日本真言の哲学」(大法論閣刊) 金山穆韶・柳田 謙十郎共著
6. 「般若経の真理」(春秋社刊) 三枝充悳著
7. 「密教の歴史」(平楽寺書房刊) 松長有慶著
8. 「空海入門」(法蔵館刊) 高木訷元著
9. 「空の論理(中観)」(角川ソフィア文庫刊) 梶山雄一・上山春平共著
10. 「ガンダーラ美術にみるブッタの生涯」(二玄社刊) 栗田功著
11. 「華厳経」「楞伽経」(東京書館刊) 中村元著
12. 「新釈尊伝」(ちくま学芸文庫刊) 渡辺照宏著
13. 「西行物語」(講談社学芸文庫刊) 桑原博文訳注
14. 「認識と超越」(唯識)(角川ソフィア文庫刊) 服部正明・上山春平共著
15. 詩集「残り灯」(土曜美術社出版販売刊) 山野井悌二著
16. 「瓦礫の中から言葉を」(NHK出版新書刊) 辺見庸著
17. 「密教、自心の探求」(大法輪閣刊) 生井智紹著
18. 「遍路巡礼の社会学」(人文書院刊) 佐藤久光著
19. 「四国遍路と世界の巡礼」(法蔵館刊) 研究会編
20. 「四国遍路の宗教学的研究」(法蔵館刊) 星野英紀著
21. 「親鸞」(激動篇)上・下(講談社刊) 五木寛之著
22. 「『大日経』入門」(大法輪閣刊) 頼富本宏著
23. 「<世界史>の哲学」(古代篇)(中世篇)(講談社刊) 大澤真幸著
24. 「古寺巡礼」(岩波文庫刊) 和辻哲郎著
25. 「山家集」(岩波文庫刊) 佐々木信綱校訂西行著
26. 「一般意志2.0」(講談社刊) 東浩紀著
27. 「『金剛頂経』入門」(大法輪閣刊) 頼富本宏著
28. 「密教瞑想から読む般若心経」(大法輪閣刊) 越智淳仁著
29. 「理趣経講讃」(大法輪閣刊) 松長有慶著

”わかる”というのは不思議な力である。
”言葉”の意味を本当に”わかる”とはどういうことであろうか?
人は”母語”でしか、わからないものか?あるいは、翻訳語でも、”わかる”ということは、可能なのか?

最近、仏典を中心に、仏教関係の「本」を集中的に読みはじめて、さまざまな疑問が湧いてきた。”コトバ”に関してである。

新聞で、明治の文豪たち、夏目漱石、森鴎外、樋口一葉、泉鏡花の文章を、現代語に翻訳をしないと、若い読者たちには、読むことができない、という記事を見たのは、何時のことだろうか。
明治の文学も、終に、江戸時代の文学と同じように、古典になってしまったかと、感慨深いものがあった。
明治から百数十年、外国語の翻訳の時代が続いた。本は、翻訳で読み、音楽はレコードで聴く時代であった。21世紀。世界が、コンピューターで、つながる時代になって、英語が、共通語・世界語になりつつある。
パソコン、インターネットの用語は、ほとんどが英語であって、用語は翻訳すらされないまま、そのまま、日常語として飛び交っている。
会議も、会話も、報告書も、すべて、英語を使用する、日本企業が現れた。
日本が滅びる、日本文化が消える、日本民族が滅亡する、そんな危機感すら漂いはじめた、グローバル化の時代である。

そんな時代に、漢文で書かれた仏典や仏教書を読む。
もちろん、仏教事典、密教事典を牽かなければ、読めない。
「源氏物語」「平家物語」「方丈記」「徒然草」と同じ、古典であるが、古文と仏典は、まったくちがう。

仏典は、基本的に、呉音で読む。通常の古典は、漢音で読む。
●変化(へんか) → 変化(へんげ)
●微妙(びみょう) → 微妙(みよう)
●来影(らいえい) → 来影(らいよう)
また、同じ漢字でも、意味がちがう。
(識)(心)(方便)
仏教の原典は、古代インドのサンスクリット語、パーリー語である。中国語に、翻訳されて、中国風になる。そして、日本に伝わり、日本語に翻訳され、読み下し文となり、現代の、漢字・ひらがな混り文という「日本文」になった。
つまり、二回、三回、原典から、翻訳されて、日本風な、”仏教”が成長していく。
コトバの変化に、意味は、どうなった?
「意味」は、度重なる翻訳に耐え得るのか?

「空海」の著書を、原文で読めるのは、専門の研究者くらいのもので、一般の日本人には手に負えるものではない。

意味を正しく読みとるには、原文を読むしかない。しかし、専門家以外の人は、原文を読めない。
”翻訳”には、広く、現代人に、読まれる為には、欠かせないものである。

一番困るのは、仏典も、漢字、現代の日本人が知っている漢字で書かれているのに、読み方とその意味が異なる点である。
そして、仏教用語としての漢字を、日本風に翻訳すると、なんだか、気が抜けたビールみたいに、別のものに、変わってしまうことだ。
本当に、翻訳は可能かと考えてしまう。

信仰としての特別の宗教をもっていない日本人が大半を占める現代である。
”信仰””信心”という前に、コトバの問題(仏典、お経等)が、大きな壁になっているのではないか。
誰も読めない、仏典では、仏教が、宗教が、人々の間に、広がらないのは、当然であろう。
コトバは生きている。
時代とともに変化する。
その時代の、その人の”母語”がある。
”母語”で考え、”母語”で感じる。
漢字とひらがなとカタカナの、このゆるやかな、あらゆるものを吸収する”日本語”のダイナミズムに、”仏典”も、対応を迫られていると思う。

Author:
• 水曜日, 3月 28th, 2012

歩くというのは、単純であるが、奥の深い行為である。歩くは生きるである。歩くは、発見するである。歩くは邂逅するである。道は無限である。歩くは、マンダラである。
そして、遍路は、歩いて、マンダラである。
そして、遍路は、歩いて、マンダラ宇宙を知る、巡礼の、長旅である。

いったい、なぜ、こんな事態に陥ったのだろうか?人間がこんなにも、痛んで、傷ついて、壊れて、淵に追いつめられている時代はない。それとも、昔から、人間が生きるということは、四苦八苦の道であったのか。

戦後、六十余年、日本人は、戦争を放棄して、豊かさと幸せを求めて、額に汗をして、働き続けてきたではないか。便利さと快適さを求めて、科学の(知)で。

物質よりもココロの時代と呼ばれて久しいが、そのニ頃対立の解消は、そう単純ではない。農業も、漁業も、土木も、その重労働を解消するために、耕運機を、エンジンを、シャベルカーを発明、導入し、身体の疲れを取り除いたはずだった。雪の日、猛暑の日、快適になるためには、クーラーを。車の普及、汽車、電車、飛行機、電話、テレビ、パソコン、洗濯器、掃除器、冷蔵庫、電子レンジ、湯わかし器、風呂、水道、日常生活のほとんどが、電気・ガス・石炭のエネルギーで支えられている。
不安も、苦痛も、不快も、一切が解消されて、人間は、便利に、快適に、気持よく、ゆっくりと、生きる時間を、楽しめるはずであった。

現実は、物に、人に、疎外されて、息つく暇もなく、効率を求められて、疲労し、過労になって、身も、心も、病んでいる。

情報は、世界を駆けめぐる時代である。地球も、小さな惑星になった。親たちの時代、明治・大正の人たちには、考えられぬ、現実であろう。しかし、便利と効率は、必ず、競走を産み、その、光と影がある。毎日、新聞やテレビには、日本中の不幸が、世界中の不幸が報道されている。しかも、一人の力では、解決できない問題ばかりだ。正直に、視て、読んでいると、ココロがウツに陥ってしまう。他人の不幸を、わが身のこととしていると、自分のココロが壊れてしまうほどに、不幸の種は尽きない。(空海には、それに耐える、胆力と智の力があったが)

日本の現実を眺めてみよう。
超高齢化社会の現実がある。

十年間、三万人を超えた自殺者。四百万人を超えた失業者。年収二百万以下の労働者二千万人。結婚しない人、できない人。孤独死。無縁死。心の病気三百万人。介護疲れ死。親の子殺し、無差別殺人。限界集落。お金がない、仕事がない、病気になった、人間が生きる、衣、食、住が崩れているのだ。
もう、いいだろう。あげれば、切りがない。問題は、一人の人間の能力の限界を超えているものばかりである。

そこに、人類の、最悪の大惨事が起こった。3.11である。大地震、大津波、大原発事故だ。十ヶ月たった今も、本当に、人間が、体験したという、事実の重みに耐えかねている。

