Author Archive

Author:
• 水曜日, 2月 23rd, 2011

1. 「ドストエフスキー」(講談社刊) 山城むつみ著
2. 「ねむり」(新潮社刊) 村上春樹著
3. 「親鸞と道元」(詳伝社刊) 五木寛之・立松和平共著
4. 「盲いた黄金の庭」(岩波書店刊) 吉増剛造著
5. 「『純粋理性批判』を噛み砕く」(講談社刊) 中島義道著
6. 「句集 去来」(角川学芸出版刊) 遠藤若狭男著
7. 「リマーク」(トランスビュー社刊) 池田晶子著(再読)
8. 「白川静の世界」(文学篇)(平凡社刊) 白川静著
9. 「生命と偶有性」(新潮社刊) 茂木健一郎著
10. 「ユング名言集」(PHP研究所刊) カール・ダスタフ・ユング著
11. 「苦役列車」(新潮社刊) 西村賢太著
12. 「場所と産霊」(講談社刊) 安藤礼二著
13. 「大浦通信」(矢立出版) 吉増剛造・樋口良澄共著
14. 「神的批評」(新潮社刊) 大澤信亮著

生きることが思想になり、表現された思想が生活を変える—その往復運動のダイナミズムに身を任せている批評家が誕生した。小林秀雄と正宗白鳥の「実生活と思想」論争を思いだした。大澤信亮である。「神的批評」は処女作。生きること、食べることに、ニンゲンの暴力を見いだしている、あらゆることを「問い」続ける人の出現。新しいニンゲンの発見となるか?

もう、これ以上、ドストエフスキーの読み方はあるまいと思われるほど、世界の知者たちが、ドストエフスキーを論じてきた。ところが、山城むつみは、量子論的ドストエフスキーの読解を発見した。ドストエフスキーは、死んでも進化していく言葉である。感服。

吉増剛造の「大浦通信」を読み、写真集「盲いた黄金の庭」を観る。不思議なことに、吉増を読むと、いつも、言葉が、感性が吉増の色に染まってしまう。吉増の、ひび割れ、淵、溝、余白、亀裂、切断、端、辺、あらゆる時空に、浸透してしまう、言葉の宇宙に、身も心も、染まってしまう。科学、哲学、数学の、まだ、入りきれない空間に、(言葉)がある快感。

偶然、京都の予備校で知り合った男が、大学に入ってみると、同じクラスにいた。どこを受験するとも、何とも、話もしなかったのに。遠藤喬、俳人、遠藤若狭男である。その遠藤が、第四句集を出版した。辛い俳句であった。軽みと、感性の細やかなきらめきと淡々たる生活の中の発見が信条であったはずの、遠藤の句が、今度の句集では、重く、暗く、沈んでいた。父の死、母の死、本人のガン発見と、俳句にしては、テーマが重すぎて、句から思いがはみだしている。最後の5句は、読みながら、絶句して、句の、はるかな彼方を覗いてしまった。

「私小説」作家、西村賢太が、終に芥川賞を受賞。おめでとう。鬼となって、書いてきた「私小説」である。無視され、馬鹿にされてきた「私小説」が光る。

「リマーク」は、考える人・池田晶子の思索ノオトである。(考える)が、どのように起ちあがってくるか、手にとるようにわかる本。愛読者には、こたえられない。

茂木健一郎は、科学者にしては、診らしく、(文学)のわかる人である。小林秀雄、夏目漱石を、きっちりと読み込んでいる。そして、宇宙に1回限りの生をいきるニンゲンの、存在の、驚愕を知る感性をもっている。脳の研究者。果たして、(存在)そのものに、一撃を加えることが出来るかどうか。

12月、1月、2月と、重量感のある「本」の読書が続いた。お陰で、長篇小説「百年の歩行」の筆が止まった。しかし、読みながら、書いていると、文章の振幅が大きく、深くなる。つまり、(私)を、発見し続けることが出来るのだ。特に「ドフトエフスキー」山城むつみは、身に沁みた。そんな時には、「ユング名言集」をめくって、思考を遊がせ、心を、深いところにもっていく。

Author:
• 水曜日, 2月 23rd, 2011

「神的批評」 大澤信亮著を読む (新潮社刊)

●ニンゲンに何ができる?
●ニンゲンは何処まで行ける?

若い評論家の処女作「神的批評」単著を心読しながら、私の中に、鳴り響いていたのは、そんな、「本」から立ちのぼってくる声による「問い」であった。

読者としての、私の感想を書いてみる。本書は、四部構成である。
①「宮澤賢治の暴力」
②「柄谷行人論」
③「私小説的労働と協働—柳田國男と神の言説」
④「批評と殺生—北大路魯山人」

倫理と理論と言葉と美を「問う」評論集である。

①「書くニンゲンと生きるニンゲン」

なぜ、大澤信亮は、たった百枚の「宮澤賢治の暴力」を書くのに、十年もの歳月を費したのだろうか?

そこに、大澤が、ものを書く、生きる姿勢が現れている。単なる研究としての文章を拒否し、生きている自分が、宮澤賢治を論じるために、必要な資格(?)を得るべき、セイカツの現場に、身を横たえていなければ(文章)を書く意味がないと考えている。生きるという現場から起ちあがって来ない文章、発言、思想には、ほとんど意味がない、その覚悟と実践が、たった百枚の作品に、十年という歳月をかけた理由である。

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という賢治の発言から出発した論考は、作品と実生活を追うことで、「宮澤賢治の暴力」を裸にする試みである。

生きること、食べること、書くことに、「暴力」を発見していく生存のスタイルは、暗く、厳しい。

②大澤が、心の師と仰ぎ、書くものに、生きる姿勢に、深い共感を覚えてきた”柄谷行人”を論じている。論理の人、柄谷行人。(本当は感性の人か?)なぜ、ある時を境にして、柄谷行人の書くものは失速したのか、リアリティを失ったのかが、丁寧に、作品を読み込むことで、師への刃となっている。

「(意識)と(自然)」に身を横たえて、ひき裂かれたまま生きているニンゲン漱石を語ることで出発した、柄谷行人も、また、同じように、(私の意識と私という存在)のひび割れをもったまま(文学)を語り続けた。そこに、リアリティが生れていたと私は思う。

