Archive for the Category ◊ 作品 ◊
2601. コトバを話すことによって、コトバを書くことによって、隠されてしまうものがある。
2602. 告白は、秘めていたものを、表に顕わす行為と思われているが、告白という行為自体が、あるものを隠してしまう。
2603. コトバは、表徴であるから語れば、書けば、意味が発生してしまうが、コトバは、絶えず、表徴の裏で、同時に、隠す性質をも発揮してしまう。
2604. 一切を語ることの、不可能性がコトバにはある。その証拠に、コトバのない世界がある。
2605. コトバで考えていた。コトバを考えていた。今、コトバを生きている。
2606. そうか、コトバは、論じるものではなくて、コトバを生きるのだ。
2607. ある日、突然、(私)の起っている次元が変わっているのに、気がついた。
2608. (私)への執着がだんだん薄くなってきて、(無私)の階段を登ると、そこには(普通)がある。
2609. 西行が、芭蕉が、中也が登った階段を、(私)も、歩きはじめている。
2610. このように生きることが、ニンゲンであったかと、還暦を過ぎて、内省している。暗愚である。
2611. 結局、半分しか、経験することができない。生と死。そのように創られているから。
2612. 痙攣して、放心して、気絶・卒倒する3.11であった。今は・・・
2613. 人は、コトバと共に生きている。いや、コトバがその人を生きている。コトバ以外の世界で、人は生きていない。”文は人なり”とは、”人は文(コトバ)なり”である。”初めにコトバありき”なるほど、納得だ。
2614. コトバの力が弱くなった、衰えたと人は言う。人の力が弱くなって、衰えたから、コトバの力も呼応しているのだ。
2615. (私)とは、ある日、突然、時空に、(場)をもらった者である。光って、生きて消えて死ぬ。ある日、突然、(私)という(場)が消失してしまう。
2616. 空気の薄い時代である。ニンゲンの、エネルギーとなる、酸素が足りない。息切れがする。切れ切れの、事象の、断片ばかりだ。
2617. コトバを書いているのは、半分(私)であり、半分は(私)ではない。コトバの性質上、そのように、コトバを書くしかないのだ。
2618. コトバは、誰のものでもない。ところが、書いてしまった文章を、ソレは、(私)のもので、(私)の意見だと思いはじめる。そして、最後には、コトバそのものも忘れてしまう。
2619. 作者自身は、作品自体ではない。
2620. コトバは、来るものだから、作家が、作品を完全に、コントロールできる訳がない。
2621. 「本」のコトバを読む時と、人のコトバを聴く時では、同じコトバでも、まったく、意味がちがってしまう。眼と耳。
2622. 状況が異なる場合、語る人が異なる場合、コトバはちがった姿と意味を見せる。
2623. 宙にむかって、それぞれが、コトバを放ち、何回も何回も、聴いては投げ合ううちに、コトバの場が出来あがり、ベクトルが決まり、コトバの磁場の中で発生した意味が、形を整えていく会話であるか。
2624. 問答と言っても、はじめから、質問と答えが定まっている訳ではない。勝手に、思いを、投げかけて、少しずつ、蜘蛛の巣のようなコトバの場が出来あがってくる。その、コトバの束の中から問いが誕生し、いつのまにか答えが導かれる。
2625. とりとめもなく、だらだらと続く会話である。何かを語っているのではない。コトバの波に、身を任せて、楽しんでいるのだ。
2626. 私が(私)と書く時、その(私)は、一人称単数ではない。三人称複数である。(私)は、あなたであり、彼であり、彼女たちでもある。(私)は、他者である。
2627. コトバを、論理や知性などでねじ曲げないこと。コトバに、自然に、語らせる。
2628. ニンゲンがいる、あるいは、ニンゲンがいたと宇宙に、報せなければならない。さて、何が、可能であろうか?
2629. 時代とはコトバの環である。ネットワークである。コトバのキャッチボールの中に、ニンゲンが生きている。誰も、その外へは出られない。
2630. 中心は、反転して辺地となり、辺地は、反転して中心となる。
2631. 鳥が飛んできて枯枝にとまった。さて、縁と見るか、偶然と見るか?事象は、見方で、変わってしまう。
2632. 桜の歌と恋の歌ばかり詠んできた西行も、六道を詠み、釈教歌を詠み、最後には、歌が、真言になってしまった。
2633. 極小の素粒子の果てへ、極大の宇宙の果てへと行っても、そこには、ニンゲンがいない!!ニンゲンは、どうやら、中間的な存在である。ちょうど、ニンゲンそっくりのニンゲン。
2634. 死を嫌悪し、遠去けながら、死に魅了され、招き入れる、ニンゲンである。
2635. もう、コトバとは、おさらばだとコトバで語ってしまう、ニンゲンである。
2636. 内的に在る力だけが、生きる力として現れる。
2637. ○○という時代があったのではなくて、○○という時代を発見した、で、コトバで、再編してみた。
2638. 事実は、決して、絶対ではない。過去の○○という時代を考えなくても○○という現在という時代の事実を考えるだけで、充分だ。
2639. モノとコトの(事実)は、一人一人に対して、ちがう貌を見せるではないか。
2640. 生きているニンゲンは、無数の死角がある。(事実)も、非連続的な漂流物にすぎない。
2641. 宇宙の、時空のグレート・マザーとは何か?生命の、たったひとつの、グレート・マザーの種子とは何か?根源的な問いは、このふたつしかない。
2642. 宇宙のファースト・スターを創りあげたものは、時空の種子であろう。
2643. なるほど、「動物たちには歴史がない」と人は言うが、正確には、ニンゲンが、コトバでそう考えているのだ。しかし、コトバを持たぬ動物も、未来を考えぬ訳ではない。本能としての細胞が、遺伝子が、未来へと、子孫という分身を残すのだ。それが動物たちの考え方である。
2644. 隠せば隠すほど、顕れてしまう華もあれば、告白しても告白しても顕れぬ種子がある。
2645. (~から生れてくる)という現象が、思考を規定している。頑固なまでに。強烈に。(母から生れてくる)と。決して、(母を生む)とは言わない。
2646. 意味がある、のではなくて、意味を生むコトバである。
2647. (~から)は(~まで)を決定している。(~から)と言った時、人は、決定の外へは出れない。生れてから、死ぬまで、と。
2648. 現実を(現実)と書くのは、(現実)というものが、モノそれ自体の複雑さ、多様性を含んでいるからだ。
2649. 事実をいくら、厳密に、拾い集めても、決して(現実)は、わからない。
2650. 語りは、単に、ひとつの象徴であって、隠喩以外の何ものでもない。
2651. 誰でも、自分の生が、今、最低点にいると思える、辛い時期がある。一番の思想が育っている時に。
2652. 無意識に隠されたものを、記憶の底に隠されたものを、思考の外に隠されたものを、存在の彼方に隠されたものを、暴露するアフォリズムであらねばならない。当然、コトバの外へと隠されたものをコトバで表現することは不可能だが・・・
2653 コトバの余白に書く。いや、余白を読む。白紙も語るということだ。
2654. 沈黙も、また、コトバである。いや、コトバが反転をしたコトバである。
2655. ディオニコソスとアポロン。ロゴス中心主義からの脱出。ニーチェは、いつも、事象から疾走する。で、ダブル・バイントに陥って、深淵へと落下する。
2656. 大別すると、ニンゲンの考え方は三つになる。
①(神)的なもののもとに、一切が存在する(当然ニンゲンも)。
②一切の存在は、ニンゲンが感じて、考えて、想像・幻想する(宇宙)である。
③(無)から、虚時間から、時間と空間が爆発をして、原子たちが誕生し、時空を疾走し、137億年の進化の道をたどっている。単細胞が37億年かけて、ニンゲンに至った、と。
①②③どの立場に立つかで、ニンゲンの生きる意味、人生観はまったくちがったものになる。さて、あなたは、どの立場に立って生きているか?