科学の(知)の神が死んだ。(安全神話)
知識人のコトバが死んだ。
本当のことを伝えられない、報道しない、テレビ、新聞の信用が地に落ちた。
作家も、詩人も、芸術家も、哲学者も、宗教者も、大学教授も、誰も、二万人の死者たちに、十二万余の被災者に、真のコトバを発することができなかった。
嘘の、虚のコトバばかりであった。
メルトダウンはありません。
安心です。
ただちに、健康に影響はありません。
文切り型のコトバに、固定した映像、数字、御用学者ばかりだった。本当のことを言った人は、二度と、テレビに出演させなかった。政府の要人、大企業、大病院、少数の人々だけが情報を握っていた。
いくらでも、事実を、真実を、放送するチャンスはあったのに。放射能の流れる、風向きの予測を放送してあげれば、将来の、病気の不安が取り除かれたのに。
パニックを恐れて、真実を伝えなかった。人間は、決して、愚かではない。自ら、選択ができる。愚かであったのは、誰か?
国の犯した、大罪であった。

原子は、原子力は、まだ、科学の(知)では、制御できない。宇宙は、人間の(知)を超えている。
沈黙した人の方が良心的だったのか?
いや、3.11で解ったことは、決して、専門家の(知)に頼ってはいけないということであった。
万能細胞にしろ、遺伝子の組み変えにしろ、脳死にしろ、将来、何が起こるか、わからないまま、進められている。人体も、植物も、いや、生命自体が、未だ、わかっていないのだ。六十兆の細胞、DNAは、解ったが、決して、それで、人間という生命が、解明された訳ではない。
まだ、人間は、宇宙のことも、千分の一もわかっていない。二十世紀まで、宇宙は、原子で出来ていると信じられてきた。二十一世紀になると、宇宙は、眼に見えない、ダークマターで出来ている、と解ってきた。
十の五〇〇乗も、ある宇宙は、もう、SFの世界を超えている。証明すらできない。

で、私は、死者にあてがえるコトバ、被災者にあてがえる、文学のコトバを探し、書こうとした。そのコトバが見当たらない。
そうだ、一番深いコトバは、宗教の中にある。空海のコトバだ。突然、高野山への旅に出た。大学があった、聖なる地に。ここは空海のコトバの蔵があると思った。そこから、空海への、長い、長い旅がはじまった。ゆっくりと、じっくりと、空海の声が聞けるまで修学してみよう。これが、私の発心である。
空海は、死んでしまった現代のコトバを、再生させる、種子を、もっているかもしれない。
コトバは、その人の位置と場と位相が決定する。
位相:社会の中で、どんな立場にいるか。
政治家と選挙民、社長と社員、医者と患者、教師と生徒、父母と子供、というふうに。
場:何処に、どんな環境、条件の下に住んでいるか。都市と地方。寒いところ暑い処。貧と富など。
位相:考える、信じる、生きる力のレベル。労働する力の有無。知識の有無。体力の有無。情力の有無。技術の有無。信仰の有無。
そして、
コトバにもいろいろある。散文、詩、メタ言語、純粋言語、人工言語、絶対言語、そして、最高の位置に、空海の真言がある。

私は、コトバとして、現在、アフォリズムを開発した。考えるコトバではない。どこかから、私へと来るコトバである。意識のゼロポイントの、深層意識の、アーラヤ識から、吹きあげてくるコトバである。
3.11の死者たちに、被災者たちに、六百本捧げた。まだまだ、死者たちに、とどくコトバを生み出せない。

私の、高校時代の級友に、建築家・歌一洋君がいる。
三十余年も会っていなかった。高校時代には、色白で、おとなしく、目立たない学生であった。ある日、突然、東京の事務所へ来て、ヘンロ小屋を建てはじめたと、八十九の、模型図を展げた。その土地の地形、風土、風俗、習慣に合わせた、八十九種のモデル絵画があった。
三十を過ぎるまで、何をして、生きていいのか、わからなくて、掃除や皿洗いやガソリンスタンドでアルバイトをしては、世界中を旅して歩いた。そして、ある日、建築家になろうと、決心した。見事な感性で、その場を読み取る力がある。発想がある。各賞に輝き、名声を得た。
そして、無償の、ヘンロ小屋の建築である。資金は、すべて、地元民の寄附。材料も、その地元にあるもの、大工仕事も、すべて、(共働)で実施する。
歩いて、疲れた、お遍路さんが、ふと、足をとめて、一服する。雨風を、日射しを避けて、休憩をする。彼の奥さんは、お金にならん仕事ばっかりしてるねぇ、と笑ってみせた。
歌一洋のヘンロ小屋の仕事には、感服した。本当に、いい仕事とは、人間らしい仕事とは、こんな仕事であろう。
実は、彼も、少年時には、お遍路さんを、お接待した。その記憶が、ヘンロ小屋の建築への原動力になっている。

私も、3.11以降は、生きるスタイルを変えた。
一度、一切の知を棄てて、四国八十八ヶ所を歩こう。3.11の、死者たちにもとどく、アフォリズムを、その紀行文を、芭蕉の「奥の細道」に習って、西行の歌に、習って、百本、それぞれのお寺に、道に、空海に捧げよう。
最高のコトバ、真言に至る道を、同行二人で、空海と、共時的に、歩いてみようと、念じている。血圧とアキレス腱を心配しながら。

(高野山大学大学院レポート)

Author:
• 木曜日, 2月 23rd, 2012

空海には二つの顔がある
右の顔は空海
左の顔はオダイシサン

四国では、空海は、人間ではない。
神・仏のオダイシサンである。人間扱いをする風土ではない。しかし、聖なる神として高みにある存在ではなくて、日常生活の中に自然にいる、悲、苦、痛を救ってくれる、親しみのある、仏さま、オダイシサンである。

私の祖母キヨは、明治の生れで、百歳まで生きた。文字も読めず、耳で生きる女(ひと)であったが、正直で、他人には優しく、朝夕、必ず仏さんを拝み、オダイシサンを信じて、成仏をした。オダイシサンを、空海だとは、一生、知らなかっただろう。何しろ、仏であって、人間ではないのだから。

昭和の三十年代までは、村では、念仏諸というものがあった。農作業が終って、疲れた身体にムチを打って、女たちは、お寺に、念仏をあげに行くのだった。寺は、学校であった。道徳、倫理、そして、仏教による人の道を説くのが、お寺の、僧の役目であった。文字も読めず、学問もない、村の衆たちが、仄暗い寺の、広間で、車座になって、大きな、珠数を廻しながら、真言を唱えるのである。

夜道を、提灯を下げて、祖母に手を引かれて、寺へ行った記憶が五十年以上経った今も、鮮明に刻みつけられている。

もうひとつの、少年時の記憶がある。
「昇、ホラ、お接待せんかい、お遍路さんが来とるやろ」
「お祖母ちゃん、何やったらええん」
「お米があるやろ、一合で、ええじょ」
台所の、奥の、暗がりに、米櫃がある。枡で掬って、小走りに、庭先へ出て、お経を唱えている、お遍路さんの、首から吊した頭陀袋に、お米を入れるのだった。そのお米の落ちる、サラサラという音が、耳の底に残っている。

お米、十円玉、ミカン、柿、季節によって供物が変わった。庭先に、腰を掛けて、お茶を呑みながら、祖母と、話をしていく遍路もいた。

お遍路さんとはどんな人か、何処から来て何処へ行くのか、いったい、どんな目的で、一軒一軒、家を尋ね歩いて、なんのために、お経を唱えるのか、何時も、立ち去る後姿を眺めながら、不思議に思った少年時代であった。

さて、村から、念仏諸が消え、学校では、宗教教育が消え、お盆の墓参りと、お葬式の時にしか、お寺や宗教と、縁の薄くなった、現代という時代に、信仰や遍路を、改めて考えるのも、皮肉なことである。日常生活に、普通に、自然にあったものが、どんどん消えてなくなっている。

遍路は、年間三十万人と盛んであるが、歩き遍路は、約一割の三千名くらいだと言われている。ただし、昔のように、村々の、町々の、家々を、お経を唱えて、托鉢をして廻る遍路は見掛けなくなったと言う。

バスで、汽車で、自家用車で、ヘリコプターで、八十八ヶ所のお寺に参拝する。その目的も、信仰や願を叶けるものではなくて、自分探しの旅、都市からの脱出・自然にふれる旅であったり、ストレス解消であったり、健康づくりであったりと、大きく様変わりしている。

空海・オダイシサンを求めて、修行の巡礼であったものが、追善供養も、病気が癒えるようにと願をかける巡礼も、随分と少なくなっている。

どだい、現代の、高野聖はいるのだろうか。

私自身も、四国を出て、東京で、都市生活者として、四十五年、生きてきた。普通のサラリーマンとして、十五年、会社を設立して、経営者として二十二年、ほとんど、宗教とは、縁のない日常生活であった。