大澤は、(学問)へと傾斜して、(文学)を棄てた柄谷を、見ているのではないか。ひび割れた存在として、身を横たえていた柄谷が、片眼を閉じてしまったと考えているのか?大澤の「問い」が、どこまで、柄谷の言説にとどいているのか、私には、判断がつきかねるが。

③論理を追いすぎる人は、「詩」「小説」を読みまちがいがちだ。「私小説」は、柳田國男の論考とは、別の力を持っている。大澤の、賢治の詩の読み方、花袋の小説の読み方には、疑問がある。小説は、進化もしないし、なんの役にも立たない。ただし、生きているニンゲンの形姿がある。感動がある。

今回の芥川賞作家、「私小説」作家の西村賢太のリアリティと、知的な文体で固めた、貴族的な、朝吹真理子の小説を比べてみればすぐわかることだ。小説は、繊細な生きものである。大思想を展開した、堂々たる生活人で、民俗学を樹立した柳田國男を論じるには、大澤のもっているフィールドが狭すぎるために、この作品は、大澤の想いだけが、骨のように、白々と、露わになっている。今後の、大きな課題であろう。核と直観を肉付けしてほしい。

④「生きることは食べることであり、食べることが殺すことであるならば、私たちにどんな希いが許されているだろうか、何も許されていない。この結論は絶対に思えた。」

「批評と殺生—北大路魯山人」は、こう始まっている。

衣・食・住は、ニンゲンが生存する条件である。「徒然草」を書いた、兼好法師は、その3つに医(医者)を加えている。3つを支えているのが仕事(労働)である。

大澤は、ニンゲンの生命の源(食)を、根源から、「問い」直している。

日本の、(食)をめぐる論争も、加熱している。何年か前には、芥川賞作家、辺見庸の「もの食う人びと」が、話題になり、ベストセラーになった。いわく、世界には、十億人単位で、食べものが手に入らない、飢えた人々がいる。その貧困は、目をおおうばかりで、豊かな、富める者は、手を差しのべなければならぬ、という論調であった。仕事がない、お金がない、食べるものがない、教育が受けられない、犯罪と病いがはびこっている、負の連鎖である。

その一方で、平和ボケした、わが日本人は、飽食、B級グルメで、TVも新聞も狂想曲を演じている。美味しい食べものを求めて。

また、国、厚労省では、日本人の栄養のバランスを考えて、全国で、栄養士による食事の摂り方を教育・指導している。学校で、会社で、病院で、介護施設で。

●一日30食品を食べましょう。(バランス)
●身土不二(季節に採れる地元の食べもの)
●一物全体食(頭から尻尾まで食べる)
●地産地消(地元の食材を地元で消費)

「料理」というニンゲンがあみだした「食文化」の教育が、大澤の言う「食べる暴力」や「殺して食べる」という事実をきれいに覆い隠している。

冒頭の大澤の決意文、覚悟を、これらの文章や意識の中に放ってみると、正に、異様というか、99対1の構図が出現する。

大澤の「生きることは・・・食べることは殺すことである」という、大澤にとっては、絶対の「法」が、99人対1であり、99人の人々の、耳に、とどくためには、どんな闘いが必要なのかが見えてくる。

辺見庸の、「食べることができない貧」の十数億人のニンゲンがいるという告発は、共感を呼ぶが、大澤の「問い」は、あまりにも過激で、根源的であるが由に、ニンゲンの生存の条件にも、支障を綻してしまう。

「言葉」の闘いである。

硬質な、論文調の、論理の大澤の言葉は、99人に届くまい。開かれた、明晰な、文章、人の耳にとどく言葉の開発が必要である。

「声」で語ってみる。イエス・キリストのように、釈迦のように、孔子のように、ソクラテスのように。百年、千年生き延びる「言葉」の獲得が必要だ。

「食事という暴力」を、ニンゲンの食習慣、食文化の中に、発見して、告発する大澤の声は、まだ「世界を変える具体的な実践」には至っていない。どだい、「世界を変える」という、言葉があまりにも、大きすぎる。せいぜい、(私)を変える、身の周りを変える、だ。ニンゲンに、何ができる、ニンゲンは何処まで行ける、逆に、私は、大澤の「協働」を、言葉と行動の一致を、非常に、危ないものと、感じてしまうのだ。

文壇、論壇のA氏やB氏が敵ではなくて、闘う相手は、99人の、大衆であり、国家の教育システムであり、ニンゲンの作った「料理」という食文化である。言葉の視線が、どこまで届くか、今後の、大澤の、思考の、文体の、開発に、期待したい。

大澤は、将来、イエス・キリストを描きたいという野望を持っているらしいが、目の前には大きな山がある。田川建三という山だ。「イエスという男」は、キリスト教を実践し、古語を学び、翻訳し、研究し尽くした男が書いた、イエスに関する最高の書物である。「イエスという男」を越えなければ、イエスを描いたということにならないから、高い、とてつもなく高い山であり、ハードルである。

三島由紀夫は、書くことの無力から、「行動」へと走ったが、埴谷雄高は、作家は、ただただ、ビジョンを啓示すればよいのだと反対をした。

大澤信亮の姿勢は、書くこと=生きることである。思考する人と、実践する人が、大澤の中に同居している。そして、ニンゲンが歩いて行ける、ギリギリの地点、ニンゲンが生きられる”閾”の限界で、「問い」続けるその姿勢には、頭が下がる。

同じく、若い評論家である安藤礼二は、「文学」には、何もできない、なんの効果もないと、自己限定し、深い諦念の中で、書く職人としての(私)を発揮している。

安藤礼二と大澤信亮。

最近、読んだ、若い評論家二人の「書く、生きる姿勢」は、好対照である。どちらが遠くまで行けるか、楽しみである。

来たるべき作家、評論家は、おそらく、「人間原理」(ニンゲンのすることのすべて)と「宇宙原理」(存在することのすべて)を、同時に追求する者たちであるだろう。生きる、死ぬ、在るという、簡単だが、根源的な「問い」から、意識、魂、宇宙へと、言葉のとどく限りの視線をのばしてほしい。