2657. ニンゲンは、生き死にを考える。森羅万象を意味付けをする。宇宙は、一切、考えない。ただ、存在する。その一歩の距離が無限である。
2658. 超球宇宙に、原理、法則を求めるのは、ニンゲンである。宇宙はくしゃみすらしない。
2659. 存在がくるりと非在になる時、ニンゲンの眼には見えないが、透明な門が確かにある。
2660. 穴だらけのニンゲン、穴だらけの細胞、穴だらけの原子、内なる空間が形となる不思議。
2661. 時間にも、穴があけば、いったい何が起こるのだろう?
2662. (1+1=2)の世界は、コンピューターに任せておこうか。(1+1=2)の外側へと超出する世界に、ニンゲンは生きているから。
2663. 正しく考えることも出来るが、誤って考えることも出来るニンゲンである。
2664. 子育てには限度がない。百点満点がないからだ。生きるのも、結局、同じことだ。(私)を育てるのも限度がない。
2665. 父の墓の、背景に、山の斜面に、堂々とした、山ツツジの大木があって、その花の色、妙に、気になって、仕方がない。呼んでいるのか?
2666. 今日は、時空も、眩暈している。
2667. 生きるは、殺すである。ニンゲンは、毎日毎日、その大原則に従って、生きている。
2668. ニンゲンは、日々を生きるための、「食事」を、殺すことを、本能のせいにして、通り過すことが出来るだろうか?
2669. 不条理を生きている、(食べる=殺す)を考えることは、無・意味である−では、済ませられない。
2670. 支えきれぬものを、ニンゲンを破壊してしまうものを、(夢)の領域に、無・意識に、押し出して、(私)だけが、安全地帯にいる、そんな便利な構造に、ココロは納得をしていない。
2671. 身体に反逆する。身体も反逆する。ココロが乱れるわけだ。
2672. 長く生き延びる者は、よく殺した者である。
2673. 儀式は、なぜ、必要なのか?人間にとって。食べるからである。生きるものたちを。血を流したのは、捕らえられた生きものと人間である。
2674. 生きものを食べるニンゲンは、宗教的にならざるを得ない。血を流すから。食事の前の、いただきますは、お祈りの儀礼である。
2675. 食事をすると、もう、罪の意識が発生する、ニンゲンである。生命を食べるから。
2676. 生きているものも、死んでいるものも、食べてしまう、ニンゲンである。その時の、自分の顔は、見なくても、充分に、わかっている。
2677. ニンゲンには、まだまだ開発すべき能力が無限にある。その時代の常識や知に、縛られすぎである。ニンゲンの蔵には、無尽蔵の(力)があるのに。
2678. 眼に見えぬものは信じられぬと言いながら、原子や素粒子やヒッグス粒子は、なるほど、と信じてしまう。科学の(知)の証明だからと。
2679. 眼に見えぬ仏や大日如来は、どうであろうか?浄土や天国は、信じられぬか?眼に見えぬから?証明するものがないという理由で?
2680. 横超すると、高次の次元に、浄土がある、と。大日如来の存在が、見えると。
2681. 証明できぬものは、信じられぬか?10の500乗個もあるという、ホーキング博士の、宇宙も、信じられぬか?
2682. 昔の人は、昔の人風に、見えぬものをも信じた。現代人は、もう、そのような、信じ方を持てぬだけだ。否定はできまい。
2683. 十一次元の時空を、異次元を、見えぬからと言って、否定も出来まい。
2684. 毎秒、おびただしい、ニュートリノが(私)の身体を、通りぬけている。眼には見えぬが。真空もエネルギー場だ。
2685. 身体を、あらゆる物事を、貫通するものの存在を、知ってしまった、ニンゲンであるのに、まだ、眼に見えぬ、”神秘な存在”を、信じられぬか?
2686. 無から有が発生すると、数学者は、物理学者は、証明をした。それでも、日常の、生活では、無から有は発生しないと、考えて、生きている。なぜか?
2687. (眼)という機能に、(脳)という機能に、ニンゲンは、捉われすぎている。
2688. ある日、「石」が石を超えたものになる。「火」が火を超えたものになる。「水」が水を超えたものになる。突然、モノの見方が変わってしまう。そんな瞬間が、日が、ターニング・ポイントがあるものだ。
2689. (死)は、垂直に、時間を跳ぶ。
2690. 歩いて、生きる。歩いて、死ぬ。歩いて、再生する。
2691. 俗が聖に。辺地が中心に。変化と遍在は、モノとコトの常だ。
2692. 風景の暗号を解くと、次元がひとつあがって、桜の花も、真言になる。
2693. 宗教も、また、ニンゲンの可能性への挑戦の形式であろうか?
2694. 存在にカミを見る人、非在にカミを見る人、見るという(眼の力)を超えてしまう人。
2695. 考えるというスタイルが終わってしまう。
2696. 突然異変は、誤算ではない。(私)は他者だーの実践である。
2697. 来たものが音になる(モーツァルト)。来たものがコトバになる(ニーチェ)。不思議だ。来たものは、同じものであるのに。
2698. 毎日、毎日歩いている、桜、桜、と。まるで、桜守の西行である。
2699. 歩行(小説)と舞踊(詩)と跳躍(アフォリズム)の日々が続いている。
2700. 古代の廃墟に、ニンゲンの歴史を見るよりも、ニンゲンの身体に、古代の種子を見る。
「間」と「黄昏」の文体が描きあげた人生のかたち
父と母と昭和への鎮魂の書である。
詩と散文が結婚した小説である。
「間」と「黄昏」の文体である。小説にとって、文体は生命である。黒田は、千年前の王朝文学(ひらがな文『枕草子』『源氏物語』)を、現代に甦えらせた。幽玄と寂の世界である。
死者と生者の間に、喪われた過去と現在の間に、夢と現の間に、昼と夜の間に、人と他人の間に、モノとモノの間に、たゆたい、ゆっくりと吹きぬけていく、透明な風がある。草の色が、部屋の匂いが、家具の形が、庭の木々が、あらゆるものが、溶けあって、解き放たれて、共振れし、「風の文体」の中に顕現する様は、軽い眩暈となって、一切の境界を消し去ってしまった。(漢字は名詞、ひらがなは、漢字と漢字の間にある。つなぐもの)
記憶も定かでない、死とは何かもわからない、幼い頃に、母を亡くし、三十八年して、父を亡くし、一人娘は、二十年で八か所も、住居を変え、食べるためのしごとを、八しゅるいも変えて、ほんらいのしごと(小説を書くこと)を続けて、生きている。戦前から戦後へ、昭和という時代の空気を吸って、いくつかの恋をしながら、一人で、生きている。記憶の暗箱から、不意に立ち現れる、生の断片がきらめき、夢の断片が浮かびあがり、昼でもない、夜でもない、黄昏の文体は、寂の中に生きる、人生のかたちを、描きあげた。
主人公の名前がない、父と母の名前がない、地名がない、固有名詞がない、モノの名前がない、会話がない、夢、現実、現在、過去の境界がない、何時も読んでいる小説の、日本の文章がない、ないないづくしの小説である。漢字がひらがなになっている。センテンスが長い、長い文章は、十六行にも及ぶ。まるで一筆書きの絵である。
むつかしい、わからない、たった百枚(?)の短篇なのに、何度か挑戦したが、中断して投げだしてしまうという声が、あちこちであがっている。なぜか?漢字ひらがな混りの、日本文に、眼と頭が慣れてしまっているのだ。
「abさんご」は眼で読む小説ではない。声で読む小説である。黙って、ひらながを眼で追って、頭の中で、声を出して、読む。必ず、最後まで、読み通すことが出来る。意味は、声の中にあって、何度か読めば、自然にわかってくる。(英語と同じ)
名前や名詞を使わない理由は、黒田が二十六歳の頃に書いた「タミエの花」に隠されている。タミエは、花の本当の名前を求めたのだ。もの自体の名前を探しているのだ。つまり、世間が、他人が、使っているコトバでは、本当の名前は呼べないのだ。まだ、名前のないものに、タミエの、固有の名前を付けたいのだ。黒田は、この作業を、五十年、続けることになる。
孔子は、「論語」で、「正名論」を語っている。弟子の子路に、乱れた国を治めるために、何が必要かと問われて、コトバを正しく使うことだと答えた。そのコトバとは、社会に流通する、誰もに、共通するものの謂である。黒田の求めたコトバは、それではない。マラルメが求めた、「絶対言語」である。虚無の底から、狂気の一歩、手前で、探しあてた「賽の一振り」である。
漢字には、字義と字相がある。意味だけを求めるなら、白川静の「辞通、辞訓、辞統」を調べればよい。黒田は、五十年かけて、「タミエの花」の名前を発見した。花の名前は「abさんご」であった。
黒田の小説の系譜。①泉鏡花「草迷宮」②中勘助「銀の匙」③小田仁二郎「触手」④谷崎潤一郎「鍵」⑤石川淳「白猫」⑥折口信夫「死者の書」⑦古井由吉「仮往生伝試文」
五十年、百年、生き残る、文体が生命の、作家、作品である。もう封印した母の名前が呼べるよ!!黒田さん。
(2月6日記)
「がんばれ、日本、がんばれ日本」
???