3・11の、大地震、大津波、原発事故に遭わなければ、空海との縁も、切れたままだったかもしれない。3・11は、人間の、生きるパラダイムシフトを一変させる大惨事であった。もう、3・11以前のスタイルでは生きられない。意識がゼロ・ポイントに陥った。科学者の(知)という神が死んだ。政治家、知識人、作家、大学教授たちのコトバも死んだ。

誰も、二万人の死者たちに、十二万人の被災者たちに、あてがうコトバを放つことができない。

もう、空海さんしかいない。哲学者、宗教家、芸術家、教育者、土木技師、書家、編集者、万能の人、マルチ人間、生命の全背定者。実践と理論の人、天才・空海の声を聴くしかない。共時的に、空海の声を、現代に、甦らせることだ。

大師信仰の、歴史、資料を、チェックしてみよう。

高野山で入定した空海は、現在も、奥の院で生き続けている、という信仰である。現代風に言いかえると、空海は、いつまでも、私たちの心の中に生きているということであろう。(死)ではなく(入定)と言うのは、禅定し続けている、というイメージか。

空海は、その死後、二百年たって、天皇から、大師の称号を賜っている。(九百二十一年)空海と同時に、シナ・唐に渡った、比叡山の最澄は、すでに、伝教大師に、その弟子の円仁は、慈覚大師との称号を得ていた。第五代の座主、円珍も、智証大師となった。

その他、道元、法然、親鸞、日蓮、一遍と次々に、大師の称号を得ているのに、なぜ、大師といえば空海、コウボウダイシであるのか。そこが、歴史の面白いところだ。

生前、空海は、信仰を通じ、書画を通じ、嵯峨天皇と親交を密にした。筆をプレゼントしたり、唐の話や密教について、語りあったことだろう。高野山は、空海の死後、三度の雷による大火などで、焼失し、貴族の藤原道長の、参詣と寄進によって、復興を遂げている。奥の院への樹木に覆れた森の参道を歩くと、徳川、豊臣をはじめ、仙台の伊達、秋田の佐竹、中国の毛利、織田、明智、戦国大名たちの供養塔、五輪塔、墓が林立している。

真言宗の初期には、なかったものだが、江戸期に入ると、全国の大名、貴族たちが、競って、先祖の霊を祀って、墓石を建てている。

真言宗は、浄土宗の思想を受け入れたのだ。補陀落渡海は、海の彼方、西方に、浄土がある、僧が舟に乗って、死を覚悟して、海へと漕ぎ出すというものだ。

天皇・貴族たちの空海であったが、江戸期になると、伊勢詣、熊野詣に加えて、庶民たちが、高野詣をはじめている。いわゆる、大師詣である。経済、産業の発展で、余裕が生れ、寺子屋が出来て、識字率と教養があがった。ちなみに、兼好法師の「徒然草」は、町民たちが、嫁入りの際に、娘に持たせた、生活・倫理の書としてベストセラーとなった。

四国遍路の案内記や高野詣の紹介本がでるほど、印刷の技術も格段に進歩している。

何よりも、空海の「入定信仰」が、民衆に、オダイシサンによる、救済の信仰の源となった。

そして、高野山復興の為に、お布施をもらい、寄進をすすめるために、全国を歩いた、下級の僧たち、聖、高野聖の存在が、大きな影響を与えている。

高野聖たちは、寄進を請うばかりではなく、情報の伝達者でもあった。密教、真言はもちろん、空海入定の話など、さまざまな話が、地方に拡がって、さまざまな大師説話を作りあげていく。四国では、神変と思われる、奇跡や神的な話が数限りなく伝わっている。

それは、空海が、山岳に独り入って、悟りを得る、孤高の人ではなくて、行動・実践も伴う、教学思想と利他の思想の、双方とも、身をもって、生きたからに他ならない。

満濃ヶ池の修繕、綜芸種智院の設立、川の堤防の修繕など、貧しい人、病気の人、不幸な庶民の為に、身も心も捧げ尽くした、空海であるからこそ、人々は、オダイシサンを求め続けた。

四国八十八ヶ所を、同行二人で巡礼する、遍路という者の一般化も、オダイシサン信仰を、普及させる原動力となっている。

伊勢詣、熊野詣、善光寺参りなど、神・仏をお参りする風習は、古くは、天皇、貴族から庶民に至るまで、信仰のかたちとして、見受けられた。

しかし、四国八十八ヶ所巡礼の旅は、ひとつの聖なる地、一人の神や仏を祀る神社や寺への参拝とは、訳がちがう。規模がちがう。いったい、誰が、千四百キロに及ぶ、八十八の寺巡りを、発想、発案したものだろうか。

不思議な伝統である。

四国は、昔も今も、辺境の地、辺地である。船で渡るしかなかった。山が海にせりだしている為に、道路が造れない。平成の現在でも高知の、甲ノ浦から、室戸までは、電車がない。

遍路には四つの説がある。空海自身が、42歳の時、自ら歩いて廻った説。(なにしろ、阿波、大瀧ヶ岳で、伊予、石槌で、土佐、室戸で修行をし、讃岐は大師誕生の地である)松山の豪商、衛門三郎の巡礼話。弟子の親済説。嵯峨天皇の子、真如親王−(空海の弟子)説がある。

平安末期に、三人の僧が、四国の辺地を廻ったという「今昔物語」もある。

空海が生れ、修行をした聖地四国だけでは、遍路の理由がつかみきれない。宗派を超えて、八十八の寺を結び、歩く、巡礼する遍路たちがめざすものは、マンダラであるかもしれない。8は∞、無限である。辺地は、未知の地、聖なる仏たちのいる、土地である。

(高野山大学大学院レポート)

