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• 火曜日, 5月 26th, 2009

死ぬまでに、もう一度、ドストエフスキーの、四大長篇小説と「地下室の手記」を読んでみたい、それが、長年の私の夢だった。「罪と罰」「悪霊」「自痴」「カラマーゾフの兄弟」。魂を震撼させる書物があることをはじめて知ったのが、ドストエフスキーの作品だった。

本の力というよりも、人間が考えられる、もっとも上質な思想、あらゆる問題が、(お金が、酒が、病気が、権力が、性が、家が、愛が、宗教が、永遠が・・・)ぎっしりとつまっていて、心臓がパクパク、頭がヒリヒリと熱をもち、心は揺れに揺れて、読む前と読んだ後では、自分が、別の人間になってしまったと思えるほどの、おそろしいリアリティに満ちていた。全身が、ドストエフスキーの言葉に痙攣を起こして、火傷をして、歩き方まで変わってしまうほどの体験であった。脳を手術されるほどの衝激であった。

長い間、その声と思想の火は、私の中に、燠火のようにくすぶっていて、生き続けていた。

60歳まで生きてきた。40年前の、20代の、青春の真っ盛りで読んだドストエフスキーを、今の私が、どう読むだろうかという、再読の期待があった。

平凡に生きてきた人間であっても、波風が立ち、砂利を噛んだり、病気や怪我とつきあったり、事故に会ったり、人生のあれやこれやは、人並みに、充分に体験してきた。もう、20才の、日常生活を知らぬ青二才ではない。生きてきた眼で、ドストエフスキーを読めば、どう読めるだろうか、そういう期待もあった。

最近、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」が10万部も売れているというニュースを聴いた。本が売れない。本を読まない。そういう時代に、誰が、どんな理由で、ドストエフスキーを読んでいるのだろう。いったい、何が起こっているのか?

確かに、21世紀の人間は浮遊している。殺人の残忍さ、不況、自殺、倒産、汚染、新インフルエンザ・パンディミックの不安と、毎年毎年、いや毎日毎日、人の心を暗くさせるニュースには事欠かない。

ゆったりと、おおらかに、長い人生を噛みしめながら、日々を生きている、そういう姿には、長い間、出会ったことがない。

心が泡立ち、ささくれ立ち、苛々して、いつも、棘が咽喉に刺さったように、人々は、生活をして、生きている。日々の、小さな、心の叫びまで、大きな時代の波に呑まれて、不安の海を漂っているふうに見えてしまう。

ヴィジョンもなく、目的も定まらず、存在が稀薄になり、その場その場を、どうにか生きている。不安の時代だ。

しかし、それでも、人は、私とは何者か、何処から来たのか、何処へ行くのかと考え、考え、生きていく動物である。

言葉がいる。

大理石のような、堂々とした、あらゆるものがある、ドストエフスキーの言葉が求められている。

読書、その本の言葉を生きてみる−それは、「現実」の体験に次ぐ、もうひとつの力である。

今年から、気のむくままに読んだ本の感想と、本の紹介をしてみようと思う。現在、人間の社会で、何が問題になっているか、どんな人が何をテーマーに書いているのか、人間の考えがどのくらい進化しているのか、ひとつの地図を、私なりに作ってみようと考えている。