TVで連日放送されたコマーシャルである
サッカーの応援ではない
3-11の、東北へのメッセージである
ちがう、ちがう、ソレはちがう
瞬間、心痛が走った 耳が拒絶をした
不愉快、不快、怒りが来た
ウツ病患者に、がんばれと言うか? 言うまい
アウシュヴィツの、ホロコーストの、死者たちに、被害者たちに、がんばれ、ユダヤ人と言うか? 言うまい
ヒロシマの、ナガサキの、死者たちに、被爆者たちに、がんばれ、ヒロシマ、がんばれナガサキと言うか? 言うまい
3-11の死者たちに、被災者たちに、がんばれ、日本、がんばれ、東北と言うな!!
声は言霊である。
コトバは、記号でも、道具でもない
明呪であり、殺呪である
死者は二度死ぬ
生きられる人をも殺してしまう
ただちに人体に影響はありません(政治家)
二重、三重にガードされているので、メルトダウンはありません(科学者)
小さな魚だけで、大きな魚は汚染されません、大丈夫です、汚染水は、流されて、薄められて、拡散されます(生物学者)
コトバは兇器だ、いや、乱れたコトバは、信を崩し、安心を奪い、国を滅亡させる
コトに、モノに、コトバを正しくあてがえと孔子は言った。
今、21世紀の「正名論」が希求される。
※「正名論」 孔子は、弟子の子路に「先生、国の秩序の乱れを正すためには、どうすればいいのでしょうか」と問われて「コトバを正しく使うことだ」と答えた。
人間が、生きている限り、苦しみ、悲しみ、痛みはなくならない。(生・老・病・死)の四苦からの超越を説いた、釈尊の言葉は、人間が(生きる−死ぬ)というコンセプトを、存在の条件とする限りにおいて、(真実)であろう。
科学、医学、経済、文明の発達も、四苦を減らすことはあっても、完全に、なくすことは出来ない。
宗教が、21世紀になっても、その存在理由がなくならないのは、苦の世界を救うというところにあるのだろう。
3.11東日本大震災(原発事故)は、生きる人間の根源を揺さぶって、問い直しを求める、天災、人災であった。
日本人はもちろん、世界中の人々が、(生きる−死ぬ)という人間の、悲しいコンセプトに、思いを馳せた、日々であった。
「安全・安心」というコトバが死んだ。科学者、政治家、知識人、文学者のコトバが、死んで、役に立たない。
死者にあてがうコトバがない。被災者のコトバを受け入れる、いい耳がない。
いったい、宗教者は、現在、どんなコトバを発しているのだろう?何を、実践しているのだろう?
ある日、突然、空海さんのコトバを読みたくなった、空海さんの声に耳を傾けたくなった。秘められた教えと実践の道があるはずだ。
初めて、高野山を参詣した。五月の、薫風が吹き、山桜の名残があって、新緑が芽を出しはじめた季節であった。
山上の宗教都市であった。千二百余年の、歴史を刻む、高野山を、時空を越えて、歩いてみた。
僧になる為の、僧の、修学、実践の、根本道場である。京の俗と高野の聖と、政治、宗教、学問、社会実践、教育、芸術と、日本の誇る天才の名にふさわしい、空海が行き来し、歩き、三密修行を実践した地である。
高野山の歴史を展望するためには、幾多の課題を追ってみなければならない。
宗教と政治権力(天皇・貴族・武士)宗教と経済(荘園、寺田)宗教と学問(中国、インドの歴史)入定信仰(奥の院)弘法大師信仰、檀家制度、宗教抗争(浄土真宗)分派抗争(御室派、根来派)神仏混淆(神道)高野山信仰(浄土観)(聖地化)(曼荼羅)四国遍路(高野聖)そして、明治時代の神仏分離と廃仏毀釈。
空海に、鎮護国家を求める天皇から、弘法大師の教えを、全国行脚して唱教する、高野聖まで、高野山を、支え続けた人々に限りがない。
①政治権力と宗教
聖徳太子と豪族の蘇我氏は、仏教の導入に力を尽くした。
空海は、唐から、帰国して、嵯峨天皇に、唐の詩書、梵字書、古人の筆蹟を、淳和帝には、唐製の狸毛の筆を献上している。三筆と呼ばれた、能書家の嵯峨天皇は、空海のよき理解者、支援者であった。空海は、高雄山寺から、東寺を、そして、高野山に、根本道場を開く、赦しを得ることになる。
「上求菩提・下化衆生」、天皇とも庶民とも共に歩む「済世利民」の空海の思想が、実によく出ている。聖地、高野山では、密教・真言宗の三密・実践修行をして、俗地、京の街では、天皇、貴族とも、仏教、密教を語らうという、柔軟な姿勢である。
『源氏物語』を書いた紫式部のスポンサーでもあり、光源氏のモデルとも言われている、関白・藤原道長と藤原頼道も(摂関)高野山への参詣、寄進等、支援を惜しまなかった。
道長の参詣と頼道の登山は、後に、摂関家や上皇たちの参詣を促し、地方豪族たちの、高野山への関心を高め、荘園、寺田の寄進はもとより、寺院の建立、修復と、全国への、真言宗の普及に、大きな役割を果たした。
政治権力と宗教権力の二人三脚の好例である。
その一方で、戦国時代、下克上の世になると、宗教は、武士の政治権力と正面衝突をする。信長の比叡山焼き打ち、秀吉の、根来の焼き打ち、真宗(浄土)の連如が武装化した、一向一揆、そして、武力を用いず、法をもって、宗教に対した、徳川幕府の、キリシタン禁の条例、寺院諸法度の、壇那寺、檀家制度の導入、明治政府の、天皇を中心とする体制から来た、神仏分離令、廃仏毀釈と、政治と宗教の問題は、現代に至っても、世界中で解決に至らず、戦争、紛争が続いている。
幸いにも、日本では、政教分離の、政策がとられているが。
②教学の伝承と宗門、宗派の対立
鴨長明の『方丈記』に依ると、源平の合戦で、武家政権が誕生した後も、王権と武士の二大権力の戦い、武士同志の戦いが尽きず、その上に、大火事、大風、大地震、大津波、疫病、飢饉で、人々は、この世を、地獄である、と、虚無、無常観、末法思想が人心を染めあげていた。
地の底から、庶民、武士の間から、新仏教が噴出をした。この世が地獄なら、せめて、来世では、極楽浄土に往生したい、念仏を唱えるだけで(法然)弥陀の本願を信心するだけで(親鸞)、浄土に往生できるという、一宗一尊の、浄土宗、浄土真宗の出現である。あるいは、浄土などない、この世がすべてである、南無妙法蓮華経と唱えて、叫び続け、この現世を仏国土にする(日蓮)日蓮宗。そして、戦いが仕事である武士は、生死を日常として生きており、(無)の境地を求める、禅宗へと、精神統一を企った。
台蜜・天台宗は、教相、事相においても、純蜜・真言宗に遅れをとった。最澄と空海の密教理解の差であろう。
しかし、最澄の弟子、円仁は、入唐して、新たに、蘇悉地経を加え、円珍、安然と、天台宗を、法華・華厳、念仏、止観を中心とする綜合的仏教へと発展させた。
その天台宗から、鎌倉新仏教の教祖たち、法然、親鸞、日蓮、道元が輩出された。
一方で、真言宗は、空海の十代弟子たちが健闘するも、新しいものを生み出すこともなく、暗黒の時代が続いた。
口舌の徒の新仏教に対して、密教は、口伝・面授、師資相承の、秘められた仏教である。
密教は、浄土をよく考えてこなかった。なにしろ、「即身成仏」である。
荒廃した、高野山を救ったのは、真言宗の中興の祖、覚鑁・興教大師であった。
高野山に、伝法院を建立。根来に、神宮寺(後の根来寺)を建立。密教院の完成。
教学の再興、事相の振興。何よりも、密教と念仏を融合させて、真言念仏とした。唱える仏教の流行に、敏であった。また、高野山の金剛峯寺の座主を、東寺の座主から切り離した。高野山は、東寺の末寺であった。