Author:
• 土曜日, 2月 04th, 2012
2201. アフォリズムは、(私)の言葉考でもある。小説、評論、論文の散文、短歌、俳句、散文詩の言葉、メタ言語、純粋言語、禅の不立文字、あるいは、ダブル・バインドからくる禅問答の言葉、数学者の人工言語、マラルメの言う絶対言語、そして、天才、井筒俊彦の言う、最強のコトバ、自心の源底に至る真言である。アフォリズムで、それらの言葉を、疾走してみたいのだ。あらゆる存在と非在の死者たちと交感するコトバへ。
2202. コトバとは、その人の位置と場、位相が決定をする。
2203. 3.11からの日が経つにつれて、不幸と苦痛の種類が増えて、だんだんと複雑になって、分化されていく。それが一番辛いのだ。体育館に避難していた時には、みんなが、同じ不幸であったのに。
2204. 被災者と被災者が衝突をする。傷の深さ、被災の大小、住む場所、条件が、衝突の因となる。
2205. 無我で、無私で、(私)を(他人)を支えていた心が、日常を取り戻すために、崩れていくのは、なんとも、耐えがたい。
2206. 自立とは、そんなにも、セルフを中心に、起ち上がらねばならないものか。
2207. 今日も、一日、(私)をしている。
2208. あちこちで、ぷつぷつ切断されている、しかし、流れは、深いところで(私)を貫いている。
2209. 今日も、(私)をしている。そう、気がつくことは、いいことである。
2210. 今日も(いのち)をしている(私)である。行け、とにかく、歩け。
2211. 何かの拍子に、どこからともなく、音が流れてくる。ふと、耳を澄ますと、消えてしまう。誰だ?何のサインだ?
2212. 寂静とでも呼ぶのだろうか、心的エネルギーが、零に近くなって、身体の感覚が消えて無辺の時空に、(私)が放り出されている。
2213. 嬰児でもない、老人でもない、まるで、齢というものが、ぽっかりと、抜けてしまった(私)がいる。
2214. コトバが崩れているのでもない。あまりにも、規則通りのコトバが多いのだ。だから(私)が話している、という、固有のコトバに出合わなくなっている。
2215. 誰かのコトバ、他人のコトバ、共有している文法のコトバ、約束されたコトバ、法のコトバ、もう(私)のコトバは発見できない。
2216. 一人一人、顔がちがうのだから、コトバも、思考の回路も、固有でなければおかしい。
2217. コトバが閉じている。モノとコトを開いていくはずのコトバが、放つ人々の不手際で、だんだんと閉じていく不幸。
2218. 言霊が、いつのまにか、記号になって、呪的な、原エクリチュールの力を喪っている。
2219. 息を吐く、息を吸う、その力を、ふたたび、声に、コトバに。
2220. 3.11以降は、鎮魂のコトバしかやって来ない。来ない時には、沈黙を守る。死者たちと共に、時空を結んで。
2221. 時空に、遍在する、死者たちの叫び声が、鳴り響いて止むことがない。
2222. あの時を、観想すると、意識は、いつも、ゼロ・ポイントに陥ってしまう。心のステップは、躓いてばかりだが、とにもかくにも、歩いてみる。一歩。共に。
2223. もう、生きられる時間だけが、(私)の時間だと、諦念して、生きよう。
2224. 自然から見れば、ニンゲンは、余分なものばかり作りだして、生命の共生の環を破壊している、邪魔者であろう。
2225. (私)のいない文章がある。(私)が入ってしまうと、(知)が変色してしまう。
2226. 色は形、形は色、音は色、結局、すべては、Iへ。
2227. 当然なことに、無限は、(私)の外部にも内部にもある。なんで(私)そのものが、無限になれない訳があろうか。
2228. 染まることは、感性であり、ひとつの能力である。問題は、そこからの、(私)の一歩である。
2229. 条約、憲法、条例、道徳、倫理、規則、戒律、約束、ニンゲンは、やたら(法)を作る。作っても、作っても、破ってしまうが。いったい、どの(法)が一番大事なのか。誰と、何と契った(法)が大切なのか。
2230. 批判の声は、いつも、正しい?いや、批判する人は、いつも、正しいことを語っていると思っている。なぜ?(私)の発言する場を、正しいものと思っているからだ。
2231. しかし、他人を批判する前に、(私)の場を語ってみる。すると、(私)の場は、いつも正しいものではないと、気がつく。
2232. だから、批判よりも、ずっと、創造がむつかしいのだ。
2233. 攻撃は、誰にでも出来る。問題は、(私)のビジョンを揚げる力にある。(私)を語れ!!
2234. 3.11以後には、三つのパターンの作家が生れる。
①習慣、習性で、今まで通りの作品を書き続ける人。(開き直っている)(鈍い人)
②なんとかして、3.11に対応できる、あたらしい意識で、あたらしい方法で、あたらしい文体で、書こうと模索する人(良心派)
③完全に、沈黙する、従来の方法では、書けなくなってしまった人。(書くことへの懐疑)
2235. 白い紙に書いたコトバが他人の眼からココロに入っていく、恐ろしさと不思議。
2236. ニンゲンは、どうしても、二重に生きるように創られている。(私)の「自心の源底」へと探求する道、他人の間で、他人のために、何か役立つ道である。(聖)と(俗)は、二つにして、ひとつの貌である。
2237. 3.11以降に、生き方、考え方、文体が変わらない作家、学者、哲学者は、よほど、鈍いか、衰弱しているか、自分に不正直なニンゲンである。あるいは、もう、終ってしまった人で、昨日を、今日に重ねて、死んだように生きている、無用の人である。
2238. もらったものは、必ず、お返ししなければならない。お中元、お歳暮ばかりではない。もっと、大切なものがある。(私)は、どうやって、それを、お返ししようか。
2239. 食べもの、お金、知恵、情愛・・・数えると切りがない。さて、どうしよう。
2240. ものをもらう。ものを差しあげる。そこにあるのは、礼節である。
2241. もらったものの中で、一番大きな、大切なものは、もちろん(私)である。だから(私)も、お返ししなければならない。誰に?何処へ?
2242. それは、契約か、縁か、法則か、偶然か?
2243. 出家者と在家者は、いったい、何を交換しているのだろう?そう考える中心に、宗教の核がある。
2244. すべてがリズムだ。生命の波調を強弱と整える。今日も一日。
2245. ある時には、(私)を解き放って、ゆるめる、遊ぶ。ある時には、(私)に刺戟を与えて、緊張させる、学ぶ。
2246. (知)で生きてきた人は(身体)へ。(身体)で生きてきた人は(知)へ、チェンジする。
2247. 裏も表も使って生きる。
2248. ニンゲンをしている限り、すべてから、降りてしまう訳にもいかない。
2249. 覚めて、眠って、覚めて、眠って、誰に教わった訳でもないのに、長い間、ずっーとそうして生きてきた。覚醒、正覚は、起きている中で、更に起きることだ。次元を、もうひとつ、ジャンプすること。
2250. 気力、体力、知力、どれも、放っておけば衰えて、錆びついてしまう。磨き続ける努力だけが(私)を支える力だ。
2251. 科学の(知)が語る宇宙は、宗教の(智)が語る宇宙ではない。(信)の有無である。
2252. 歩くことと考えること、俺に残ったのはそれだけだ。そして、それで充分だ。他に何がいる?
2253. 宇宙の沈黙は、実に、徹底している。まだ、何も言わない。秘めていて。
2254. ひととき、瞬間、この惑星で生れたね、いろいろあったけど。宇宙が、一切を、水に流してくれるよ。時という水に。
2255. 気がついたら、もう、おさらばの時だ。長いような、短いような、スキン・シップだけが、唯一のリアリティだったね。コトとモノとニンゲンとの邂逅がバネになったね。
2256. 人の器量だけは、勉強しても変わらない。
2257. アフォリズムの一本一本が、それぞれの、背景に物語と思想を秘めていて、その一本一本から短篇小説が作りだせる。つまり、いくらでも、考え、想像し、眺めていられるのが、アフォリズムである。
2258. 現在、書かれている小説には(核)がない。文体が、ゆるく、思考の回路が、見えなくて、弱い。胸に迫る一行がないのだ。
2259. 宇宙に、身一点、放りだしてみれば、ニンゲンは、無数のことを考えはじめる。誰だって、すぐにできる。
2260. その覚悟がないから、身辺雑記と、おぼつかない思考で、書かれた小説ばかりが濫乱するのだ。
2261. 貌のない、無意味な、作品ばかりが、一見、小説らしく、書かれているから、読者も、驚かない、感動しない。
2262. 一度、物書きは、自らのアフォリズムを書いてみるといい。いかに、発想が貧しく、モノを、本気で考えていないかがわかる。
2263. いつでも、何度でも、あの、意識が、ゼロ・ポイントに陥った、3.11に戻ることだ。出発は、そこにしかない。共有するというニンゲンの力を信じて、(無)から、歩きはじめたのだから。
2264. 瓦礫の中にも起つコトバがいる。その為にも、我に仕事を与えよ、である。日常の、回復と再生のために。
2265. 一円でもいい、黙って、秘かに、送り続けよう、それは、死者たちへのもうひとつのコトバである。
2266. 病んでる人がいる限り、苦しんでいる人がいる限り、(私)だけが、幸せになれるわけがない。傷は、疼き続けるのだ。
2267. 人がみんな、同じように見える時には、苦痛はない。小さな、差が見えはじめた時、人の心は、不幸に染まりはじめる。どうして、(私)だけが、と。
2268. 極く普通にあった日常が、根こそぎもっていかれた。破壊された。大地震と、大津波と原発事故で。そして。今。
2269. 負と傷をかかえて、日常を、そのままとり戻すことさえ、容易ではない。
2270. 支援、援助は、いくらでも要る。延々と、東北に、エネルギーをつぎこまねば、救われない。
2271. 私の一生は、もう、余分だから、せめてその半分のエネルギーは、支援として、投資しよう。
2272. 頭の中にあった、普通に生きる、プログラムが、すべて、壊されてしまった3.11の被災者である。残ったのは、傷と、喪われたものたちの、空虚な思い出。何を、軸にして、心の芯を起たせるか、想えば、気が遠くなる道程である。凝っと、(私)の中から、もう少し、生きてみようと、力が湧いてくるのを待つしかない。
2273. (知る)というよりも(わかる)という力が不思議である。なぜ?モノがわかるという力。その力が、ニンゲンに備わっているから、宇宙に、驚愕することができる。だから、すべてを、知りたくなる。
2274. (私)の中にあるものしか、わからない。そういう仕組みをニンゲンはもっている。悲も、苦も、痛も、病もわかる。だから(私)は、他人も、宇宙もわかる。当然、(私)の中には、宇宙がある。当然(私)は他者である。
2275. (私)だけでは、すべてを、わかることができない。で(知)のリレーが生れる。肉体で。
2276. (私)の中に、よい方へと歩む力が多くあれば、ニンゲンは、戦争も紛争も、止めることができる。その力に、賭けてみるしかない。
2277. つまり、共生の、共同の、いのちの、ビジョンを、ニンゲンが、何時、完全に、創出できるかが、勝負だ。もちろん、鍵は、宇宙である。
2278. 量で、数で考える人。質で、深さで考える人。同じ、考えるにしても、まったく、結果が違ってしまう。
2279. 3.11の現場で考える人。3.11から遠く離れて考える人。距離は、思考を一変する。
2280. (場)と(位置)が、こんなにも、コトバ自体を変えてしまうとは。
2281. コトバが変わらなければ、思考は変わらない。その単純な法則がわからない人がいる。
2282. (傷)から考える人。(損得)で考える人。その必要まで変わってしまう。
2283. 断念の、底からでも、声は放たねばならない。単独者として。
2284. いのちをするのは、いつでも今だ。
2285. (私)の呼吸する場は、いつでも、(私)のいるところだが、ニンゲンは、どこにでも遍在できる。想像する生きものだから。
2286. 力(エネルギー)だけが、(私)の推進力だ。衰弱するな、枯れるな、涸渇するな。
2287. 科学の進歩が遅いから、もう、何度も、アンドロメダ銀河には行ってきたよ。何?真夜中に。
2288. 3.11から、10ヶ月が過ぎると、爪を隠していた人々が発言をはじめた。(現実)を考えると、原発は、必要だ、と。つまり、いい思いをしてきた人々、得をしてきた人々が、(現実)の必要性を、訴えるのだ。あ~あ、である。(現実)を創るのも、変えるのも(私)である。(私)ぬきの発言は、3.11以前のコトバである。傷ついた人々、身も心も。死者たちに。コトバも、祈りも、足りない日々に。もう・・・。ニンゲンは、まだ・・・。
2289. あなたは何処から来たと訊くから、(私)は、わが地球を含む無限宇宙から来たと応えた。で、これからどうすると訊くので、あるがままに、しばらくは、生きて、ニンゲンをして、終ったら、また、来た無限宇宙へと還っていくだけさ。何も、特別なことはないと応えた。
2290. 科学には、どうしても、出来ないことがある。情報が、いのちに変わること。つまり、情報がいのちになることだ。
2291. (私)が成ってしまう、(私)に。メカニズムを分析しても、(私)をつくる力にはならない。
2292. ニンゲンがやってきたことは、モノを変形させることだけだ。
2293. 単細胞は、なぜ、他の単細胞と結合したのだろう?単細胞の、内なる夢の顕現か?
2294. 書くことは、アフォリズムは、宇宙の暗号を読み、顕現させることだ。(あ、また、来た、ソレが)
2295. 物質の素も、生命の素も、コトバの素も、結局、宇宙自体の顕れである。
2296. 顕れたニンゲンが、自らの素を考える−なんとも妙な具合である。
2297. 読むとは、(私)を知ることとなる。で、(私)は、宇宙であると知るばかりだ。
2298. 来るソレを、顕しておれば、いつか、暗号の謎が、解けるかもしれないではないか。なあ、アフォリズムよ。
2299. しかし、最後には、ソレ、音信も、ニンゲンには読めぬ、未知のシンタックスであるかもしれぬ。
2300. まあ、規則もない、文法もない、異次元からの音信に、触れるだけでも、いいか。
Author:
• 金曜日, 12月 09th, 2011