平成8年10月から平成9年4月までの読書。
1. 「寡黙なる巨人」 多田富雄著
2. 「日本語が亡びるとき」 水村美苗著
3. 「小説・世界の奏でる音楽」 保坂和志著
4. 「白川静−漢字の世界観」 松岡正剛著
5. 「魂とは何か」 池田晶子著
6. 「忠臣蔵」 秋山駿著
7. 「伝説の編集者・山厳浩を訪ねて」 井出彰著
8. 「空海の企て」 山折哲雄著
9. 「光の曼陀羅」 安藤礼二著
10. 「筆に限りなし・城山三郎伝」 加藤仁著
11. 「国家の罠」 佐藤優著
12. 「自壊する帝国」 佐藤優著
13. 「インテリジェンス人間論」 佐藤優著
14. 「邪馬台国とは何だろうか」 眞木林太郎著
15. 「あれかこれか」 壬生洋二著
16. 「その夏・乳房を切る」 篠原敦子著
17. 「やわらかなこころ」詩集 坂本京子著
18. 「鴎外はなぜ袴をはいて死んだのか」 志田信男著
19. 「ポジティブ・スイッチ!!」 KIMIKO著
20. 「脳のなかの文学」 茂木健一郎著
21. 「裁判員制度」 丸田隆著
22. 「アジアのなかの和歌の誕生」 西條勉著
23. 「徒然草」 吉田兼好著 (再読)
24. 「土佐日記」 紀貫之著 (再読)
25. 「肝心の子供」 磯崎憲一郎著
26. 「メキシコの夢」 ル・クレジオ著
27. 「生命・形態学序説」 三木成夫著 (再読)
28. 「生命形態の自然誌」 三木成夫著 (再読)
29. 「時間と自我」 大森荘蔵著
30. 「トルストイの幼年時代」 トルストイ著
31. 「トルストイの少年時代」 トルストイ著
32. 「トルストイの青年時代」 トルストイ著
33. 「罪と罰」 ドストエフスキー著 (再読)
34. 「悪霊」 ドストエフスキー著 (再読)
35. 「風土記」 久松潜一校注 (再読)
36. 「古事記」 三浦佑之 (口語訳)
37. 「哲学とは何か」 ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ共著
38. 「人生劇場」 尾崎士郎著
39. 「ユリシーズ」 ジェイムス・ジョイス著 (再読)
40. 「四国八十八ヶ所感情巡礼」 車谷長吉著

私は、本を読む時、私がスパークした文章に会うと、本のページの右、左の上を折るようにしている。再読する時、あらためて、考える時に、便利だから。つまり、ページを折る箇所が多ければ多いほど、私の感動する量も多かったということになる。私の評価が高い、私にとって、必要だ、価値がある本ということになる。

読み終えた40冊を論じたり、考えはじめると、何冊もの本を書かなければならないほどだ。感想は、紹介は、ひとつの提起にすぎない。次回から、地図を作りはじめたい。
5月21日

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• 月曜日, 5月 25th, 2009

昔、映画の時代劇で「もっと心の眼で見よ、お主が見ているのは、単なる現象で、幻よ」というようなセリフを、お坊さんが、若い剣士に語る場面を、何度も見た。

いわく 心眼である。

子供心に、そんな眼があるのだろうか?ものを見るのは、この顔の中心にある肉眼しかないのではないかと反射的に考え、いやいや一流の剣士ともなると、そういう心境、境地に達しなければ、人間として、未熟なのだと思い、「心眼」に反応したものだった。

いつの間にか、科学全能の教育をされて、機械と、コンピューターの時代に育ってしまうと、「心眼」などという言葉さえ忘れていた。

多くの人が、一日中、コンピューターの前に坐って、仕事(作業)をする時代になって、動物としての本能も機能も無視して働くあまりに、ほとんどの人が、ストレスをかかえこみ、画面の中にある数字や文章やグラフに振り廻されて、悲鳴をあげている「現実」を生んだ。

「現実」は、もちろん、画面の中にあるのではない。しかし、画面に浮きあがるものを「事実」として捉え、仕事をすすめていくうちに、「事実」がもっとも強い「現実」としてのリアリティを持ちはじめた。

便利さと効率をひたすら求めてきた結果、動物としての人間の機能は、ある部分だけを鋭く成長させ、別の部分は、日々、退化していくという現実に直面している。

人が、声と声で挨拶を交わし、議論をするのではなく、隣に坐っている人に対しても、メールを送って、「対話」をする。

「声」は、実は、もっと豊かで、表現を持ち、強弱を持ち、さまざまな色彩を放出してくれるものだ。

その「声」も、使用しなければ衰えるだけだ。大声で叫び、大声で泣き、耳許で囁き、甘く呟き、鋭く叱咤する。その「声」を、現代人は、忘れはじめている。

見ること。見ることは見られていることでもある。どこまでも見続ける。眺めて、凝視して、とことん「もの」「ヒト」を見る。

そして、考える。人間の持っている一番大きな力−考えること。
「私」と「社会」を「世界」を「宇宙」を考えるのは、考えるという力をもっている「私」だ。
その「私」が「私」についてどこまでも考える。「私」という不思議を生きている「私」を考える。考えるということを考える。
以下・・・限度がない。

しかし、見ること、考えることの他に、言葉・言語以前の現象、事象についてはどうするのか?