「問い」を生きる大澤信亮の単著「神的批評」を、十日ばかり読んでいたら、60歳を過ぎた身に、若き日のエネルギーが甦ってきた。感謝である。よく生きて下さい。神的な眼の視線がどこまでも延びるように。

Category: 書評  | Leave a Comment
Author:
• 水曜日, 2月 23rd, 2011

ドストエフスキー 山城むつみ著 (講談社)

世界の知者たちが、百数十年にわたって、ドストエフスキーという小説宇宙を語り、論じてきた。
二葉亭四迷、小林秀雄、森有正、加賀乙彦、埴谷雄高、秋山駿、樋谷秀昭、江川卓、亀山郁夫、E・H・カー、グロスマン、バフチン、ヴィトゲンシュタイン。

感性的に、直感的に、内的に、思想的に、宗教的に、哲学的に、存在論的に、言語論的に、もう、これ以上、読み込むのは、無理だろうと思えるほど、さまざまな、切り込み方で、語られてきた、ドストエフスキーである。もう、これ以上、語られまい。分析されまい。

果たして、更なる一歩を踏み込んだ、読み込みが、実践された。

山城むつみ氏による、量子論的なドストエフスキー論であった。同じ声、同じ文章が、放った人によって、まったく、別の内容になってしまうという方法、分析論である。

山城むつみ氏は、ドストエフスキーの小説をテーマーとして語るのではなくて、あくまで、語られた文章を、そのまま読み込み、分析するという手法を執った。

何が語られるのか、テーマーを抉出して語るのではなくて、その文章が、語っているもの、(文)そのもの、言葉そのものを、凝視することで、ドストエフスキーの新しい断面を、表出しているのだ。

7年半も、ドストエフスキーを書き継ぐという行為は、その時々を、刹那的に生きている現代人にとっては、信じられないような、気の遠くなる行為である。

つまり、一冊読めば、一ヶ月ほど、ドストエフスキー熱が消えない小説、日記を、山城氏は、7年半も、自らの内に響かせ続けたのだから、日常の、日々の生活の継続は、凄まじいものがあっただろうと、推察される。

「罪と罰」「悪霊」「白痴」「カラマーゾフの兄弟」という、ドストエフスキーのいわゆる四大長篇に加えて、「地下室の手記」「未青年」「作家の日記」を、中篇の「やさしい女」を中核に据えて、新しい視点を獲得している。

山城氏の手柄は3つある。
①量子論的な分析の発見。
②今まで、失敗作と見棄てられてきた「未青年」を、新しく、現代的に読みかえたこと。
③子供たちの、多声的、存在論的な読み込み。

30日ほどかけて、山城氏の「ドストエフスキー」を読み込んだ。

ドストエフスキー論を書くと、不思議なことに、その人の(書き手)人生観、思想のレベルが、照らし出されてしまう。だから、ドストエフスキーが、いかに、言葉の力を、遠くまで、運んでしまった人かが、判明する。まるでリトマス試験紙である。論者が書いているのか、ドストエフスキーが、書かせているのか、見分けがつかなくなってしまう。読むたびに、新しい発見がある。

実際、てんかん(病気)、賭博(賭けごと)、不倫(姦通)、政治犯(シベリア流し)と、ドストエフスキーの実人生そのものも、普通の生活者の、日常のレベルをはるかに越えている。稀有のものである。実生活の、波瀾万丈の人生を、源水とした、作品群は、「実生活と思想」として、語っても、語っても、語り尽くせない、謎に満ちている。ドストエフスキーは、人間の、コントロール、抑制がきかない地点まで踏み込んでしまっている。だから、ドストエフスキーを読むことは、現場で生きる以上の、リアリティがある。怖い、恐ろしい、畏怖すべき、人、小説である。

私は、(無限)を感じさせてくれる、唯一の作家が、ドストエフスキーだと思って、長年、読み継いでいる。(無限)に触れる、興奮と驚愕は、他の作家にはない。

山城むつみ氏の「ドストエフスキー」は、(普遍)へと達してしまった。ドストエフスキーの声、文章と、均り合うほどに、そのヴィジョンを、語ってしまった、現代の秀作であると信ずる。敬服する。

願わくば、ドストエフスキーの愛読者が、一人でも多く、氏の「ドストエフスキー」を読まれんことを、切に、希望する。

久し振りに、進化するドストエフスキー論が読めて、また、新しい眼が開かれた。長い、日々の、労苦が、読者諸兄が、読み込むことによって、むくわれることと思う。お陰で、一ヶ月以上、私の頭も、ドストエフスキー熱が出て、日々の生活も、その声に、染められてしまった。感謝である。