①「エネアデスⅠ・Ⅱ」(中公クラシックス刊) プロティノス著
②「ヨーガ①」(せいか書房刊) エリアーデ著作集⑨
③「社会は絶えず夢見ている」(朝日出版社刊) 大澤真幸著
④「ふしぎなキリスト教」(講談社現代新書刊) 橋爪三郎×大澤真幸著
⑤「神秘の夜の旅」(トランスビュー社刊) 若松英輔著
⑥「娘巡礼記」(岩波文庫刊) 高群逸技著
⑦「世界宗教史」(ちくま学芸文庫刊) ミルチア・エリアーデ著
⑧「阿字観瞑想入門」(春秋社刊) 山崎泰廣著
⑨「仏教入門」(東京大学出版会刊) 高崎直道著
⑩「マンダラ事典」(春秋社刊) 森稚秀著
⑪「密教」(岩波新書刊) 松長有慶著
⑫「空海コレクション①」(ちくま学芸文庫刊) 宮坂宥勝監修
⑬「空海コレクション②」(ちくま学芸文庫刊) 宮坂宥勝監修
⑭「これはペンです」(新潮社刊) 円城塔著
⑮「超訳 ニーチェの言葉」(ディスカヴァー21刊) 白鳥春彦編・訳
⑯「蜩の声」(講談社刊) 古井由吉著
⑰「不可能」(講談社刊) 松浦寿輝著
⑱「存在の一義性を求めて」(岩波書店刊) 山内志朗著
⑲「密教辞典」(法蔵館刊) 佐和隆研編
⑳「宇宙は本当にひとつなのか」(講談社ブルーブックス刊) 村山斉著

9月から、本気になって、「空海」を読みはじめた。
機が熟したのかもしれない。「本」は、読む年齢によって、味わえる質がちがう。

20代の頃、「空海」の著作集を購入したが、歯がたたなくて、本棚に入れたまま、放ってあった。生きてみなければ、わからない、理解できない「本」がある。いや、頭でわかっても、身にしみて、なるほどと納得することはない。

「空海」の文章は、もう、現代人には、読みとれなくなっている。だから、「密教辞典」を索きながら、ゆっくりと、ゆっくりと読む。
宗教論、言語論、心理学、身体論、存在論、当時の総合的な、哲学の書である。
詩文もある。戯曲もある。随筆もある。碑文もある。手紙もある。引用が多い。すると、その引用の原典も読まなければならない。「空海」の文体を、感じられるようになるまで、何年かかるだろう。

とにかく、4年間、「空海」の主著を中心にして、読んでみよう、と考えて、高野山大学の門をくぐった。3.11以前の私には、考えられぬことである。
「空海」へと歩く、旅のはじまりである。どうなることやら、私にも、わからない。

結局、「空海」を読みはじめると、密教について、古代インドについて、中国について、中世について、キリスト教について、イスラム教について、というふうに、次から次へと、読むべきものが、根を張っていくのだ。

そして、「読む」と「瞑想」と「実践」が、ひとつにならないと、(三密)、(空海)さんは、わからない、ということが、わかってくる。精神と言葉と身体(意・口・身)で世界・宇宙を知る手法が密教であるから。

小説「不可能」は、松浦寿輝の三島由紀夫観から作られたものである。老いを嫌悪した三島由紀夫が、老人になるまで生きたら、という仮定のもとに、書かれた小説である。

社会学者、大澤真幸の「本」は、(知)であふれていて、刺戟を受ける。実に、面白い発想であり、切り口の斬新さ、読み込みの深さに驚かされる。が、いつも、最後に、さて、本人は、どうなんだと考えてしまう。小説で言えば、「私小説」の芯の、肉声がないのだ。

「娘巡礼記」は、若い娘が、四国八十八ヶ所を歩いて、巡礼する話、紀行文である。「遍路」本の元祖とも言える、古典である。歩くところに、物語が、発生する、だから、遍路は面白い。

村山斉の「宇宙・・・」は、終に、人類は、まったく新しい、宇宙論の時代に突入した、と教えてくれる、誰にでも、わかる本である。ニュートン、アインシュタインと進化してきた宇宙論が、原子・ニュートリノ・素粒子論が、否定される。10の500乗個の宇宙。原子で出来ていた宇宙が、実は、そうではなかった、まるで、もう、SFのような宇宙論。