<観照>という言葉がある。
辞書に、こう書いてある。
「①対象を、主観的要素を加えずに冷静なこころでみつめること ②美を直接的に認識すること。直観。」

どうであろうか?
あの、子供の頃の、時代劇の映画で使われていたセリフに似ていないか。
「こころでみつめる」と書いてある。広辞苑に載せているのだから、単なる迷信・妄想ではあるまい。

「心の眼でみる」=「心眼」と、どこがちがうのだろうか。表現が古いから、「心眼」は、知識人には、ニャーと笑われるだけか。あるいは、そのことを、深く考えて、現代風に変え、生かせれば、言っている内容は同じことなのか?

「直観」とは何か?
見る・考えるという方法では捉えられないものが、直観では、わかるということなのか。

「考える」ということでは、捉えられないものがある−言語以前のもの、思考の網にさえ捉えられないもの、確かに「美」は、絵画、音楽、彫刻には、それと認められる。なかなか、言葉では、表現しきれないものも、音や色や形では、容易に現すことができてしまう場合がある。

「心の眼でみる」を「心の耳で聴く」とすれば、どうであろうか。

先日、故郷の海岸で「漣痕」を久しぶりに見た。大地の隆起活動によって、2000万年前の海底が陸地になり、道を作る為に、山の斜面を伐り崩した際に、波のかたちが岩の表面いっぱいに現れたものである。

私は、長い間、「漣痕」の前に佇んで、凝っと、2000万年前の波のかたちを眺めていた。

心は、妙に、動揺していた。何か畏怖すべきものに邂逅していると感じ続けていた。気の遠くなるような、時間の流れの中に、褐色の、無数の波のかたちが顔を出して、まるで、人間を覗き込むように、春の光を浴びて鈍く、重く、輝やいていた。

私は、果たして、人間が、画家が、カメラマンが、作家が、この2000万年の時空を存在し続けてきた「漣痕」を画けるか、写せるか、書けるか?と考えていた。表現できまい。「心の眼」を思い浮かべたのは、そんな時であり、確かに「観照」という現象が「私」に起こっていた。

2000万年の色と形−その存在は、人間の手に負えない、表現をはみでてしまった強度をもって追ってくるので、私は、肉体の眼ではない、30億年生きてきている生きものが内包している、もうひとつの細胞の眼のようなもので対応している自分に気がついた。

私は観照していたのだ。
「心でみつめる」という現象の中に「私」がいた。おかしな表現だが、どうしても、直観よりは、心眼の方が、観照している自分にぴったりと合致していると思えた。

「考える」ということは「信じる」ことではない。だから、私の観照が、どのように思われるか、私にはわからない。

懐疑する人には、一度、漣痕の前に立って、凝っと眺めてみて下さいと言っておくしかない。

なお、「漣痕」は、徳島県の海陽町宍喰の海辺の道にある。町から歩いて、10分ほど、旧道(土佐街道)添いにある。そこから、しばらく歩くと、小高い山の上に、水床壮跡があって、360度の眺望が楽しめる。海と川と山が、絶景である。