Category: 書評  | Leave a Comment
Author:
• 火曜日, 2月 22nd, 2011
1501. 思考のステップと実践のステップは、似て非なるものだ。
1502. 決して、愉しんではいけない、不幸な人がいる限り、と、感じてしまう心性をもった人は、一生、自分を噛み続ける。
1503. ニンゲンの世界だけを、考えて、閉じないで、宇宙のことも、考える、開けかたが必要な時代だ。
1504. 30代までは、闘う言葉を使っていた。60代になると、言葉は、死者へと接近してくる。そして、(無限)へと開かれる。
1505. (書く人)である限り、論争だけがあって、限界がくる。ただ、働く人の場に、身を置いて、(書く)ことを棄ててみる。
1506. 他人とともに、働く時には、(文学)など棄ててしまうことだ。ただ、ニンゲンが起っている。ひびが割れたまま。
1507. 負い目も、傷も、棄て去って、魂を遊ばせる。歩いて。ニンゲンの最上の行為だ。
1508. ある、ある、ある、あらゆるものがありすぎると、思っていたら、もう、水泡のように、次から次へと姿を消しはじめた。妙なものだ。眩暈がする。
1509. もっと、離れて、もっと、もっと、離されて、ようやく、見えてくるものがある、心を放って遊ばせておくと。
1510. もう、仕事で、イヤなニンゲンに会わなくても済む、他人に会う日々から、解放されたから。いくらでも、独りには耐えられる。心を舐いで。
1511. 若い時には、とにかく、新しい人々に会いたくて、歩き廻った。今は、どうだ、もう、人に会うよりも、木を眺めている方が、心に合致している。木の声を聞いて。
1512. 困った者だ。いつも、極端から極端へと歩きたがる。中庸ということを知らぬ。壊れても仕方のない歩き方だ。
1513. 歩行の果てへと思っていたが、歩行の中心に、それは、在った。
1514. 生老病死があるから、(私)は四苦八苦して生きる。で、不条理だから、祈る。無限に。
1515. 酒は、たゆたいが一番である。日常から虚空へと少しだけ浮遊して。
1516. 思考の振幅は、思考の強度に転じなければ。
1517. 石割=(石工)は、時間の職人である。
1518. おそらく、(私)の出自を語るだけでは足りない。言葉の出自も、思考の出自も、語らなければ(宇宙)は顕現しない。
1519. 軽みもセイカツのうるおいであっていい。悲嘆、悲痛、悲惨ばかりでは、日が湿って暗くなる。
1520. アレに手を出し、コレに手を出し、いつまでたっても、焦点の定まらぬ男だ。終に(私)まで見失って。
1521. 手綱は決して手離さないこと。(私)が馬か、(馬)が私か、ホラ、わからなくなる。
1522. (声)の中に、(文字)の中に、(神)が現れるまで、ニンゲンにとって(神)は存在しなかった?
1523. ニンゲンは、生きるためにモノ(生きもの)を食べる。悲しい、美味しいと思いながら。(原点)
1524. (食べる)ことの罪を追求しはじめると、水も空気も、飲んだり、吸ったりできなくなる。
1525. ニンゲンに何ができる、
     ニンゲンは何処まで行ける、
     二つの声は、(私)の中で、鳴り続けている。
1526. 原子よ、あなたは、なぜ、生命になったのか?
1527. 食卓は、いつも、殺生の場である。だから、ニンゲンは祈る。救いはないが。”いただきます” ”ごちそうさま”と。
1528. 「食べる—食べられる」は、もちろん「殺す—殺される」からくる。殺気立ったり、笑ったり、不条理極りない。
1529. ドストエフスキーを読むと、いつも、時空を超えた(無限)に触れられる。
1530. もともと(生きる)ことから脱臼している男がいる。何をしていても、ついでに、やっているふうに見える。生きているのに、終ってしまっているニンゲンだ。
1531. もちろん、底辺から頂点まで、あらゆる音と声と言葉が響かねばなるまい。
1532. 一日は、いつも、新しい日だから、(私)も、日々、新しく在る。
1533. 静かに、静かに、(私)を沈めていくのだ。流れた暦の底へ、先祖たちの魂の底へ、垂直に、ゆっくりと、どこまでも。(元型)に至るまで。
1534. 来る声と沸きあがる声。(私)へ、(私)から。発火点はどこだ。
1535. (私)の方法は、
     右手に「人間原理」を
     左手に「宇宙原理」をである。
1536. 「もう、ものいわん人になってしもうた」6歳の少年時、棺に身を投げ放った母の声が、まだ、耳の底に残っている。
1537. 考えても、どうなるものでもないことが、多すぎる。だから、素手で、素足で、生きている。
1538. すべての物語は、ヒト、モノ、コトに会って別れる話である。
1539. 木に木目があるように、石にも石目がある。もちろん、ニンゲンにも、似たものがある。”生れつき”である。
1540. おかしなことに、信仰などもっていないのに、(神)については、考える。どうも、信じるという(宗教)の神ではなくて、(存在)の神についてだ。
1541. ペラペラの、凡康な日々に、その軽い存在に、飽きて、倦んでも、ニンゲンのいる場所だから、逃げられない。歯がみして。
1542. 決して(文学)の中で(文学)を語らないこと。ニンゲンを語って(文学)になるべきである。
1543. 小さな必然と、大きな偶然が、(私)の歩行を決定している。
1544. 原因から結果への条理ではなくて、大きな縁による命運が見える。
1545. 自力といい、他力といい、意識のあり方をめぐる考察であるか。その先へと歩け。
1546. 悲嘆する人、哄笑する人、正に、存在の収縮と拡散である。
1547. 外部を内部へと転移させて、暗黒宇宙に浸る頭脳。
1548. ふつふつと煮えたぎる情念の切断は、声を殺して。
1549. 無限の物質量の海に、(私)を放って、ささやかな抵抗をする。一瞬を無限へと念じて。
1550. 視点を高次元へと運び続ける。どこまで、ニンゲンでいられるか!!