※お受戒を受けた。
 阿息観を教わった。
 月輪観を教わった。
 「阿」字観を教わった。

深遠な、密教の世界への入口である。
確かに、「空海」を読むだけでは、なるほど、半分も、わからないはずだ、と、認識ができた。
「読む」と「実践」である。

Author:
• 金曜日, 12月 09th, 2011
「無」からの出発 ~東日本大震災クライシス~
2101. 「無」からコトとモノが吹きこぼれて、「無限」に至る。闇の中を、光よ、光よと(私)は歩く。暗から冥まで。
2102. 3.11は、ニンゲンの背丈を告げた。何が不可能かもわかった。さて、もう、迷うまい。
2103. 文字は、表すものではなくて、顕れるものであったか。
2104. 手にて為す、何事もなければ、定印を結ぶ。
2105. 知の人、兼好よりも、情の人、西行に、かえって、断念の深さがあるか。
2106. エスプリは、ユーモアを生むが、パッションは、ユーモアを生まぬ。
2107. 「お客さん、終点ですよ」何度、その声に眼が覚めたことか。(私)は、終りを告げられていた。
2108. 「無記」悟りは、コトバでは、記すことができないと、釈迦は言った。空海は、すべては、コトバで記せると、革命的な発言をした。
2109. 何にしろ、あらゆる存在は、森羅万象は、コトバであると断言した空海である。
2110. 何を語っても、比喩になる。いや、表象になる。文字、コトバそのものが、象徴であるから。だから、モノ自体は、語れない。
2111. その場に、その位置に立たなければ、同じコトバは、語れない。3.11が証明した。
2112. 3.11の(現場)に行くのと、(現場)で生きるのとは、決定的にちがう。物理的な距離は、心理的距離に正比例する。
2113. どんなに、愚かだ、狂暴だ、悪人だと言われている人でも、人は、(私)は正しいと考えて、生きているから、ニンゲンは、奇妙で、面白い。
2114. 沈黙してしまう釈迦と語り続ける空海。因分可説と果分不可説、そこが、二人の別れ道である。
2115. 他人に会う時には、いつも、機嫌のいい者だったが、一人になった時の孤独の深さは計り知れない。
2116. 一者と言い、大日如来と言い、とりあえず、そのように、名前をつけて、呼んでみるしかないものである。そんな、畏怖すべきものが、宇宙にあるということだ。
2117. 不可視のもの、不可知のもの、まだまだ、ニンゲンの(知)が捉えられぬもので、宇宙はあふれている。
2118. 日常に隠れて、よく見えなくなっていた、もうひとつのニンゲンの貌が、3.11の大地震と大津波であぶりだされた。そして、原発の爆発で、貌そのものが消えてしまった。
2119. おろおろし、あたふたとし、結局、宇宙原理が現れた3.11の前では、ニンゲンは、叫び、泣き、そして、沈黙するしかなかったのだ。
2120. 日常が、だらだらと続いたので、長い間、ニンゲンは、危機の感覚をなくしたまま生きていた。足の裏が、ひりひりする、あの感覚をなくしてはならぬ。
2121. 陽気な男がいた。3.11以前には。あれも、ひとつの、天性の財産であったか。
2122. 3.11以降は、ココロの振幅が広がるばかりだ。
2123. 乱れているのは、ココロか?コトバか?思考か?存在そのものか?
2124. たゆたう文体は、何を書いても、どこまで書いても、すべてを宙吊りにする。
2125. 断定する文体は、断言による深さに至るまでに、さまざまなものを殺している。いわば、あやうい一点に立脚しているのが、断定の姿である。
2126. (事実)も(虚構)も、同じ文字で書かざるを得ない、苦痛と不快。
2127. 文章という(現実)が、実も虚も、同じ位置と場に存在する、白紙の力。
2128. 「呼吸」ではじまって、「呼吸」で終るニンゲン。
2129. 思考の形を脱ぎ棄てたいと思う。
2130. 論理もまた、ニンゲンが創りだしたひとつのパターンである。
2131. 悪しき(知)の外へと、脱出すること。
2132. (私)を、「空」であり「無」であると言うが、輪廻する(私)とは、何者か?
2133. 覚、不覚、覚、不覚、の日々である。
2134. (考える)は、どこから、起ちあがってくるのだろう。(私)の意識であろう。意識は?(私)のアラヤ識の蔵から、起ちあがってくる。すると、(私)は、アラヤ識の蔵である。
2135. (私)の(考える)は、(私)が考えるから、来るのか?あるいは、コトバと共に、(考える)が起ちあがるのか?
2136. ココロは、顕れ、消え、流動している生きものであるが、コトバを得て、ココロになる。
2137. 名辞以前、コトバ以前、沈黙以前に、コトバで、挑まねばならない。「名辞以前」というコトバで、すましてしまってはならない。
2138. 狂の中にもコトバがある。つまり、狂は、狂ではなくなる。コトバが、(考え)て、表現できれば。
2139. 人も、風景も、常ならず、つまり、無常。3.11は、誰にでも、無常が観えた。
2140. 生命の源をだどっていくと、「生命樹」あり。宇宙の源をたどっていくと、「宇宙樹」あり。
2141. 宇宙は呼び続けている。無限遠点から音信が来る。宇宙から来た者が、宇宙を知悉しなければなんの為の存在ぞ、なあ、ニンゲンよ。見る者がいなければ、存在に、意味はない。最高のビジョンが、それだと知れよ、なあ、ニンゲン。
2142. そのように、働き、作用するものを、大日如来と名付けて、象徴し、コトバとして、顕現させたのは、誰か?
2143. (不可能)ニンゲンにはできないこと。見ることも、聞くことも、触ることも、書くことも、考えることも、実験することも、あらゆる可能性がゼロであること。それでも(不可能)へと挑戦をしたがるニンゲンがいる。石に、コトバを話させるように。
2144. (不可能)からの出口、(不可能)への入口、事象に特異点があるように、思考にも特異点がある。(不可能)は、特異点の彼方、つまり、異次元でもある。
2145. 埴谷雄高、荒川修作は、特異点を突破して(不可能)へ挑戦した、数少ないニンゲンであった。埴谷さん、アラカワさん、音信を、シグナルを送って下さい。(自同律の不快)と(天命反転)を唱えて。
2146. どのように生きているものを、ニンゲンと呼べるのか、あるいは、ニンゲンの持ち得る、最高のビジョンとは何なのか、危機と混沌の時代だからこそ、問い続けなければならない。
2147. 余分なものは何もない、自然の世界を考えてみると、ニンゲンが、あれが足りない、これが足りない、と、四苦八苦しているのが、実に、おかしい。
2148. 3.11以降では、生命を起点として、あらゆるものの価値が変わった。いや、変わったというよりも、順位、必要の度合が変わったのだ。
2149. だから、3.11以前の、スタイルで、そのまま生きていると、心が分離して、浮遊してしまう。(現実)から。
2150. (私)には、どうしても、宇宙が、百四十億光年の、時空をもつ、わが宇宙ひとつだとは、考えられない。(無限)とは、ニンゲンが計れるような単位ではないだろう。宇宙も、また、無限個あるのではないのか?
2151. テキストは、いつも、読み変えられる。1000年たっても。芭蕉の俳句は、それに耐えられる。完璧な、天才、空海のテキストも、現在の時代に、読み変えられるはずである。
2152. 完成に至るまで、構築された、空海のテキストを、弟子たちは、信者たちは、どのように、読み変えることができるのだろうか?
2153. 「暇潰し」をするには、あまりにも、膨大な時間である、10万時間。60歳で、会社を停年となったX氏は、80歳までの、使える時間を、頭の隅で、計算してみる。で、何か面白いこと、何か楽しいことを探さねば、とても、耐えられぬと呟く。
2154. 不条理そのものが、笑いであって、存在そのものが、哄笑である。
2155. 泣きながら、笑う。笑いのなかに、生まれてくるものがある。自然に。力である。
2156. 農本主義と士方、私は、その間で生きてきた。「保守と破壊」。
2157. 電線が鳴っている、鳴っている。電信柱は、どこまでも続いていて、ニンゲンは、その音を聴きながら、歩いてゆける。
2158. 名前をとりもどそう。喪われてしまったニンゲンの名前を。記号から言霊へ。方言で、呼びあいながら。
2159. 水が来た、水が来た、大水が来た、大津波が来た、ニンゲンを呑み込む水が来た。
2160. 風の流れ、水の流れ、(私)の流れ。アッ、(花)が花をしている。
2161. 足が止まる。壁がある。ただちに、廻れ右だ。今までの(私)の法則であった。
2162. 習慣だ。そして、時間のベクトルを(私)の中心の核から引いてみる。さて、何処へ。
2163. 持たないこと、棄て去ること。どうやら、この二つの生きる態度に、宗教の核がある。
2164. シンプルな生きるスタイルが、もっともニンゲンを、深く生きられる。3.11以降は。
2165. 持てば持つほど豊かになると思う人がいて、名刺には、肩書きが、七つも書いてある。
2166. 立腹する。他人のあれこれに。社会のあれこれに。怒っているのは、(私)の心だ。ココロをセーブしよう。
2167. 3.11から来たのは、まったき沈黙であった。そして、時を経て、コトバの洪水が来た。(私)に。
2168. コトバが爆発をした。原発と均リ合うほどに。
2169. 気が狂うのを鎮めるために、(私)は、コトバの洪水に乗った。そして、流された。たどり着く、正気の岸辺も見えぬあたりまで。
2170. 蒼ざめたまま、大量の波が押し寄せるまで、身体は、無数の痙攣に耐えていた。
2171. 千本の手と千本の足で、クロールをしても、脱出できない大津波にニンゲンが、木屑のように呑み込まれていく、痛い。悲鳴が耳を刺した。
2172. その間、ココロは、どこへ行っていたのだろう、3.11の現場では。
2173. 俳階師西鶴は、愛妻の死んだ日に、鎮魂の俳句を一万句詠んだ。数秒に一句、まるで、洪水だ。そして、小説家・井原西鶴が誕生した。
2174. 3.11以降に、笑いとばす、明るい、楽しい、対話的な作品を書くことが可能だろうか?
2175. ニンゲンの底がぬけてしまうような、圧倒的なコトバの洪水。沈黙の対極に存在する、シャワーのようなコトバの群れ。そんなものが、果たして、可能だろうか?
2176. 意識は、もう、3.11に触れてしまったから、灰色の領域から離陸できない、しかし、行け、歩け。
2177. 存在すること自体を、哄笑する、いや、共に、謳歌する。
2178. あたらしい、ニンゲンに対する切り口がいる。常識を棄て去って。
2179. 笑いが、あたらしい(知)を呼ぶ。意識のゼロ・ポイントでも、笑いは可能か?
2180. コトバにならないものを、あえて、コトバにしてみる。仮の名前をつけて。すると、コトバにならないソレが存在してしまう。ソレらしく。
2181. 同じ道ばかり歩くのは面白くない、とA君
     同じ道を歩いても、毎日毎日道の貌がちがう、とB君
     同じ道を歩くと、安心感がある、慣れかな、とC君
     やはり、はじめての道には、発見がある、とD君。
     やれやれ、道の歩き方でも、人それぞれだ。
2182. なんのために、と問うのは、歩くのも、生きるのも、同じこと。
2183. 仕事をすればするほど、あれが足りない、これが足りない、と、わかってくる。限りというものがない。
2184. 原発のストレス・テストをするのもいいが、ニンゲンの、ストレス度を計ってあげる方が先じゃないか!!限度を越して、壊れ、自死する人の叫び声を聴け。
2185. 人が溺れているのに、浮袋がいいのか、木がいいのか、何を投げてやればいいのかと、岸辺で、議論ばかりしている。頭から、飛び込め!!
2186. ニンゲンの大ビジョンは、宇宙へと、大航海の旅にでることか、あるいは、地球での、限りある生命を、今を、快楽することか!!
2187. 存在としての宇宙に、一撃を加えるニンゲン、はたして、何かできるか?
2188. 時空を歪め、自らも変身して、宇宙に遍在せよ、ニンゲン。
2189. 存在が自由自在に非在になり、死が生に、生が死に、反転できる時、宇宙に、ニンゲンは呼応できる。
2190. (考える)というステージを、どこまでアップできるかが、ニンゲンの課題である。
2191. 「猿から人間へ」とステップしてきた我々も、もう、そろそろ、「人間からXへ」とジャンプする時だ。新しい名前を命名しよう。
2192. ソラ・カラ・クウ。ソラ・カラ・クウ。子供たちが、歩きながら、声をそろえて、日本語の練習をしている。言葉遊びふうに。空(そら)空(から)空(くう)と。何度も何度も。
2193. 発光する、発光する、(私)が発光している。それでよし。
2194. 早く、そのことを忘れたい人がいる。いつまでも、そのことを、心に刻みつけておきたい人がいる。人は、その位置と場で、3.11への態度が、百八十度ちがってくる。
2195. 分析はいくらでもできる。そのことを、身をもって生きることが、ポイントである。
2196. (私)を棄てて、奔走している人がいる。その姿は、実に、眩しい。美しい。
2197. 乾坤一擲・賭ける時が来た。誰にでも、一度はやってくるが、その時を見逃してしまう人があまりにも多すぎる。
2198. (私)は、他人を羨んだことがない。なぜ人は、他人を羨むのかわからない。断っておくが、それは、決して(私)が秀れているとか、恵まれているとかではない。(私)は、私の生命を充分に使用すれば、それでよい、と考えているからだ。身の丈に合わせて。
2199. さあ、起て、自分の足で、とにかく、歩くのだ。
2200. 親切なコトバも、歩く杖にはなる。
Author:
• 月曜日, 10月 03rd, 2011