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• 月曜日, 5月 25th, 2009
1. 時間が爆発する。空間が爆発する。意識が爆発する。(私)が爆発する。
アフォリズムとは、もうひとつの宇宙である。
2. 足許はいつもじりじりと焼けている。焦らず、迷わず、ゆっくりと、愚直こそが王道だと、歩め。
3. 承認された瞬間に、浮遊していた「それ」は、「事」と「物」になる。
4. 眼で、思考で、意識で、五感で了解したものは、言葉以前からの「事実」となって誕生する。
5. 「事実」は「現実」と呼ばれてもよい。ただし、表現された言語の中での「現実」だ。物自体は、その外に在る。
6. 前を視るだけでは駄目だ。背後も、右も左も、上も下も視る。ものが本当に視えるのは、複眼だから。心眼で見る。透視の力はもっと強い。一番強いのは、もちろん死者の眼だ。
7. あらゆる現象、時空、存在を浮かべているわが超球宇宙に、法もなく、目的もなく、ただ、偶然に顕現したものだとするならば、私たち人間の生きる意味とは、宇宙にとって何だろうか?
8. 沈黙する宇宙、暗黒の宇宙に、まだ見えぬが、かすかに、語りかけてくるものがある。それは、波に似たリズムに乗ってくる。
9. 夢は知恵の塊だ。眠りの中で点滅するサインは、ひとつのエネルギーであり、ヴィジョンの形だ。
10. 大人という人を見なくなって久しい。世の中は、頭のいい小人ばかりだ。無私の精神はどこにあるのだろう。
11. 眩暈は、存在に対する驚きだ。いつも平凡な生活の中にある。
12. 空を見るだけの人は、天を見る人に勝てない。
13. 発熱こそがはじまりである。
14. 100パーセント来るという「死」が見えない。「死」はどこにもない。あるのは、他人の、他の生物の死体ばかりだ。「私」の死は、永遠に宙吊りにされている。闇から闇へ。
15. 一瞬にして狂う。そんな、危険な、亀裂があるものだ。心というブラック・ボックス。
16. 「私」の言葉と「社会」の言葉は絶対にちがう。家を出る時、人は、「私」の言葉を殺して、会社へと歩いていく。言葉の化粧だ。
17. 私・(今=ここ)・無限の宇宙を歩いている不思議!!
18. カメレオンが自由に身体の色を変えるように人間の思考も、形や姿を変える新しい力を持てないものか?存在の革命ということ。
19. 自然の進化では遅すぎる。科学の進歩も待ってられない。意識が変客体そのものになることだ。
20. 終日、自由に自分を泳がせてみる。必ず、そこから湧きあがってくるものがある。その声に耳を傾ける。存在の呟き。
21. 「私」という現象の宇宙地図を作る。それが「本」の最終目標だ。
22. 顕れるもの・隠れるもの、表現はその一切を含まねばならない。
23. 思考の透明な棒を振っても振っても深淵宇宙は遁れていく。
24. 言葉自体が「魂」をもっている。
25. 「隠遁」は、現代では、死語だろう。実際、もう、どこにも、隠遁できる場所がない。素顔と仮面がぴったりと縫い合わされた顔をした現代人は、辛い。
26. あらゆるものを食い潰して、均一にしていく力がある。差異を認めぬ光という力。
27. 血が30億年も生きている。それはいったい何者だ。
28. 波。波打つということ。呼吸から銀河星雲まで。
29. 人は、何重にも生きねばならぬ存在である。
30. 現代という時代は、西行を、芭蕉を、兼好を拒否する。山頭火も放哉もいない時代は乾いている。
31. 思考が、まばたきをして、三分と同じことを考えられぬ。
32. 何かいいことをしたい。それが、人間にできる最高の行為だと信じる。その何かいいことがなかなか見つからない。あれでもない、これでもない。
33. 停年というのは、不思議な制度だ。人間にはいつまでたっても停年はないのに社員だから、停年が来る。
34. 蛍が光る、女郎蜘蛛の尻が朱く光る。人間は、どのようにして、何時光るのだろう。
35. 私というレンズを磨き続けること。あらゆる事象が写るレンズにはあらゆる言葉が発光体となる。
36. 「私」が考える、そう考えるしかない、と、そのように考えることが、人間という「私」の存在の在り方にあるとすれば、おそらく、思考の特異点というものがある。いわく、”無”と。
37. 観照は、思考とは別の認識のあり方だ。
38. 全盲の人にも色がわかる。−見たこともない色が、見える、わかる、心の眼か?
39. とすれば、言葉を知らない人にも(わかる)ということが可能になる。それは、考えるという力とは別の力だ。
40. 人間が知りたがっているのか、それとも、何かが知らせたがっているのか。
41. 謎は深ければ深いほどよい。未知なるものがあればあるほどよい。人は混沌からそこまで歩いてゆく。
42. 思考のコンビニ化ほどつまらないものはない。