1551. ぐるぐると、毎日廻っている地球の習慣が棄てられなくて、重力に喘いでおる。
1552. 脳がなくても考える。単細胞生物の粘菌。だから、脳よりも(私)なのだ。
1553. 同時代に生きていると、どこにいても、似たようなことを、考えてしまう。思考は伝染する。
1554. もう、生きるのはイヤダという声、
     まだ、死ぬのはイヤダという声、
     宙吊りである。
1555. 生きてもダメ、
     死んでもダメ、
     いったい、どうしろというのだ。誰の声だ。
1556. (無縁社会)という言葉の背後には、人は、縁によってつながっているという仏教の思想がある。
1557. 血縁、地縁、職縁(?)他に、どんな縁があるだろうか、生きるも、死ぬも、縁次第という日本人らしい、古層からの発想が脈々と生きている。
1558. 作られたもの(被造物・被造者)が作ったもの(創造者)を思えない訳がない。
1559. ニンゲンの世界には、確かな(善・悪)がある。物質の世界には(在る・無い)があるだけだ。
1560. 生命が、光の化石から誕生したのか、暗黒物質から誕生したのか、宇宙にとって、正に、大問題である。
1561. グレート・マザーは、いったい、誰なのか?
1562. 国と国の、損益が、ものごとを判断する最大の基準になっている。坂本竜馬が生きていれば、”宇宙の時代ぜよ、現在は”と叫ぶだろうに。
1563. 今日のメシか、明日の夢(ヴィジョン)か。「問い」を生きる。
1564. 関係の、関係の、関係ばかりが声高かに叫ばれている浮世だが、一度、時代を、生命を、垂直に、時間で、考えてみるべきだ。
1565. 生きるためにすべてを、実行しなければならないのに、AもBも、拒否したくなる心性。
1566. 日々の生活は、変わらないのに(私)は、まったく別のニンゲンになってしまう。そんなことが起こるのだ。
1567. モノの見方が変われば、考え方も変わり、(私)は、一気に、深くなる。
1568. 考える視線がどこまでとどくか、ニンゲンの。
1569. 切断。思考の。視線の。触感の。音感の。混沌が来る。静かな。
1570. いったい(私)に、ニンゲンに、客観的な視点に立つということが、可能であろうか。確かに、第三者の、神的な、視点を設定することは可能だ。しかし、それは、あくまで(私)が、そうするのだ。すべては、見る人、語る人、描く人の色に染まってしまうのだ。
1571. ニンゲンは、仕掛けられて(何に?誰に?)偶然に、顕現した(私)を、追求する旅しか、出来ない存在なのかもしれない。
1572. ニンゲンである限り、誰もが、全員が(病者を除いて)働かねばならない。仕事は、衣・食・住を得るための(社会的な私)の場であるから。
1573. 流されて、結実しないものの、なんと多いことか。
1574. 区切り、段落、境界が溶けている。
1575. 太陽を真似て、原子の爆発を作ってみたニンゲンであるが、同じように、時間を空間を作り出せるだろうか?
1576. 生れた苦しみは、誰でも知っているが、生まれなかった苦しみを、考えられるか?
1577. (私)という形態に進化して、数億年、さて、これから、どのようになろうとしているのか。昼寝のときの考えである。
1578. (私)自身が耐えられる限り、その言葉を、他人に投げかけよ。
1579. その日常は、そのまま、続けられるのに、突然の切断。血も流れる。心も切れる。何よりも、平々凡々と続いてきた一日、その一日が絶える。
1580. 人は、なぜ、死を悼み、悲しむのか?殺してしまった、もう一人の(私)を、死者の中に見ているからだ。
1581. 分裂がある。葬儀の日は。生きると死んだ、に。ひび割れに身を横たえるのが辛い。
1582. その一言を言いたいために、千枚の長篇小説を書かねばならぬ、曲り道。曲がらねば見えぬものがあるために。
1583. いったい、誰が、赦しを与えるのだろう?なぜ人は、赦されねばならぬものを抱え込むのだろう。応えのない沈黙の中で、恐怖を感じてしまう人の心の在り方は、決して、癒されることはない。
1584. 頭も心も空にして歩いてみる。アッという間に(私)はコトとモノに染めあげられた。
1585. (信用する、信用しない)(信じる)(信じない)という、ニンゲンの、判断の根底にあるものとは、何か?心の水準器。
1586. 闇の子か、光の子か。
1587. ニンゲンのなぜ?は、宇宙のなぜ?にならない。
1588. 形をもつモノ、この、気の遠くなるような時間の果てに顕現したモノ、の奇妙さ、不可思議は、毎日、毎秒(私)を刺激する。
1589. 熱がでると、必ず、もう一人の(私)が現れる。
1590. 下痢が続くときには、つくづく(私)は、筒だと感じるし、外と内の境目が消えてしまう。(私)は、私を、すべて、下痢してしまいたい。
1591. 今日も(考える)が生きている。
1592. 生きてこそ、は、死んでこそ、でもあった。死者たちの音信がとどく日々である。
1593. 生きる現場から立ちあがってくる「問い」と、「問い」そのものを生きることとは、やはり、ちがう。
1594. 「死」の問いかたひとつで、そのニンゲンが、何を、どのように生きているのかが、わかってしまう。
1595. 突然、「物」が露出すると、ニンゲンは、あわてふためき、眩暈がして、吐くか、放心する。そして「物」をなんとか料理して、(私)と融和させてしまう。
1596. 生きて、身をもって考えて、歩をすすめる人がいる。あらゆる(知)を吸収して、学問する人がいる。本気で、考えているのは、どちらか?
1597. 簡単が最も深い(生きる)
     易しいが最も難しい(死ぬ)
1598. 与えられたモノだけを食べているニンゲン。時間を食べ、空間を食べ、モノを食べ。
1599. 夢も、また、(私)を、(無限)へと開く、ひとつの装置にちがいない。
1600. どんな場所にいても、どんな時代に生きていても、(私)は、(無限)へと開かれて在る存在である。
Author:
• 金曜日, 1月 21st, 2011