しかし、覚鑁は、後に、千三百人の弟子を連ねて、高野山を降り、根来派(新義派)を結成することになる。
③お寺という学校の力
空海は、誰もが、平等に学べる学校『綜芸種智院』を創設した。貴族、豪族の子弟しか学べない大学、国学しかない時代である。千年早い、理想の学校であった。
寺院は、僧になる為の教学、修行、学問と実践の場である。キリスト教宣教師フランシスコ・ザビエルは、高野山を、日本の六大大学として、考えている。三千五百人の学生がいる、大学の町である。
中世から近世にかけて、貴族、武士、庶民と、学問、教育の必要が高まっていく。
足利学校や金沢文庫、武士たちも、学問を身につけ、教養を高め、武士道を極めた。江戸時代には、武士たちの、藩校が出現し、庶民の為の、寺子屋が誕生した。読み、書き、そろばんは、商いの栄えた江戸には、必要不可欠なものであった。商家の娘の嫁入りの道具に、兼好の『徒然草』が流行った時代である。
京、大阪、江戸で、木版印刷が盛んになった。寺子屋の教科書、往来物は、その種類が四千冊を越えた。江戸の識字率は、当時、世界一であった。高野山でも、木版印刷の技術が導入された。写本をした、本を製作できなかった時代が、長く続いたが、近世は、印刷の技術を得ることで、大量の「本」の出版を可能にした。役者絵、瓦版、教科書、経典、養生訓、出版事業は、知識の伝達を、一気に全国へと拡大した。その中心に、僧がいて、お寺があった。
④高野聖の力
僧にも、階級、階位がある。検校、阿闍梨、山籠、入寺、三昧、久住者、衆分(鎌倉時代−金剛峯寺の例)
僧は、大別して、学侶、行人、聖となる。仏教、密教の研究をする、実践をする、学侶。供花、点灯、寺の管理に従事する、行人。そして、全国を行脚して、密教、真言を唱導する聖。勧進は、大きな目的のひとつである。しかし、高野山を、入定信仰を、(弘法大師は現在でも、奥の院に生きていて、我々衆生を救ってくれる。何しろ、弥勒菩薩が下生して、人間を救ってくれるまで、五十六億七千万年もあるのだ)大師信仰を拡めたのは、高野聖である。三密行は知らずとも、四国八十八ヶ所を巡礼すれば、お大師さんに会える、遍路も、高野聖と同じ、歩く信仰である。
南無大師遍照金剛の中に、空海はいる。
高野山が、浄土になり、八葉の曼荼羅になり、聖地と化した、その底辺には、名もない高野聖たちの精進があったことは、まちがいないだろう。文化は交通でもあるから。
(高野山大学大学院レポート)
政治と宗教の問題は、古くて新しい。政治権力のめざすものと、宗教のめざすものが、(法、教義)あるいは、世界観、宇宙観が異なる為である。抗争、紛争、戦争と、宗教と政治は、東西古今で、衝突してきた。
しかし、宗教が国家権力と二人三脚で歩む場合もあった。願護国家という役割を負って。
空海は、聖と俗を、見事に使いわけた。空海の入定後も、天皇、皇族、貴族(藤原家)武士(平家、源氏)に支えられた、高野山である。(ただし、秀吉には攻められている。)
橋を架け、井戸を掘り、道路を整備し、貧しい人、病者たちに、宿や小屋を作ってあげ、お金やお米をあげるなどの、慈善事業、福祉事業に精を出し、全国を遊行して、勧進をして、信仰をひろめた、無名の高野聖たちの存在も、大きな力となって、高野山を支えてきた。
現在では、政教分離政策がとられている日本である。
しかし、世界各地で、宗教と政治の対立、宗派の対立、紛争が、民族紛争の原因ともなっている、事実がある。
21世紀は、共生、共存の世界が実現される時代であってほしいものだ。
曼荼羅の思想、コスモロジーが、役に立つ時代であるかもしれない。
何時、地表に立っている人間は、宇宙的観点を確立できるのだろうか?
「日本で、天才といえば”空海”でしょう。」
日本人初のノーベル賞を受賞した、物理学者、湯川秀樹の言葉である。
高野山は、空海が、真言密教の、根本道場として開いた寺院であり、宗教都市である。
完璧と思える、密教思想の構築はもちろん、満濃ヶ池の土木工事、自由平等を旨とした、綜芸種智院という学校の設立、梵字悉雲と辞典の編集、芸術としての書、自心の源底にまで至った、言語の天才、その詩心、天皇から衆生に至るまで、幅の広い交流、空海は、正に、天才の名にふさわしい、人物である。その死後も、弘法大師として、千年にわたる時空を超えて、人々の心の中を歩いている。
空海・弘法大師・そして、高野山は、分野を超えた(文化)として、日本全国に、今も深く、根付いている。
とても、一人の人間が為し得た、仕事・事業とは思えない、空海の業績である。今回は文学という文化に限定して、高野山、空海、弘法大師をめぐる思想を表出した、文学作品を、考察してみようと思う。
西行(1118~1190)『山家集』
ねがはくは花のしたにて春死なむ
そのきさらぎの望月の頃(春歌)
歌聖と呼ばれる西行ほど、花(桜)の歌を多く歌った人はいまい。桜が恋人である。歌は、桜へのラブ・レターである。
西行・本名は佐藤義清。僧名は円位。西行は号である。白河天皇の時代、院の警固をする北面の武士であった。藤原の血を引く家系。
二十三歳で、突然、出家する。理由は不明。
惜しむとて惜しまれぬべきこの世かは
身を捨ててこそ身をも助けめ
出家。遁世時の覚悟の歌である。武士を捨て、妻子を捨て、家を捨て、仏門に入ることが、自らを救うことになる、心境の歌だ。
東北行脚の後、三十二歳頃から、西行は、高野山に、庵を構えて、約三十年余り棲んでいる。仏門での毎日の修行かと思うと、そうではない。吉野へ、京へ、熊野へ、四国へ、九州へと、旅をしては、歌を詠んでいる。神護寺の文覚に、仏門に専念しないで、数奇心で、歌ばかり詠んでいる、とんでもない僧だと非難される。しかし、実際に会ってみると、好人物で、人間としての品位、教養があって叱れない、というエピソードがある。
『山家集』には、恋の歌、花(桜)の歌が、圧倒的に多い。その中には、高野を詠んだ歌、高野から、友、知人に送った歌もある。
僧であるから、当然、「釋教歌」もある。地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天と六道を読んだ歌もある。
また「聞書宗」の中に、「地獄絵を見て」として
見るも憂しいかにすべき我心
かかる報いの罪やありける
『万葉集』は、万葉仮名で書かれた、風景や心情を、直接的に読んだ歌であるが、『古今集』から『新古今集』の時代になると、幽玄有心を、技巧を、喩を重んじた、(知)的な歌の姿へと変わっていく。その中で、西行は、只一人、自然に、感情のあふれるままに、あるいは、考えるままに、歌を詠んだ。藤原俊成、定家の歌と比べてみると、喩に頼らない分だけ、力強い。純粋で、行動的で、感情的で、僧と歌人の間で、揺れ、悩み、そして、歌に「寂」の気配が、漂っている。
三夕の歌、寂蓮法師、藤原定家、そして、西行の歌を比べてみると、実に、よく、理解できる。
心なき身にもあはれは知られけり
鴫立つ沢の秋の夕暮
恋の歌、花(桜)の歌から、離別歌、哀傷歌、釋教歌、聞書集と進んでくると、西行の歌にも、仏教の、密教の色彩が滲み出てくる。