「詩の礫」(徳間書店) 和合亮一著
「詩ノ黙礼」(新潮社) 和合亮一著
「詩の邂逅」(朝日新聞出版) 和合亮一著

3・11の、東日本大震災は、ニンゲンの、人類の、大きな、大きな、危機であった。大震災、大津波、大原発事故は、ニンゲンの生存の原理を、ことごとくたたきつぶしてしまう、頭では、上手く、考えられぬ、大兇事である。

60余年、ニンゲンとして、生きてきて、意識がゼロ・ポイントまで落ちて、判断中止状態に陥り、存在までが、ゼロ・ポイントに落ちて、破壊され、見たこともない、のっぺらぼうの出現に、脅かされた。

日常の、生活の、生命の、生の、中断であった。巨大なエネルギーは、ほとんど、ひとりのニンゲンの存在を、無へと、近づけた。不安や悲しみを、通り越して、存在の消滅が、裸になって、眼の前で、進行した。

地面の揺れ、家を、電柱を、車を、船を、工場を、役場を、樹木を、堤を、そして、ニンゲンを、一気に、破壊して、流し去る大津波−何日も何日もその映像を眺める。

さらに、かつて、希望の灯といわれた原子の火が、大爆発を起こして、東北を、関東を、放射物質で蔽った。

いったい、何が崩れ落ちたのだろう、3・11で。

誰もがそれを見た。直観した。知った。わかった。

しかし、その正体が、明らかにならない。日々の、生活の中で、はっきりとしていたもの、文明の、科学の(知)、文化の(知恵)、法、習慣、ほとんどの常識と化していた、歴史とか、資本主義とか、民主主義とか、家族とか、会社とか、共同体の社会とか、−そう呼ばれてきた一切が、一瞬のうちに、ニンゲンの世界から、外へと、放り出されてしまった。もちろん、意識の外へと、超出してしまった。

昨日のようには、生きられない。まったく、ちがう、意識で、生きなければならない。現れたのは、のっぺらぼうである。意識が触れたものは、必ず、語ることが出来た。今までは。しかし、3・11以後は、その神話が崩れて、誰も、語れない。

思考する(知)さえもあてにならぬ。大常識が、役に立たない。国とか、会社とか、社会とか、が、まるで、幽霊のように、姿を変えてしまった。大津波で、原発で。

残されたのは、(私)である。そして、その最後の(私)という存在さえ、ニンゲンとして、崩壊しようとしている。どうにかして、ニンゲンは、その、のっぺらぼうに、形を与えて、名前を付けなければならない。

大量の、無数のコトバが放たれた。政治家、学者、科学者、作家、知識人、経営者、しかし、誰も、3・11を、そのものを、語りつくすことはできない。細々と、被災者たちの、裸のコトバが、生きている。

読んでも、観ても、書いても、話しても、映しても、虚しさが付きまとうのだ。(知)が(声)が役に立たない。

しかし、ニンゲンは、無・意味、非・意味には耐えられぬ。安心できない。名前を付けて、価値をつけて、意味をもたせて、もう一度(世界)を再構築しなければならない。正に、生きる、原点に戻って。必要なものを残して、不必要なものを棄て去ること。

一切が、無へと、空へと、投げだされた今、ニンゲンは「人間原理」を、見直さなければならない。ニンゲンのいない世界でも、廻っている「宇宙原理」に対抗して。

さて、フクシマに、和合亮一という詩人がいる。被災者である。3・11以前には、日経新聞に、エッセイを書いていた。ゆるい文章で、思考も平凡で、現在の詩人レベルは、こんなものか、と、その凡庸さに、溜息のでる、詩人であった。高校の先生をしている。なるほど、語りの中に、その匂いが漂っている。妙に正義感があるのだ。

その和合亮一が、豹変をした。いや、いい方に化けたのだ。和合亮一は、3・11の原発の放射能の降る中で、「ツイッター」詩をはじめたのだ。

3・11の震災の真っ只中で、自らの心情を、いや、全存在を、コトバに託して、語りはじめたのだ。「詩の礫」である。

ツイッターとは、140文字以内で、自分の思ったコトバを、発信するものらしい。本来は、詩ではなくて、散文、つまり(私)の呟きである。

その、和合の呟きが「詩」に昇華されていた。力のあるコトバだ。従来の「詩」という殻を破って、あらゆるコトバを、(詩にならぬ言葉も)たたきつけるように、書いている。スピードがある。臨場感がある。チラチラ、鋭い一言が見える。

つまり、もう、和合は「詩」を意識していない。意識は、完全に、3・11で、深層意識のゼロ・ポイントに落ちている。存在は、絶えず、余震と放射能に脅かされて、ゼロ・ポイントにいる。

かつて、アメリカの、トルマン・カポーティは、殺人者を、事件と、同時進行で追って、「冷血」という、ノン・フィクションノベルの最高傑作をものにした。

和合の試みは、散文と詩のちがいがあるが、カポーティのコトバの力を思わせた。モノに憑かれているのだ。無意識の闇の中から、深層意識の蔵の中から、コトバが起ちあがってくる、和合は、そのコトバを捉える、ひとつのマシーンになっている。

普通の平凡なコトバが輝いている。同じコトバでも、3・11以降の和合のコトバは、その意味がまったく、ちがっているのだ。詩語も俗語も、まったく、気にしないで、来るコトバを、そのまま、文に、詩にしている。

理由は、簡単だ。日常が、非日常へと変化したのだ。和合は、日常の、生活の、生きる根を喪って、ゼロ・ポイントで浮遊しているのだ。突然、和合は、異次元へと投げ込まれている。だから、見るもの、平凡なトマトやくるみさえも、輝いてみえる。

和合の変身は、驚きであった。(場)が(状況)が、語ってる。決して和合ではない。和合は、ただ、コトバを、書かされているのだ。

ニンゲンは、異常な時空を、非日常を、そんなにも長くは、生き続けられない。(①日常→②非日常→③日常)となる。しかし、③は、決して①ではない。

「詩ノ黙礼」は、「詩の礫」の続篇である。

疾走する文体、叫ぶ声、震える身体、コトバの力は、だんだんと落ちている。日常が、少し、回復して、意識がモノやコトを観察しはじめている。

「詩の邂逅」は、いわゆる「詩」と被災者たちとの対話(散文)で構成されている。和合は、日常へと復帰しはじめている。で、依頼されて、「詩」を書いている。残念ながら、「詩の礫」や「詩ノ黙礼」のように、詩語を使わぬ、約束を破った、狂的な力が消えている。

整然と並ぶ、行分け詩は、3・11以前の和合の、詩や散文のように、(詩)に納まってしまっているのだ。思考の、思想の彫りの浅さばかりが目立ってしまう。なぜか?