平成20年4月から「特定健診・保健指導事業」がはじまる。

今回は「ヘルスアップ事業」であるから、運動や食事の教室を何回か実施した。しかし、「特定」では【教室=30~50人】はない。いや、オプションで実行してもかまわないが、ポイント制となる「特定」では、どのくらいの市町村が実施するだろうか?

特に「動機づけ」は面接1回(20~30分)とメール(支援レター)2回ほどでよいことになっている(ポイントが取れる)。それで4ヶ月も続くだろうか?行動変容ができるだろうか?

最近「特定」以外のポピュレーションアプローチの必要性を強く感じている。たくさんの人を対象にして、一人でも多くの方が参加できる【プログラム】の実現。

「ヘルスアップ事業」を展開しながら、仲間づくり、新しい人との出会い、教室の楽しさ、地域の再発見。【人間】の喜びがとても大切であるように感じた。

誰でもが、一回限りの生命を生き生きと元気で、楽しく生きたいのだ。そのためには健康が一番である。そう自覚すれば、何をしなければならないか、正しい知識と実践法を身につけて、自分の健康は自分でつくり、守らねばならない。

福知山市のみなさん、これからも頑張りましょう!

JR福知山駅から特急に乗って、京都へと向かった。

京都まで管理栄養士の島田さん、梨木さん、田中さんと同行した。女性三人と同乗すると華やぎがある。風景を眺めながら、世間話に花を咲かせるが、どうしても仕事の話へと話題が移ってしまう。日本人の習性か。

「何が一番むずかしいでしょうか?」と私。
「やはり人間性を深めることでしょうね」と島田さん。
「まだ若いから専門の知識はあっても生きている厚みが違うからむずかしいね」と私。
「特定では教室がないと盛り上がりますかね?」と島田さん。
「う~ん、どういう流れができるかよりも、これ、と信じる方法を広めるしかないね」と私。
「面接だけでは、とにかく不安」と梨木さん。

風景が人の貌のように現れては、消えていく。暦をめくるように、春はもう目の前にある。時計の針は休みなく動いている。

日が長くなった。窓の外は夕日に染まっている。福知山市が記憶の底に沈むように隠れてしまった。

またいつか、桜の咲くころにお城にのぼって、「あ~あ」と背伸びをしながら、絵本でみた大江山の酒呑童子を山の彼方に、時の彼方に眺めながら、春の風に吹かれて、ぼんやりと、ひととき、心を遊ばせたいものだ。

Author:
• 金曜日, 1月 21st, 2011

血圧は場所、時間、環境、状況によって、かくも変動するものだろうか?

1時から受付がはじまった。

講義室は体育館に入って右手にある。廊下を奥まで歩くと、バレーボールやバスケットボールが二組もできるほどの大きなアリーナがある。

寒い。光の当たる野外では春の陽気だと感じていたが、室内に入ると寒気が残っていて、ひんやりとしている。営業担当の内田君が「二月の閉講式ではふるえあがりました」と強調する。

受付。体重測定。腹囲計測。血圧測定と順番に測ってもらう。車で来た人、自転車で来た人、誰もが口をそろえて「血圧が高い。自宅ではこうではなかった」と言う。

測定する機器が違ったり、早足で来たり、人前でドキドキしたり、環境が違うせいもあるのだろう。

井上澄先生(運動指導士)の講習会がはじまった。井上先生の経歴が変わっている。大阪音大卒。声楽のプロである。運動は?中学、高校と剣道をしていた。

介護予防のイスを使った運動(筋トレ)も得意だ。大都市、大阪を離れて、現在徳島の山の中の村に移住している。

姿勢をよくする筋力アップの体操から、肩こり予防の体操へと、誰でもが自宅でできる【運動】の指導である。
「少し寒いけど脱ぎます」
全員、シーンとする。脱ぐ?もちろん裸になる訳ではない。トレーナーを脱いだ。

向こうむきになった先生の背中、筋肉が付いて見事だ。一同から「きれい、先生」とため息がもれる。鍛えあげられた素敵なボディーだ。

三人の管理栄養士さんたちも、うらやましいなと井上澄先生の全身に熱い視線を流している。

姿勢を正すだけで身長が1~3センチ伸びるのだ。椅子に座って、お尻をキューとしめるだけで、背筋も伸びる。

いかに歩く姿勢、座る姿勢が大事かということを学んだ。そのためには少し筋力をつけなければならない。

大阪弁まじりの楽しい講習会、アッという間。1時間。休憩10分。

今度はグループに分かれての栄養指導。管理栄養士さんたちの出番だ。

チーフの島田さん、梨木さん、田中さん、それぞれ6~8人の参加者を集めて、テーブルを囲み、自分の目標がどの程度達成されたか、発表してもらう。

体重が減った、腰痛が消えた、肩こりが治った、便秘がなくなった、野菜から食べると満腹感がある、酒を一日やめた。まあ、いろいろな発表があるたびに、拍手。拍手。
「では、どうして減ったか、なぜ治ったか、自分が成功したコツをみなさんに教えてあげてください」
「とにかく毎日歩かんと、気持ちが悪いのよ」
「それは習慣化ができたことですね」
「今までは何も考えずに食べてたな」
「電子レンジは便利や。野菜がたくさん食べられる」

にぎやかである。次々に質問が出る。栄養士さんたちも真剣勝負だ。相当の力業である。知識と経験がものをいう世界だ。

やはり、グループ・仲間づくりは、一人で実行するよりも効果が出るわけだ。

成功すると、人は発表したがるものだ。【舞台】が人を育ててくれる。腕のいい、笑顔の栄養士さんたちにも感謝。

Author:
• 金曜日, 1月 21st, 2011

平成19年度、福知山市では「元気!アップ教室 しっかりスリムコース」と銘打って「ヘルスアップ事業」にチャレンジした(京都府ではニ市町村)。

今年度は平成20年度からはじまる「特定保健指導事業」を見据えての特定プレ事業ともなった。前年のヘルスアップの内容とは大きな変更があった。

「メタボリックシンドローム」の改善が一番の目標、目的である。内臓脂肪を減らして生活習慣病を防ごうという意図である。

お腹周りが男性85センチメートル、女性90センチという数値は、毎日の生活でも会話の中に飛び交うようになっている。
「あなたメタボ?」「いやいや大丈夫ですよ?!」
「食べすぎ、呑みすぎ、運動不足かも?」
「まだ煙草は喫っていますか?」
「血圧は高くないですか?」

福知山市の計画は
①開講式(メタボについて講演会)
②一人30分程度の個別面接
③運動の実践と栄養の教室
④一人30分程度の個別面接
⑤閉講式(結果発表と講習会)
⑥フォローアップ教室

10月23日(火)から翌年3月11日(火)までの長い長い事業だった。健診の結果、メタボだと判断された人から30人の希望者を募った。

さいわい、実力ある先生方が、参加者のみなさんを楽しく、面白く、魅力のある講義・実技で、指導してくださった。好評だった。

問題点はいろいろとある。
①受診率をどうやってアップさせるか
②参加者(希望者)が増える手法の開発
③継続させるプログラムの開発
④効果をあげる手法の開発
⑤リバウンドさせないためのノウハウ
⑥服薬者(とても多い)の対策

せっかく6ヶ月後にいい結果がでたのに、【事業】が終ってしまうと、元の生活習慣に戻り、一年後の健診でリバウンドしていたら、力が抜けてしまう。

今回のフォローアップ事業は、リバウンドしないための教室である。

会場は、由良川のほとりにあった

福知山市民体育館である。由良川の土手の下に円いドーム型の建物がある。その体育館の傍らには野球場があって、高校生が練習に汗を流している。

目が合うと「こんにちは」と大きな声で、見知らぬ男にも挨拶してくれるのがうれしい。そうそう、人は礼儀からはじまるのですよ。殺人や若者たちの非行がマスコミをにぎわしているが、こんなにマナーを守って、たった一球の白いボールをネコのように追いかけている者もいるのだなと妙に感心した。