明恵上人の伝記に、西行の歌論が記されている。かつては、数奇者で、「虚空如ナル心」で歌を詠んでいたが、今は、詠む歌は、真言で、和歌は如来の真の形体であって、歌によって、悟りを得た、と。気性の激しさと純粋とが入り混じった心をもっていた西行も、武士の剛気と歌人の寂と僧の悟りへと、足を踏み入れて、河内国、葛城山の麓、弘川寺にて、寂した。七十三年の人生であった。
風になびく富士の煙の空にきえて
行くゑも知らぬわが思ひかな
空海、高野山、遍路をめぐる、小説。
名作、四作を選ぶなら、迷わず①泉鏡花『高野聖』②田宮虎彦『足摺岬』③井伏鱒二『へんろ宿』④司馬遼太郎『空海の風景』を挙げる。
『空海の風景』(上・下巻)は、幕末の士々たちを描いて、国民的作家となった、司馬遼太郎が、構想十年、三年の月日をかけて、執筆した、司馬文学の金字塔である。空海の眠っている奥の院へ足を運ぶ度に、参道の右手に立っている、高野山を描いた、司馬の一文が、碑となっている姿に眼を止める。仏教(密教)に無縁の人、空海を知らぬ人、どれだけ多くの人々が、司馬遼太郎の「空海の風景」を読んで眼を開かれたことかと感嘆する。
司馬は、空海の誕生の地、屏風ヶ浦から、入定する高野山まで、空海の足跡を追って、すべてのゆかりの地を、歩いている。空海の著作はもちろん、研究書、関係資料を、数百冊読破している。そして、密教の研究者、僧たちに、疑問のすべてを問い糺している。新聞記者の手法である。いかにも、記者出身である、司馬のスタイルだ。そして、自らの考え、感想を呟く。それが司馬史観と呼ばれている。
司馬は、神的な視点に立って語る。人間・空海の実像に迫るために。もちろん、司馬は、宗教・仏教・密教は、語るものではなく、信仰し、実践するものであると知悉している。だから、真言宗の、経典の核には踏み込まない。密教の、専門家、僧たちの批判も、承知の上である。だから、空海の残したもの、歩いた場所に、「空海の姿」を発見するのだ。ゆえに「空海の風景」である。仏教用語を、極力排した、大衆が読める「空海」である。
泉鏡花(明治六年~昭和十四年)は、幻想的な、迷宮を描く、特異な作家であり、『高野聖』は、彼の出世作・代表作である。旅の途上で出会った、高野聖に、その体験談を聴くというスタイルの小説である。深山幽谷で妖しい美女、白痴の子、怪物や血を吸う蛭に会う話である。全国を行脚して、真言を唱導し、各地の面白い、奇妙な咄を、語り歩く、高野聖の姿が、リアルに浮かびあがってくる名作である。
鏡花は、文体を生命とした作家である。物語の概説では、鏡花の小説は、わからない。後に、三島由紀夫、川端康成が絶賛した、鏡花の文体である。一行一行読みながら、主人公と作家と共に歩く。その時、読むがそのまま生きるになる。文体だけが、時代を超えてその内包する思想を伝える器である。
『足摺岬』は、田宮虎彦の代表作・短篇である。田宮は、魂の彷徨を描く作家である。暗い情念、宿命、貧、病が主題である。苦悩する作家とも呼べる。
物語は、青春の悩悶をかかえた男が、四国八十八ヶ所の、三十八番札所金剛福寺を訪れるところから始まる。自殺を企てようとする青年である。足摺岬は、断崖絶壁がある自殺の名所と呼ばれている。遍路宿で、さまざまな宿命を背負った遍路の話を聞き、魂が浄化されていく。宿の娘に、遍路たちに、生命を救われる。そして、戦後、ふたたび、足摺岬を訪れる。貧乏で、生命の恩人の妻を死なせ、後悔と失意の人生である。四国八十八ヶ所が魂の復活と再生の場である。田宮本人は自殺。
『へんろ宿』は、掌篇小説ではあるが、井伏鱒二の名作のひとつである。土佐の、旅先での、「へんろ宿」の一日を、描いている。何処から来て、棲みついたのか、誰の子供かわらない小学生、冷えたセンベイ蒲団、辺境の、遍路たちの、奇妙な生態を、冷静な筆で書き切っている。
遍路・空海との同行二人の、四国八十八ヶ所巡礼も、現在では、ひとつの、文化として定着をした。宗派、人種、信仰の有無を問わぬ四国遍路は、江戸時代から、平成まで、脈々と受け継がれて、伝統文化の域に達している。
紀行文、手記、インターネットの感想など夥しい情報が発信されている。
『娘巡礼記』高群逸枝著は、近代、現代の、第一号であろう。大正七年、熊本の家を出て、仕事を中断し、新しい何かを求めて、二十四歳の娘が、四国遍路に挑戦する。その手記が、地元の新聞に、掲載されて、大きな評判を呼んだ。当時は、橋も、道路も、整備されていない時代である。四国の古道、街道を歩いて廻る一人旅である。遍路たちとの邂逅、地元の生活者との出会い、風雨との戦いと、涙と汗が光る、紀行文学である。
月岡祐記子『平成娘巡礼記』は、高群の現代版である。平成の若い娘の感性が瑞々しい。
『四国遍路』辰濃利男著は、長年、新聞記者として取材し、自らも、遍路として歩いた体験を、知的に、総合的に、分析、現代遍路のお手本となるテキスト。
『マンダラ紀行』は、「月山」で芥川賞を受賞した、作家、森敦が、四国八十八ヶ所と曼荼羅の秘密を、メビウスの輪の理論を用いて、分析、解読している。直木賞作家・私小説家の、車谷長吉の『四国八十八ヶ所感情巡礼』は、妻と二人の道中記である。
(高野山大学大学院レポート)
「平家物語」「方丈記」「徒然草」「山家集」「源氏物語」と、日本文学の核となるべき、歴史物語、評論集、小説も、すべて、「仏教」なしには成立しない作品である。
漢字が中国から日本にもたらされた時、日本には、文字がなかった。話し言葉の、和語があっただけである。漢字とともに伝来した仏教は、中国の史書五経とともに、学問に欠かせぬ存在であった。
漢字ひらがな混りの、日本文が成立した後にも、仏教用語は、しっかりと、漢字の意味に寄り添って、思想と化している。日本人の風土に、感性に溶け込んでいるのだ。
空海は、真言宗の開祖である。その一方で、書は、三筆の一人であり、サンスクリット語の修学、辞典の編集、小説風な劇曲も書き(三教指帰)詩心にあふれた、手紙や文章を残している。いわば、総合的な芸術家でもあった。(性霊集)
空海をめぐって、遍路、高野聖をめぐって、研究や論文はおびただしい。
語学の天才、詩人、書家、作家と、多面的な空海である。
で、空海のゆかりの地(神護寺、東寺、高野山、室戸岬、善通寺等々)をめぐって、巡礼して、書かれた、文学作品も限りがない。
泉鏡花、司馬遼太郎、井伏鱒二、田宮虎彦と、一流の作家たちが、それぞれの、空海や遍路や高野聖を、作品化している。
「仏教」と「文学」は、読めば読み解くほどに、深い縁で、結ばれている。
現在では、外国人や、宗教に無縁と思われた若者たちまでが、四国八十八ヶ所巡礼の旅に出て、その感想や日記が、インターネットで、ブログとして、流れている。おそらく、気が付くと、空海の思想に触れているのだ。
自然に、自らの姿を最確認して、マンダラの宇宙へと、入っているのだろう。
(宗教)と(文学)は、また、永遠のテーマでもある。
1. 「はじめての宗教論」(NHK出版)右巻 佐藤優著
2. 「一神教の誕生」(講談社現代新書) 加藤純隆著・加藤精一訳
3. 「困ってるひと」(ポプラ社) 大野更紗著
4. 「あなただけの般若心経」(小学館) 阿部慈園著
5. 「梵字でみる密教」(大法輪閣刊) 児玉義隆著
6. 「梵字の書法」(大法輪閣刊) 児玉義隆著