和合は、いわゆる「詩」を書く意識に戻りはじめている。意識や存在が、ゼロ・ポイントに陥って、コトバが、自然に、吹きあげてくる、あの力が消失したのだ。かえって、対話者との散文が(事実)の重さを伝えている。皮肉なことだ。

日常に戻った時、和合は、3・11以前の日常と、眼の前の3・11以降の日常を、明確に、意識化して、コトバが、なぜ、力をもったのか、考えるべきである。

同じ、(花)や(木)や(空)であっても、コトバの意味が変わるということ、そのことを、完全に、意識化できた時、和合の「詩」の力は、もう一度、復活するかもしれない。

つまり、いつも、3・11の、意識と存在が、ゼロ・ポイントに落ちた、その時を、心の中に、甦らせることだ。その時、コトバは魂となって、疾走する力をもつ。ポール・ヴァレリーのいう「純粋詩」が誕生するだろう!!

Category: 書評  | Leave a Comment
Author:
• 月曜日, 10月 03rd, 2011

①新聞記者としての言葉・文章
②芥川賞・小説家としての文章
③ノンフィクション・ルポタージュの文章
④詩・詩人としてのコトバ

辺見庸は、4種類の文章を書いている。年代順に並べてみた。①~④である。

私は、新聞記者時代の辺見の文章を知らない。北京特派員、ハノイ支局長を歴任して、中国報道により、日本新聞協会賞を受賞している。(事実)を追い続ける新聞記者として、足と眼と腕を鍛えあげて、協会賞を受賞している。

司馬遼太郎、井上靖、菊村到など、新聞記者から作家へと、転身をして、成功をした者も多い。

辺見は「自動起床装置」で、芥川賞を受賞している。平成3年である。昭和19年、宮城県石巻市生まれであるから、もう、40歳は過ぎていた。作家としては、むしろ、遅すぎるデビューである。会社では、外信部次長という役付であった。

(事実)を追って書く文章から、(虚構)を書く小説への変身に、何があったのか、私は知らない。しかし、(事実)を書く、新聞の文章に、疑をもたなければ、(虚)としての、小説の文章に、移ることはあるまい。

「自動起床装置」奇妙な小説である。眠りから、現代人の、衰弱した姿を捉えている。文章は、素っ気なく、短く、必要最小限度のもので、構成されている。装飾というものがない。感性のひらめきとか、特有の表現も見あたらない。乾いている。その空気が伝わる。

よく言えば、短篇の名手、ヘミングウェーの文章だ。(事実)と(モノ)だけを、捉える文章。つまり、新聞記者の文章である。一点だけ、ちがうのは、(事実)ではなくて、(虚)にむけて、書かれた文章であることだ。あやういところで、小説の文章になっている。

決して、一世を風靡するような作品、作風ではなかった。ただし、新聞記者から、作家、評論家になった、明治の、自然主義作家の正宗白鳥に通じるような、モノを見る、透徹さがあった。

世間が、ここに辺見庸ありと、思ったのが、意外にも、小説ではなくて、ノン・フィクションの「もの食う人びと」であった。私も、小説の文章よりも、辺見の思想性が鋭く表れたのは、「もの食う人びと」の告発的な、文章であると思った。論理的であり、何よりも、(現実)を切りとる文章の力が、小説よりも勝っていると感じた。「もの食う人びと」を読むと、辺見が、小説を書く理由なんか、消えてしまうと、勝手に推察した。

さて、辺見の、コペルニクス的な文章の転回が生じたのは、2009年からである。辺見は、突然、一気に「詩」を発表する。それも、ひとつやふたつではない。『文學界』に18、『美と破局』に19の詩を、掲載する。

いったい、辺見庸に、何があったのか?2010年には、処女詩集「生首」を上榫して、中原中也賞を受賞している。さらに、3・11が起きた後で、「眼の海」−わたしの死者たち−として、「文學界」に、22の鎮魂詩を発表している。

(事実)としてのコトバ①(虚)をつくるコトバ②(現実)を告発するコトバ③そして、詩としての、象徴の、存在としての、宇宙へとむけたコトバ④辺見の、コトバが発生する場所が変わっているのだ。

もう、(事実)を書くことも(虚)=想像を書くことも、(現実)を告発する−を書くことも、大きな徒労となって、終に、辺見は、はるかな、存在の彼方へ、時空を超えて、死者たちと声を交わせるあたりへと、コトバを投げかけている。

辺見庸は、世界を歩き、飢えた者、貧しい者、底辺に生きる人間を見て、(現実)を告発し、貧や愚や苦や悲とともに生きるニンゲン存在を、表現してきた。

そして、3・11東日本大震災で、故郷、宮城、石巻の悲嘆を見た。意識と存在が、同時に、ゼロ・ポイントに陥っただろう。そんな時に、小説は書けない。論理的なエッセイは書けない。辺見が「詩」を書くのは、自らの、深層意識の中から、吹きでてくるコトバの群れがあるからだ。私は、そう考えている。

3・11を書いている、和合亮一の詩や長谷川櫂の短歌よりも、はるかに、深く、辺見のコトバは、事象の核を摑んでいる。

散文、詩、俳句、短歌−現在も今後も、さまざまな作品が、3・11を、主題とするだろう。その中で、辺見庸のコトバは、生命を得て、光るものと思われる。

Category: 時事  | Leave a Comment
Author:
• 月曜日, 10月 03rd, 2011

①「詩の礫」(徳間書店刊) 和合亮一著
②「詩ノ黙礼」(新潮社刊) 和合亮一著
③「詩の邂逅」(朝日新聞出版刊) 和合亮一著
④「『井筒俊彦』叡智の哲学」(慶応義塾大学出版会刊) 若松英輔著
⑤詩集「ガラスの中の言葉達」(土曜美術社出版販売刊) 由羽著
⑥「『生』の日ばかり」(講談社刊) 秋山駿著
⑦「地上の人々」(パロル舎刊) 井出彰著
⑧「マホメット」(講談社学術文庫刊) 井筒俊彦著
⑨「アラビア哲学」(慶応義塾大学出版会刊) 井筒俊彦著
⑩「神秘哲学」(慶応義塾大学出版会刊) 井筒俊彦著
⑪「露西亜文学」(慶応義塾大学出版会刊) 井筒俊彦著
⑫「読むと書く」(慶応義塾大学出版会刊) 井筒俊彦著
⑬「震災歌集」(中央公論新社刊) 長谷川櫂著
⑭「生首」(毎日新聞社刊) 辺見庸著

言語哲学者・井筒俊彦の主著「意識と本質」を再読・熟読をした。3・11以降でも、安心して、読める数少ない本のひとつである。

今回は、20歳の大学生に戻って、丁寧に、ノオトを執りながら、読んでみた。サルトルの名作「嘔吐」から、西洋の知と東洋の知が、構造的に、解き明かされていくのだ。宣長、芭蕉、リルケ、マラルメ、ソシュール、ユング、孔子、老子、古代インド、イスラーム、大乗仏教から禅、胡子、道元、プラトン、そして、真言の空海まで。井筒のコトバは、時空を超えて疾走する。その快感に身をゆだねる。

いったい、井筒俊彦のコトバは、どこから来たのだろう?そう思って、手に入る、井筒の本を買い集めて、読みはじめた。アラビヤ文学からロシア文学まで、30の国のコトバを自由自在に、読み書きできたという、正に、語学の天才である。

そんな時、若い評論家が、井筒俊彦を論じた「本」を処女出版した。若松英輔である。はじめての「本」が、井筒俊彦についてというのもすごいことだ。

「読むと書く」に、高野山での井筒の講演会録が入っていて、「存在はコトバである」と、空海、密教、真言の核に、言語学者として、挑戦して、謎を読み解く手法には、驚愕した。

「マホメット」「アラビア哲学」「神秘哲学」と若き日の、井筒俊彦がその思考を深めていく、行程は、実に、スリリングであった。

3・11に関して、和合亮一の詩、長谷川櫂の短歌、辺見庸の詩、(「眼の海」−わたしの死者たちに)=「文學界」は、私のココロを打った。