由良川には緑をつけはじめた灌木があり、竹林があり、犬をつれた散歩者もいて、鶯までホーホケキョと鳴いていた。

Author:
• 金曜日, 1月 21st, 2011

京都府の福知山市での「ヘルスアップ事業」。フォローアップ教室を取材する旅となった。

はじめて訪問する、見知らぬ街だから、前日から気分がそわそわして、まるで遠足に行く少年か、ゴルフ前夜のような、期待と不安が入り交じった興奮状態にあった。

夜、地図をひろげてみた。

「福知山」市は京都市の北西に位置し、いわゆる丹波と呼ばれている地方にある。平成の大合併で、福知山市、三和町、夜久野町、大江町が一緒になった市で、人口は約8万2000人だ。中核の都市である。

京都駅から特急なら一時間半もあれば着く距離にある。南に兵庫の丹波篠山があり、北上すると「天橋立」のある丹波の宮津市、日本海に面した豊岡市(兵庫県)、西に兵庫県の朝来市がある。

3月11日(火)、私は営業担当の内田君と、車で明石市を8時に発った。気温はすでに4月の陽気だ。阪神高速7号北神戸線を走った。曇り空。舞鶴若狭道に入る。

トンネルを抜け、人家が消えると、低い山脈が左右に続いている。

霧が出てきた。山脈がゆっくりと白い霧に覆われて、沈んでいき、遠方は何も見えなくなった。山の中である。

10時。パーキングで休憩をとった。観光用の看板があった。もう一度、丹波地方の地図を頭にたたきこんで、現在地を確認した。

福知山市に入ったあたりで霧が消えて、青空に太陽が輝いた。町の全貌が光の中にひろがりはじめた。

「天橋立」まで48キロとある。左右に工場が現れた。製薬会社のものだった。左手にお城が見えた。堀がある。白壁が眩しい。町の中心に、お城が見事に建っている。城のある街には昔の香りが漂い、風情がある。

福知山市役所は、お城とは目と鼻の先である。今田保健師さんと、ヘルスアップ事業担当の小林さんにごあいさつ。フォローアップ教室までには、まだたっぷりと時間があるので、内田君と歩いて街を散策することにした。

もちろん目的は、お城「福知山城」である。

福知山市は盆地である。四方は山に囲まれていて、市の中心にお城がある。お城に登ってみた。坂道の傾斜が身体には快く、時計回りにゆっくりと歩く。語らいながら歩くと、街が眼下に現れる。その光景に気分は爽快。由良川が光っている。

人間の胴体ほどもある、桜の大木が坂道に何本も黒々とした幹を陽光に染めている。惜しむらくは、桜はまだ蕾で、硬く、尖った米粒ほどの芽をいっぱいに着けていた。

満開の桜の花を目の中で想像して、幻の花を咲かせてみた。眼下に風に吹き流された花びらでも散れば、まさにお城と桜で一幅の絵画になるだろうと思われた。お城は、戦国時代の武将、かの明智光秀が治めたものだと、看板にある。

そばに豊盤井という井戸がある。深さ50メートルとあって、深くて底が見えない。羊歯が茂っていて、金網が張ってある。眺望すると春霞が山々に漂っていて、四方八方うららかな春の気配に満ち、街は静かに、山際へと伸びている。

いい天気だった。

Author:
• 月曜日, 12月 20th, 2010

1. 「さらば、立松和平」(ウエイツ刊) 福島泰樹編著
2. 「兵どもが夢の先」(ウエイツ刊) 高橋公著
3. 「新約聖書」(パウロ書簡その1)訳と註(作品社刊) 田川建三訳著
4. 「新約聖書」(パウロ書簡その2)(擬似パウロ書簡)訳と註(作品社刊) 田川建三訳著
5. 「これから『正義』の話をしよう」(早川書房刊) マイケル・サンデル著
6. 「量子の社会哲学」(講談社刊) 大澤真幸著
7. 「徒然草」(岩波文庫)再読 吉田兼好著
8. 「ブッタのことば」(岩波文庫) 中村元訳
9. 「ブッタ最後の旅」(岩波文庫) 中村元訳
10. 「ブッタの真理のことば・感興のことば」(岩波文庫) 中村元訳
11. 「この人を見よ」(新潮文庫)再読 ニーチェ著
12. 「残酷人生論」(毎日新聞社刊) 池田晶子著
13. 「理性の限界」(講談社現代新書刊) 高橋昌一郎著
14. 「流跡」(新潮社刊) 朝吹真理子著

古代人の生きた言葉、考えた、信じた思想を、現代の日本人の言葉に翻訳する—いや、移植すると言った方がいいか?—「新約聖書」田川建三著を読み続ける。正確に、しかも、こなれた日本語で、美しい文章で。翻訳は、難事業であると思う。一度読み、素読の後で、考えながら読み、注釈を読む。簡単な言葉に、数百ページの注釈が要る。途轍もなく、深い、世界である。完訳が期待される。

全共闘運動の先頭に立って戦った、高橋公著「兵どもが夢の先」は、私は、かく生きたという証の書である。団塊の世代必読の書だろう。

テレビで、話題のマイケル・サンデル教授の授業を観た。対話術が、実に巧みな先生である。講師と聴集が、同じ場に立ち、同じ問題を考えて、深化させていく手法は、まるで、ブレヒト効果である。著作を買って、読んでみた。考える中心には、やはり、カントがあった。哲学の核があっての、現実問題への応用である。

「ブッタの言葉」を読んでいると、軽佻浮薄な現代人が、忘れて、見向きもしなくなった言葉が光っていて、胸が疼く。閑かに、ものを考えて、生きるということを失ってしまった人間は、もう一度、棄ててしまった(言葉)に生命を吹き込まねばなるまい。

久し振りに、若い人の小説を読む。「流跡」朝吹真理子著。なつかしい70年代の文学の香りを嗅いだ。ロブ・グリエ、ビュトールなどのヌーボーロマンの時代。フランス文学の伝統。中村真一郎、三枝和子、鈴木貞美、三砂朋子・・・。私も、早稲田文学に「投射器」を書いた。しかし、アンチ・ロマンは、日本の風土では育たなかった。文体、感性とも、申し分のない人であるが、(生きた人間)の声が含まれてくると、面白いのだが。昔の自分を見ているようで、拍手を送りたくなる。足りないのは(労働)か?