7. 「密教概論」(大法輪閣刊) 高神覚昇著
8. 「インド密教」(春秋社刊) 立川武蔵・頼富本宏編
9. 「チベット密教」(春秋社刊) 立川武蔵・頼富本宏編
10. 「中国密教」(春秋社刊) 立川武蔵・頼富本宏編
11. 「日本密教」(春秋社刊) 立川武蔵・頼富本宏編
12. 「巡礼高野山」(新潮社) 永坂嘉光・山陰加春夫・中上紀共著
13. 「和歌山・高野山と紀ノ川」(吉川弘文館) 藤本清二郎・山陰加春夫共著
14. 「カフカ式練習帳」(文藝春秋社刊) 保坂和志著
15. 「病牀六尺」(岩波文庫刊) 正岡子規著
16. 「日本社会と天皇制」(岩波ブックレットNo108) 細野善彦著
17. 「般若心経秘鍵」(角川ソフィア文庫) 空海著
18. 「秘蔵宝鑰」(角川ソフィア文庫) 空海著
19. 「いのちつながる」(高野山真言宗総本山 金剛峯寺開創法会) 松長有慶講演集
20. 「論文・プレゼンの科学」(アドスリー刊) 河田聡著
21. 「傷ついた日本人へ」(新潮新書) ダライ・ラマ14世著
22. 「街場の文体論」(ミシマ社) 内田樹著
23. 「この人を見よ」(幻戯書房刊) 後藤明生著
24. 「生き抜くための数学入門」(イースト・プレス社刊) 新井紀子著
25. 「コンピューターが仕事を奪う」(日本経済新聞出版社) 新井紀子著
26. 「金閣寺」(新潮社文庫) 三島由紀夫著
27. 「屍者の帝国」(河出書房新社) 伊藤計劃・円城塔共著
28. 「謎のトマ」(中央公論新社) モーリス・ブランショ著 篠沢秀夫訳
29. 「慈雲尊者全集」(思文閣刊) 慈雲著
30. 「街場の現代思想」(文芸春秋文庫) 内田樹著
31. 「こんな日本でよかったね」(文芸春秋文庫) 内田樹著
32. 「知に働けば蔵が立つ」(文芸春秋文庫) 内田樹著
33. 「ひとりでは生きられないのも芸のうち」(文芸春秋文庫) 内田樹著
34. 「私家的・ユダヤ文化論」(文春新書) 内田樹著
35. 「レヴイナスと愛の現象学」(文春文庫) 内田樹著
36. 「他者と死者」(文春文庫) 内田樹著
37. 「日本辺境論」(新潮新書) 内田樹著
38. 「東と西」~横光利一の旅愁~(講談社刊) 関川夏史著
39. 詩集「トットリッチ」(土曜美術社出版販売刊) 岡田ユアン著
40. 小説「6DAYS」(日本文学館刊) 吉澤久著
41. 「昭和のエートス」(文春文庫) 内田樹著
なかなか、確たる世界・思想・文体を持った作家には出会えないものだ。小説、評論、詩、その他、どんな分野でも、「思考する文体」でなければ、生きている人間を描き出せない。
昨年は、”内田樹”に入ってしまった。どんな人物かも知らず、なんの予備知識もないまま、偶然「街場の文体論」を読んだ。面白い人がいるものだと、手に入るものを、次から次へと読んでみた。
内田樹の”核”は何だろう?自然に、そんな疑問が沸いてきた。
「レヴイナス」と「ユダヤ教」が(核)であった。なるほど、人は、何かを、徹底すると、自信をもって、すべてを語れるものである。
井筒俊彦の「意識と本質」に出会って以来の、興奮であった。日々の感想を書いた作品とは別に、一度は、ゆっくりと論じてみたい”評論家”である。
①娘育て②食べるための大学教師③武術(合気道)生活の現場重視の人である。単なる学問の人でないのが、好感が持てる。思想は、そこからしか、立ちあがってこないから、”信”の置ける言説と生活の人である。
「読むこと」「書くこと」「生きること」の徹底・その三本の柱が、内田樹の強みである。
外務省の官僚で、ロシアで活躍した佐藤優の(核)が、キリスト教、神学にあるのも面白い事実であった。
「困っている人」の大野更紗は、貧しい人々を救うために、ボランティアとなって、東南アジアへ。ところが、本人自身が、”難病”を患ってしまう。つまり、人を助ける人が、他人の助けがなければ、生きられない身になる。
現代の、平成の若者らしく、文章は、乗りが良くて、”難病”も、笑いの渦となって、綴られる。この、陽の気質は、いったい何だろう。”文体”のせいか、本人の、生まれつきの心性が、陽である為か?
思わず、”難病”に苦しんだ、明治の子規の病床ものと読みくらべてみた。泣いて、唸って、怒って、”俳句”を詠む子規。病院の制度の壁に衝突して、たくましく生きる”陽”の大野更紗。
どちらも、”宗教”に走らないところが、急処であろうか?
「文体」、「文章の相」が、明治と平成では、こんなにも、ちがう。同じ”難病”であるのに、光景が別のものに思えてしまう不思議。
”慈雲尊者”の全集を読む。
江戸時代の真言の僧である。世相の乱れに、「十善戒」を説いて、宗派に別れた仏教を、批判し、”釈尊”に帰れと説いた。
貧しい武士の子が、”知”に目覚めて、出家し、四書五経から仏典、神道、そして、サンスクリット語まで修学し、”葛城神道”を、起こした。
先日、慈雲の墓参りに、南河内の山の中を訪れた。人間を離れた地に、現在も、修行道場があった。
「カフカ式練習帳」保坂和志は、小島信夫、後藤明生、田中小実昌、色川武大の系譜をひきつぐ、作家である。特別に何もなくても、語れてしまう。その語りの中に、”妙”があって、読者の、愉しみがある。
奇妙な、思考癖が、四人の共通点である。はじまりもなく、終りもなく、ただ、読む瞬間の文章の中に発生する、なんともいえないリアリティが、保坂の信条であろう。
川端と共に、新感学派のチャンピオンとして、活躍した横光利一(今、どれだけの人が読んでいるだろうか?)をその長篇小説「旅愁」を、関川は、ていねいに、読み解いている。労作である。
孤高の人、ブランショの「謎のトマ」全訳も、篠沢の執念で実った。感謝。
”読書会”をはじめた。大学OBの集りである。近いうちに、市民にも開放しようと考えている。井伏鱒二「黒い雨」正宗白鳥「入江のほとり」三島由紀夫「金閣寺」を読んできた。
”読書の愉しみ”を、一人でも多くの方に知ってもらえればと、始めた会である。東西古今の、現代の名作を、共に読み、語り合う”読書会”である。
大学院(還暦を過ぎて入学)のレポート・テスト・論文を書く為に、ついつい、宗教関係の読書が増えている。
千年たっても、二千五百年たっても、人間という存在(生きる−死ぬ)というコンセプトには変わりがない。「諸行無常」の風は吹き続けている。
文明・文化の発展・進歩も、人間という存在の(生・老・病・死)は変えようがない。
いつの時代でも、(生きる)は四苦八苦の生活であり、(死ぬ)は、恐怖と不安に変わりはない。
生活の「安心(あんしん)」から、人間存在の「安心(あんじん)」。つまり、宗教が求められる。
「人となる道」を説いたのは、江戸時代の慈雲尊者である。儒教、神道、禅宗、密教を修学し、天、神、仏に「安心(あんじん)」を求めた博識強記の人で、梵字悉曇の、慈雲流を起こし、葛城神道を唱えた。
宗教の、宗派を疑い、風紀の乱れた江戸の太平に、釈尊に帰れと、「正法律」を唱えた僧である。
「人となる道」は、貴族、武士、町民に、「十善戒」の実践を説いた、法話集である。
人間は、放っておくと、本能で生きる動物になり、決して(人)となることは出来ない。