43. 明日がみえないという。それが不安だという。では、現在は見えているのか。今、ここを生きている限り、混沌は人間の足許にある。カオスを生きるのが人間だから。いつも覚悟がいるだけだ。
44. 一かゼロではない。じりじり、じりじりと消耗していく。辛いのは、日々の衰弱だ。錆びた鉄が腐っていくように、ボロボロ、ボロボロと身も心も崩れていく。その時には、声をあげるのだ。助けてくれ!!と。恥も外聞もあるものか。他人にとどくように大きな声で叫ぶのだ。人間がいる限り声はとどくものだ。
45. 人は、いつ、生きるのだろう。「仕事」をしている時が、唯一の生きる時であるならば、生活のすべてが仕事で占められている訳だ。実に淋しい限りだ。
46. 結局、「私」が私自身に重なる時が、もっとも、生きている時だと思う。
47. 書くことは、死ぬための、レッスンかもしれぬ。
48. それは、突然、向こう側からやってくる。歩いている時、公園の林で、書斎で。私は必死にそれを追う。額の前40センチばかりのところに、文章が現れる。手はそれを追う。いったい誰がものを書いているのだろう。至福の時だ。
49. 何時の頃から、日本には「お金の神さま」が出現したのだろう。心の時代と唱えられながら、ものの時代に突入して、いつの間にか、誰もが、お金が一番という信仰を持ってしまった。
50. お金に泣かされた者ほど、お金を信仰する。お金を馬鹿にした者は、お金に泣かされる。お金を持てば持つほど幸せになると思った人が不幸になる。「お金という神さま」は、何時まで幅を利かせるのだろう。
51. 「無」の王は、時間も、空間も、物質も、光も、闇も、一切のものを、存在から解き放つ。
52. 人間の頭脳は、完全な「無」を意識できない。ないものは、考えられない、想像もできない。しかし、「無」という名辞がある。不思議だ。
53. 死さえも「無」ではない。
54. 「無」は「空」でもない。
55. 「死」もまた、ひとつの変容である。
56. 在ることから無いことへと移行するには、時空を飛躍して、完全なる蒸発をするしか、術がない。
57. 「無」からのはじまりこそ、人間が創出すべき最大の課題だ。
58. 一が多である、多が一であるとしても、なお「はじまり」は見えぬ。
59. 「零」の発見は古代インド人の最高の功績である。「無」の発見とその証明は、人類の最大の課題であろう。
60. 数式・理論が「宇宙」を解明・表現したとしても、宇宙は、その外にある。
61. 不死・永劫回帰・輪廻転生、復活・ビッグ・バンと、人間は、神話、哲学、宗教、科学で「世界⇒宇宙」の誕生と死を追ってきた。まだ、その答えはない。はじまりも終りも見えない。
62. 「誕生」も「死」も、仮のはじめり、仮のの終りにすぎない。
63. 時間の反対に「虚時間」がある。「無」のかすかな揺らぎに、「虚時間」が動き、ひび割れ、時空が噴出して、「宇宙」がはじまったとしても、やはり、「虚時間」もまた、「無」の中に、ひそんでいなければならぬ。それでは、「無」が「無」でなくなってしまう。
64. ビッグ・バン(火の玉)からはじまった、わが「宇宙」も、やはり、ビッグ・バンの前を問わなければ、「はじまり」は始まらない。
65. 「神」が宇宙を創造したとしても、その創造以前に、「神」は、いったいどこにいたのだろうと誰もが、考えてしまう。「無」は「神」の場ではあるまい。
66. 「神」が発見できるもの、想像できるもの、考えられるもの、証明できるもの、それを「宇宙」と呼ぼう。それ以外のものは、何ものでもない。なぜか?人間が、その存在を証明・発見できぬもの、それは「もの」ですらない。人間原理。
67. 「宇宙」の存在と「人間」という存在の不思議は等価である。
68. 「瞬間が永遠である」そう感じた時、人は、おそらく「光」の正体に触れている。
69. 無限遠点から見れば、人間の生活も、一瞬の光にすぎないが、そのはかなさの中に人生があると思えば、実におかしい。哄笑したいほどだ。
70. 物理学者ボームが「宇宙は、たったひとつの原子で出来ている」とアイデアを語った時、アインシュタインは、足をとめて、沈黙したという。なぜか?
71. 神話・宗教・哲学・科学と、人類は、6000年の時間をかけて「世界⇒宇宙」を探求してきた。その謎は、解けるのか?現在、何合目くらいにいるのだろう。(文学)も、また、ひとつの人間という宇宙地図を求めてスタートし、現在は、息が切れて、衰弱している。しかし、たった一人の才能の爆発で、事態は急変するだろう。
72. 結局、(道)は、大きく二つに分かれる。ひとつは、孔子の「論語」のように、人間の生き方を問う道と、存在そのものを問う老子の「道」だ。
73. 人生訓、経済書、法、医学書、生きるために、生活のために、役に立つ本が99パーセント読まれ、(存在)の探求の書は1パーセントも読まれればいいくらいだろう。役に立つとは何か?