「社会学」や「社会哲学」が、何であるのか、詳しくは知らないが、「量子の」という言葉に魅かれて、大澤真幸の本を読んだ。
実は、毎月購入している「群像」で、「<世界史>の哲学」という連載があって、興奮しながら、読んでいる。その作者が、大澤真幸であった。随分とフィールドの広い人で、宗教、哲学、絵画、小説、思想、科学、音楽と、さまざまな分野を、駆け抜けながらある一点にむけて、言葉、思考が展開する、その、スリルが、実に、面白い。
(知)の破綻と(知)の共時性、その二つが、大澤の言わんとすることであろう。ニンゲンの思考は、(数)で(論理)で(存在論)で、特異点に衝突してしまっている。しかし、一人の(考える)と思われたものが、実は、異分野でも、同じようなことが起こってしまう。不思議だ。ユングの(共時性)。
「理性の限界」高橋昌一郎著。この本でも、大澤と同様に、不可能、不確実、不完全性が書かれている。

(知)が破綻しているのに、ニンゲンは、平気でセイカツをしている。(知)とは何か?(知)を語る人の(私)は、(私)自身は、どうなっているのだろう?私は、二人に、訊いてみたい。放り出された読者は、いったい、何処へ行くのか?

最後に、池田晶子の「残酷人生論」が増補、新装版で、出版された。晩年に、探求されることになる、さまざまな種子が含まれている本で、第二の処女作と呼んでも、不思議ではない「考える人」の本である。(書評欄を見て下さい)
今年も暮れた。

読書は、日々の友となった。アフォリズムは、1500本に達した。長篇小説「百年の歩行」は、現在進行中である。世界のアラカワ、荒川修作をめぐるエッセイも、来年スタートしたい。

私は、メールもパソコンも出来ない。メールで感想を送っていただいても、読むことは出来るが、返事が出来ず申し訳ありません。正に時代遅れの男である。
手紙人間であるから、手紙で、感想批判をいただけると、実にありがたい。

Author:
• 月曜日, 12月 13th, 2010

人は、生きるという現場で、かかえこんだものを、一生、反芻しながら、成長させるものらしい。

本書を12年振りに再読しながら、その晩年まで池田晶子が考え続けたものが、ほとんど、種子として蒔かれているのが、「残酷人生論」であり、第二の処女作と呼んでもよいと思った。

絶版になっていたものが、増補新版として出版された。コンパクトで、持ち運びに便利で、電車の中でも読める、ハンディな本だ。

「考える」ことが、唯一の生きる意味であった池田晶子の「人生論」は、あまたある、発見、発明、事業の成功などを語る、いかに生きるかという人生論とは、一線を画している。

どうも、ニンゲンには、二人の(私)があるようだ。
食べるために(生活、仕事)生きる人。(A)
生きるために、食べる人。(B)
そして(私)を生きる、その(私)も、存在そのものの(私)と(社会的な私)に分かれている。

人は、誰でも、ある年齢になると、突然、(私)を発見する。(私)を(私)として見るもうひとつの眼ができる。そして、(私)って何だろうと考えはじめる。(私)に気がついたが、その(私)が何者が、わからないのだ。で、生れた場所、家、名前を呼ばれて、(私)が(社会的な私)として、存在しはじめる。

仲間と遊び、友達と学校に通い学習(勉強)し、食べるために仕事(労働)をし、社会=世間を知って、(仕事=生活=私)が完成し、停年になると、肩書き、地位、会社、組織を離れて、また、もとの(私)に戻る。

たいていの人は、普通、(社会的な私)を(私)と認めて、働き、生活をしている。ところが、生きるために食べると考えた人は、どうしても、食べるために生きるセイカツに慣れることが出来ない。

そこで、(社会=世間)に衝突してしまう。しかし、その(私)を変える訳にはいかない。で、どうにかして、(世間=社会)と折り合いをつけて、生きねばならぬか、と悩む。

本書では、珍らしく、池田晶子が、(私)が生きる時、普通の人と、ちがってしまう、と、悩みを打ちあけている。

人は(死)を悲しいと言う。池田晶子は(死)がおかしいと感じてしまう。そこだ。どうも、(私)の心性は、普通の人たちとはちがう。どうしよう?と考え、悩む。

当然、普通の評論家や作家や詩人から、批判される。「悪妻に訊け」に対して、
サザエさん的世界」から出ていく力が弱い(福田和也)
「他者がいない」(松原隆一郎)
「本質的にモノローグ」(佐藤亜紀)

普通に生きる人は、(他者=世間=社会=仕事=生活)というものが、厳前と、眼の前にあって、それと、闘い、競走することが(社会的な私)を生きることだと考えているから、当然である。

実は、(私)を考える、(私)を生きるタイプのニンゲンは、必ず、同じような批判を受ける。「内部の人間」を書いた、秋山駿も、一生、「私」をめぐる考察を、ノオトとして、書いている。で、同じ類の批判を受け続けた。

池田晶子は、(私)=(存在)=(宇宙)というふうに、考える人だから、どうしても、世間の(社会的な私)を生きる人たちと、問題の立て方がちがう。

無限遠点から来る光線を見るようにしなければ、池田晶子の姿・形は、望めない。

実に辛い、心性をもったものだ。しかし、本人は、平然と、(私)を生きる、(私)を考える、を生きてしまった。家も、故郷も、名前まで消してしまった。(魂という私)=(魂の私)になって、疾走した。

池田晶子の言葉に躓く人は、2つの(私)を考えてもらいたい。
「以前に生きていたことがある」(池田晶子)
ホラ、躓くでしょう。だから「残酷人生論」なのだ。

Category: 書評  | Leave a Comment