出家者であれ、在家信者であれ、凡夫の衆生であれ、「十善戒」の実践があってこそ、「人となる道」を歩むことができる。「十善戒」は、密教真言の、身口意を、そのまま含んでいる。「十善法話」は、そのまま、21世紀を生きる現代人にも、有効である。
明治生まれの、栂尾祥雲の『真言宗安心読本』は、古代から近代に至る、宗教の「安心(あんじん)」説を展望して、自らの「根本安心(あんじん)」の確立への道を説いた本である。
栂尾祥雲の「根本安心」を読み解く前に、中村本然著「密教の安心(あんじん)」にそって、仏教の「安心(あんじん)」の歴史を追ってみよう。
①釈尊の「安心(あんじん)」は涅槃(ニルヴァナ)である。
(生、老、病、死)の人間世界苦を自覚し、発心をして、出家、修行、その仏果として、煩悩を棄て、業(カルマ)を絶ち、解脱して、一切の迷いのない「安心(あんじん)」の境地・涅槃へと至った、覚者、ブッタである。「戒、定、慧」−仏教の誕生である。
②浄土宗(法然)念仏を唱える「安心(あんじん)」
ただ、ひたすら、南無阿弥陀仏と念仏を唱えて、浄土へ、というシンプルな、浄土宗の手法は、大衆の間に、人気を博して、「安心(あんじん)」を約束した。
③浄土真宗(親鸞)信心する「安心(あんじん)」(他力)
阿弥陀仏の本願を信じて、浄土への往生を願う「安心(あんじん)」、不動の信心をもつ、他力による救いの「安心(あんじん)」。
妻帯し、僧でもない、俗でもない、信心の人・親鸞の、真宗は、貴族のものであった仏教を、武士から庶民へと拡大し、隆盛を極めた。鎌倉新仏教の祖師。念仏を弾圧され、遠流となり、還俗した。悪人正機説をといた「歎異抄」は、現代でも、説得力がある。
④禅宗(道元)坐禅する「安心(あんじん)」
中国で華ひらいた、禅である。祖・達麿。禅は、坐禅によって、一切を超越し、「無」の境地に至って、大悟を得る「安心(あんじん)」である。
直指人心、見性成仏を核とする。不立文字の世界であるが、禅問答は、ダブルバインド(ベイトソン)の理論と同じ、非A、非Bと否定を重ねて、別の位相に至る手法である。
山は山である。
山は山ではない。
やはり、山は山である。
さて、密教・真言宗の「安心(あんじん)」とは何であろうか。秘められた教えの、真言は、口舌の浄土門とは異って、口伝であり、師資相承であり、広く、大衆に説き聞かせるものではない。儀礼と法会が中心であるから、念仏を唱えたり、弥陀の本願を信じたり、坐禅をするといった、シンプルなものではない。
面授でしか伝達不可能な秘教である。
阿息観、阿字観、五相成身観、身に印を結び、口に真言を唱え、意を三昧地に、という三密も、師資相承でなければ、理解、習得が出来ない。
仏教の目的は、仏(ブッタ)になることである。
真言の目的は、即身成仏することである。
発心し、三密の行を実践して、即身成仏をする。密教・真言では、仏になるのではなく、私の中にある仏に目覚めることである。この身、そのままに、仏になるということは、私が大日如来と合体する。入我我入で、大日如来という宇宙が私であると、悟ることにある。
真言の「安心(あんじん)」は、なかなかに、むつかしい。
栂尾祥雲は、古来の「安心(あんじん)」から近世、近代、現代の「安心」を、読み解いている。
「如実知自心安心、菩提心安心、本不生安心、凡聖不二安心、密厳仏国安心の五種は、何れも密宗安心の標的たる絶対不可思議境を異った言葉で表現したに過ぎない」(根本安心)
古来の安心説には、他にも、十方浄土、都率浄土、西方浄土(枝末安心)安心があり、安心及び起行として、即身成仏(理具、加持顕得)三句(菩提心、大悲、方便)安心、そして、起行として、三力(自力、他力、法界力)三密修行(三密双修)光明真言(一密口唱)がある。
起行とは、信心が身口意のはたらきの上に現れた行為、実践のことである。
「安心」と「起行」という分類が、栂尾祥雲の手法である。
栂尾祥雲による、
先人、他者の「安心」説への批判と否定には、いくつかのパターンがある。
①安心を確立した後の起行に属するもの。即身成仏安心、三句安心、三力安心など。
対象(長谷宝秀。三句安心説)否定
②二種、三種の安心を立てる。
「安心」はひとつである。
出家者の安心、在家者の安心と区別し分ける。あるいは、初心者、上級者と分ける。上根、中根、下根と、その人の修行のレベル、知識、階級で分けるなどは、あってはならない。即身成仏できる人、極楽往生できる人と区別するのは、本当の真言行者ではない、と厳しく批判する。(総安心・別安心など)
③経典に、その拠るところの、文がない。説かれていないものは、正統密教の「安心」とは言えない。(定、散二種安心)
では、栂尾祥雲の、真言の「安心」とは、何であろう?「根本安心」の意味は、どのようなものであろう?
「安心(あんじん)」という言葉は、浄土門が使いはじめたもので、真言宗には、江戸時代の、憲深が「宗骨抄」で使用したのが、初出である。
宗祖・空海は、その主著「十住心論」で、「住心」「無畏」「信心」を「安心(あんじん)」と同じ意味で用いている。
栂尾祥雲の着眼は、「住心」を「安心」とし読み変えることにある。言うまでもなく「十住心論」は、心の、信仰のステップを十段階に別け、動物のような、本能のみで生きる心・羝羊の第一住心から、最高の悟りの状態である、秘密荘厳の第十住心に分類されている。同時に、どの宗派が仏果をよりよく得ることが出来るか、理論的に論じた、仏教の構造論ともなっている。
正に、空海の、仏教思想のパースペクティブである。
「大師は安心と云ふことの代わりに住心なる語を用ひ、真言の安心を自ら掲揚して秘密荘厳心を説かれている」(読本より)
「秘密荘厳安心と云ふ中には、如実知自心と云ふことも菩提心と云ふことも本不生と云ふことも、凡聖不二と云ふことも密厳仏国と云ふことも悉く包含され」ていると考えている。
これが、栂尾祥雲の主張する「根本安心」である。
『大日経』で説かれた、六無畏を、六種安心として、それを発展させて、十住心とし、真言の安心とした。
自心の源底にまで至った、空海の、真言の究極のコトバを、井筒俊彦は、マラルメの絶対言語、禅、芭蕉、サルトル、荘子、東西古今のあらゆる言語を分節化して、最高の言語=コトバとしている。
また、人間の(知)を、本能から、学習、メタレベルへと5段階に分類した、20世紀の(知)の巨人、ベイトソンの「精神の生態学」は、空海の『十住心論』と均り合っていて、天才空海の、構造主義が、充分に、現代にも通用することを示していて、興味深い。
さて、現代の「安心(あんじん)」はどうであろうか?
弘法大師入定信仰、高野山浄土信仰、同行二人信仰が一般の大衆に広がりを見せている。これらは、もちろん、「即身成仏」思想からの派生でもないし、祖師空海の時代にはなかったものである。(中村本然)
秘められた教、口伝、師資相承、面授を中心に、布教された、密教、真言も、口舌でもって、大衆に説かねばならぬ時代である。
確かに、念仏や坐禅に比べると、密教・真言は、その宗旨を、一言で言うとなると、なかなか難しい。
梵字、三密、如実知自心、即身成仏、秘密荘厳、本不生、凡聖不二、どれも、言葉を聴いただけでは、わからない。シンプルで、主旨がそのまま伝わるコトバは見つからない。
栂尾祥雲は、大師の御宝号「遍照金剛」を現代の密教安心としてあげている。
どうであろうか?