74. 小説・文学は、実用の書ではない。なんの役にも立たない。それでも(人間の形)がわかり(魂)の声が響いてくるから、(存在)する意味はある。
75. 星空・銀河・天の川を美しいと思った時期があった。銀河・星雲を畏怖する時期があった。どちらが幸せだったものか・・・。
76. 人間の原点が露出するのが「歩行」である。歩いていると、「私」が、身一点に感じられる時がくる。社会の、会社の、家庭のあらゆる着物を脱ぎ棄てて、(私)が宇宙に触れている。波の衝突。
77. 始められないものは終れない。
78. どうしても、人間は、「宇宙」の誕生と死を考えてしまう。思考の形か?
79. 物語は、決して、終れない。完全なプロットの小説でも。
80. 宇宙の全物質からの放射を受けた(人間)は、いったい、何というだろうか?そこには、表現さえも無いのかもしれぬ。(無限)の顕現。
81. 万事休す・・・生きていれば、必ず、一度や二度は、そういう場面に遭遇する。そんな時には、(私)を放り投げて、自由に泳がせておくことだ。
82. 断念からものを書く(核)が立ちあがる。もう、失うものは何もない。無私になって思考のバネに委ねてみることだ。
83. 昆虫は、自分の存在に必要なものしか食べない。それに比べて、人間は、手当り次第、何でも食べてしまう。怪物だ。
84. 私も、(仕事)のない時代を経験した。生きる(場)が、(仕事)である。無職は辛い。あれゆるものが、(私)を否定している。そういう暗い、悲しい状態は、人をして歪めるが、人の声を聞き分ける、いい耳も育ててくれる。
85. 脳の力ばかりが強調される時代になった。「本能」という力は、もう一度、見直されるべきだ。脳のない生きものたちの底力。
86. 「見ることは見られることだ」−それ以上に、「触ることは、触られることである」−その方が、最近では、(知る)という点では深いと思うようになった。
87. 「今日の人は、もう、誰も、氏神さんにお拝りにいかん」−老いた母が語った。帰郷して祭りを見学した。衰えて、消えていくのは祭りばかりでない。祭りを支えた日々の人々の心の灯が消えているのだ。
88. 「私は死なないことに決めた」荒川修作の言葉だ。奇人・変人・天才と言われる荒川修作は、100パーセント自明だと言われている「ニンゲンの死」に挑戦する。思えば(私は復活した)と言った人や、「私は生まれ変わる−仏になる」と言った人とどうちがうのだろうか?「建築する身体」「天命反転」は、実に過激であるが、狂った声ではない。ニンゲンから、次のステップへと移行する者の種子だ。
89. 人間は、物心がつけば、自分(私)が、(今・ここ)にニンゲンとしているとわかる。で、そのまま、ニンゲンを続けて生きることになる。(始まり)も(終り)も見えぬまま。
90. 仏になる、復活する、輪廻転生する、即身成仏する。天国・地獄といい、この世・あの世と言い、比岸・彼岸と言い、現世・来世と言い、過去・現在・未来と言い、多次元・宇宙と言い、人は、いつまでも、(私)はどこから来て、どこへ行くのかを問い続ける。すべて、(私)という現象の不思議がなせる術である。
91. 永劫回帰も、また、流転する宇宙の見事な表現である。
92. ニンゲンがヴィジョンを見失っている。方法は二つある。①小さな惑星の生きものとして、(私)の至高のものを追求し続けること。そして死滅。②銀河から宇宙へと、永遠に飛び続ける生命体に進化して、全宇宙を知悉する探索者になること。自らが創造する者になる。永久革命。
93. おびただしい数の星と無数の太陽で夜空が煌めき、時空がゆがむほどの力で漂っている、そのエネルギーを浴びていると(私)が何者でもないと納得する。
94. 世の中を相手にいくら闘っても限りがない。本当に闘う相手は自分自身だから。
95. どんな悪い人でも、自分自身はかわいいものらしい。その証拠に、食べて、呑んで、快楽して、自分に対しては、いいことをしたがる。
96. (私)は宇宙の中で痙攣する一本の線だ。
97. 人間は、何かいいことをしたい動物だ。もちろん①自分自身にとっていいこと(気持ちいいこと、快感、必要)②他人にとってもいいこと③社会・環境にとってもいいこと④宇宙にとってもいいこと
①~④が成立すれば最高のヴィジョンになる。しかし、いざ行動を起こすと、衝突があり、闘があり、文句・不平・不満・批判が続出する。さて、ニンゲンのヴィジョンは①~④の条件を含むものだとして、考えてみよう。
98. 曜日が消え、暦が消え、時計が消え、裸の(私)が露出していく。
99. どうやら、「精神と身体」という二分法・二元論が、毒だった。
100. 一日、コトとモノにあふれる形相のなかを歩いた。無数のパルスが(私)を刺し貫いて、光となって飛んでいく。そこには生きられる時間が流れていた。
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• 金曜日, 5月 01st, 2009

風景は、人の言葉以上に、多くのことを語る場合があるものだ。42年振りに、海陽町の山の奥にある轟の滝を訪ねてみた。

海南の大里の松原を1時間ばかり散策した。海岸線に2キロばかり、幅50メートルもある美しい松林がある。太平洋の荒波と激しい風が防ぐために、植林された松林である。松は、手入れも良くて、大木が天を突いている。下草が刈り込まれている為に、林の中を自由に歩くことができる。松林の中央に、道が走っていて、小さな車が通りぬけられる。

コンクリートの堤防を越えると、広い砂浜が、海に添って、延々と続いている。陸地から、肌理の細かい砂、小さな丸の小石、そして、波打ち際には、角のとれた、少し大きな石が、波の力で、海の底から打ちあげられている。

季節は2月だ。太平洋の暖かい潮流のせいか、あまり寒さは感じない。幼年期に、祖母に連れられて、松原の奥にある、神社の祭りに来たことがある。馬が走り、ダンジリが走り、松林の中へと逃げ込んだ記憶がある。海南高校を卒業した時、歩いて、10分ばかりのところにあるので、海を眺めに来たこともある。

夜、大人になって、海辺から、満天の星を眺めた記憶もある。

海は、水平線で、空と海がせめぎあって、直線ではなく、細かな突起があって、凹凸している。眼のとどくところまで、無数の波が生起しては、崩れ、崩れては起きあがり、岸にむけて、ゆっくりと押し寄せてくる。同じ形の波はひとつもない。凝っと、波の波動を見ていると飽きることがない。