(平成24年12月21日 高野山大学大学院レポート)
日本初の批評家とも言える、中世の人・吉田兼好は、その主著『徒然草』で、人間が生きるための大事、必要なものは、衣・食・住であって、それに、医を加えて、四つが「安心」に生きられる条件だとしている。(百二十三段)「饑えず、寒からず、風雨に侵されずして・・・ただし、人皆病あり。」
八百年を経ても、人間の生活は、倹約で簡素で、シンプルが一番良い。
人類を脅かしてきたものは、天変地異(地震、津波、台風、大雪、火山の噴火、洪水、早魃)からくる飢餓、そして、いつまでたっても、地上からなくならない、戦争である。
誰もが、心が穏やかにくらせる「安心」と「安全」を願っている。
不安と心配のない、生活は、いつの時代でも、人間が願う一番の希望である。
文化、文明が高度に発達した21世紀の人間は、「安心」な生活を実現できたであろうか。
家は、会社は、社会は、便利で快適な電化製品であふれ、車・船・電車・飛行機は、人を、早く、労なく、遠くまで運んでくれる。
科学技術、医療技術、薬、病いは、予防と治療で、克服されたかに見えた。「安心」と「安全」な社会が実現された?
否である。
21世紀は、繁栄の影で、人間が傷つき、疲労し、病み、自死し、失業し、孤立し、苦しみ、悲しみ、悲嘆の底で喘ぎ、人間の存在そのものが、おそろしく、稀薄になった時代である。
この存在の、耐えられない軽さは、いったいどこから来るのだろうか?
もちろん、「安心」して生きている人間は、極く、少数であろう。
家の崩壊、学級崩壊、会社崩壊、そして、人間の、(私)の崩壊である。
衣・食・住・医が無いのではない。物もあふれている。テレビは、CMは、毎日毎日もっと買ってくれ、と叫んでいる。
効率、便利、数値を追いかけて、大量消費を美徳とした人間の、価値観、その手法が、人を、機械人間、働くマシーンにした。
競走に明け暮れて、疲労し、過労に陥って、病気になる、ウツ病、生活習慣病、失業、自殺、そして、ワーキング・プアー群。
「安心」は、どこにもない。衣・食・住すらままならぬ。生活というものが成立しない。将来に、不安を覚える若者、病気と介護におびえる老人。
不安、心配、ストレス、悩み、「安心」を得るための、基盤が崩れているのだ。
現代ほど、釈尊の「生、老、病、死」が、身に沁みる時代もないのではないか。四苦八苦しながら生きる、超高齢者社会が来た。病人であふれる為、医療費で国の財政は破綻寸前である。葬式の看板ばかりが目につく。
正に「安心(あんじん)」が求められる時代となった。しかし、信仰し、信心をして、宗教によって、目覚め、悟り、救われる「安心(あんじん)」にむかう人は少ない。
なぜか?大問題である。
人間は、人間になる為に生きる。
そして(私)を二重に生きる存在である。「社会的な私」と「存在そのものとしての私」である。
(私)には、(私)の場がいる。
ひとつは、社会の中で、仕事の場をもつことだ。もうひとつは、宇宙に生の一回性を生きる存在としての私の場をもつことである。
このふたつが、調和してこそ「安心」が生れる。
ところが、大半の人間が、(仕事=私)と考えて、生きている。地位、職場、役割り。
失業した人は、場がないから、(私)を失う。定年になった人は、名刺、椅子を失うから、(私)を失う。実は、社会的な、職場の(私)を失っただけで、(私)という、存在そのものに眼を向ければいいのだ。
背広を脱ぐ前と脱いだ後では、生きるスタイルを変えればいい。
吉田兼好も言っている。衣・食・住と医があれば、社会のあれやこれやを離れて、私自身を楽しめ、と。
人生の、21世紀の、本当の恐怖・畏怖を味わったのは、3・11東日本大震災と原発事故であった。
マグニチュード8を超える大地震、千葉から青森まで、海浜を襲った大津波、そして、ヒロシマの原爆の何十倍もの放射能を撒き散らしたフクシマの原発事故。
意識が完全に、ゼロ・ポイントに陥った。驚愕で、身振いが止まらぬ、大惨事であった。
3・11は日本人を震撼させた。
おそらく、「安全・安心(あんしん)」という神話が、科学の知が、完全に崩れ去った瞬間であった。その後も、政治家も、科学者も、本当のことを言わなかった。論理も言葉も死んでしまった。「安全・安心」は何処にもない。誰もが直感した。人間の手に負えぬものがある。われらが地球は、決して、安全ではない。科学の知など、自然・宇宙の運動に比べれば、一粒の砂だ。
ニンゲンの、生き方を、変えなければならない。もう、3・11以前の生き方は出来ない。
本当の、「安心」とは、いったい何だろう?
生活の「安心」は、存在の「安心」にかわらなければならない。
何処に、そんな言葉がある?何処に、本当に、「安心」できるものがある?
科学の知は、人間を、論理として、支えてきた。
しかし、21世紀になって、科学の知は、破綻した。
量子力学の出現。光の素粒子は、1が2になり、2が1になる、測れない。決められない。ハイゼンベルグからボームの研究まで。
超数学。ゲーデルの仕事。不完全性定理。
コンピューター。誰も、その経過を確かめられない。
不可測である。不確実である。不可知である。つまり、科学の知には「安心」がなくなった。(神はサイコロを振らない)(アインシュタイン)
フクシマの原発も、実は、人間がコントロールするのは、不可能であった。地球の中に小さな太陽を作ったのだから。プルトニウムの放射能の半減期は十万年である。たった百年も、いや、十年先も、見通せない人間が、原発を、継続するのは間違いである。
宗教の「安心(あんじん)」は、科学の知に支えられた生活の「安心(あんしん)」ではない。
人間とは何者か、何処から来て何処へ行くのか、という大問題、「生老病死」という人間の条件から発生する不安を、凝視し、信仰によって、実践し、「安心(あんじん)」を得る、覚者への道である。覚醒し、悟り、涅槃へ至る「安心(あんじん)」の仏教である。
浄土教は、阿弥陀仏を信じて、念仏を唱え極楽へ往生する、「安心(あんじん)」である。
禅宗は、坐って、瞑想し、「無」へと達して、「安心(あんじん)」を得る。(止観)
真言宗は、三密を実践して、即身成仏を祈る「安心(あんじん)」である。(三昧)
宗教は、「社会的な私」を棄てて、「存在としての私」に向き合う。生活の「安心(あんしん)」ではなくて、存在者の「安心(あんじん)」を求める。山川草木悉皆仏性。あらゆる存在が、宇宙そのものである。
江戸時代の、慈霊尊者は、宗派の争いを超えて、釈尊に帰れと説いた。
信仰、菩提心、21世紀の人間が、発心して、宗教へむかい、「安心(あんじん)」を得るためには、3・11の、未曾有の、大災害と、死者たち、被災者たちを、思えばよい。
家を失い、家族を喪い、仕事を失い、故郷を喪い、3・11以前の(私)を喪い、生存の根を断ち切られ、諸行無常に身を引き裂かれ、「安心(あんしん)」から見放され、せめて「安心(あんじん)」を求めるしか術がない。
水、毛布、灯油、おにぎり、薬、部屋、お金、仕事、対話、そして「安心(あんじん)」が必要であろう。
話せば心が壊れる人がいて、話さなければ心が壊れる人がいて、故郷に帰りたい人がいて、故郷の風景を見たくもない人がいて、東北の被災地は、まだ、まだ、風景まで、痛み、深く、傷ついている。
四泊五日の旅。釜石、大船渡、三陸と、壊れた風景の中を、黙って、歩き、話を聴き、わずかばかりの支援金を渡して、復興と復活と再生を祈り、人々が、傷ついたままでも、「安心(あんしん)」から「安心(あんじん)」へと、心の舵を切れるようにと、念じ、私の心も、共振れして、真っ暗に染って、青い海と青い空が、見えなくなった。
空海さんが、現れたら、同行二人してくれるだろうに。
「安心(あんじん)」を、人々に、説いてくれるだろうに。
「生れ生れ生れ生れて 生の始めに暗く
死に死に死に死んで 死の終りに冥し」 空海−(秘蔵宝鑰)
「安心(あんしん)」も「安心(あんじん)」の道も遠し
21世紀の人間である。
人間に、いったい、何が出来る?
奉仕の気持で生きるだけだ。
(平成24年12月13日 高野山大学大学院レポート)