音。波の音、潮騒が、リズムを刻んで、風にのって、耳の中心へと届く。耳、いや、記憶の、心の、もっとも深いところへ、太古の声を運んでくる。

30億年の昔に発生した生命の声だ。人間は、母の体内で、単細胞から、魚、爬虫類、そして、哺乳類・人間へと進化を、たった10ヶ月で再現するという。海は、人間の体内で、延々と生き続けている。身体の7割が水で、しかも、成分は海水に似ている。

海からの声に、心地良さ、郷愁を感じるのは、あたり前の、現象かも知れぬ。30億年の生命のリレーがあって、人間が登場したのかと思えば、自殺など、もったいない。自分の不遇や不幸を嘆いて、自己否定する間があれば、もっと、もっと、30億年という時間の果てにあらわれた「私」を使って、追求して、「死」が来る時まで、一滴残らず「私」という不思議を生き尽くせばよい。

放心する。海にむけて、五感を全開にする。時間が垂直に降ってくる。「私」と刺し貫いて、30億年という時間が流れる。気絶しそうなくらいの悠久の時の透明な貌が海のすがたと波の音に透視できる。

眺めていると、切がない。いつまでも、海に対峙している訳にもいかず、歩きはじめた。

何が起こったのか、何が発火したのか、轟の滝を見たくなった。海部川の源流、一滴の水が動きはじめるところ、海へと至る水のはじまりの場所、いつのまにか、そこへむけて車を走らせていた。

海部川には、大きな橋が二本架かっている。冬場だから、水嵩は少なく、白い砂利石が、流れの両側に山積している。随分と石の多い川だ。つまり、それだけ大量の石を運んでくる水量があるということだ。

田園には、ビニールハウスがあり、農家があり、想像以上に幅広い川原には、丸く、白い石がごろごろ転がっていて、川上にむかうに従って、その石が、形を大きくしていった。道は、舗装こそ終わっているが、山際に添って、川の岸辺を、奥へ、奥へと延びていて、だんだんと幅が狭くなる。

車が擦れちがうことも出来ないほど狭く、曲がりくねって、道の下は、崖、危険、注意、緊張が全身を走る。窓を開けると、もう、町の空気とは別の、山の、気の流れ、樹皮の香りが、鼻孔に入ってくる。ピュアーな空気だ。人家も、ほとんど見えなくなった。川には、石よりも、岩が増えてきた。もう、30~40分は走っただろうか。山容が、川の両側にせりだしてきて、空が山で区切られて、視界が狭まった。

巨岩が犇きあう光景が眼の前に展がったところで、車の走る道は終わった。車の外に出ると、森から、何やら、爽快な、山の気を含んだ風が吹いてきた。何トンあるかわからない巨岩が、川を占領していた。濡れた岩には緑色の苔が生えている。凭れ合い、支え合い、傾き、岩の形はさまざまだが、巨大な岩石の塊りは、時間の相を刻んで見えた。透明な水は、岩と岩をくぐりぬけて、静かに、静かに流れていた。

轟神社にお拝りをした。

冬の日暮れは早く、まだ3時だというのに、今にも曇り空からは、雨の粒が落ちてきそうで、橋を渡ると、森は、灰暗く、苔の生えた石段を登る足許が心もとなかった。

森はマンダラだ。迷宮である。自然が長い時間をかけて造った宇宙(マンダラ)である。巨木が森のシンボルだ。森があるから、神社ができたのか、神神があるから森ができたのか。おそらく、前者だろう。神社は、人が、森の放出する、霊妙な気を吸って、そこに、社を作ったにちがいない。気の流れが、人の心を、畏怖、畏敬という、自然な状態に導いたものだろう。確かに、歩いてみると、森閑とした、音のない時空ではあるが、耳の底には、音以前の音が達しているのがわかる。人に迫ってくるその力を、神妙な気持で受けとめるしかない。心が洗われるとは、そういうことだ。一切の余分なものが、脳裡から消えて、森というマンダラに触れているのだ。

社は、厳として、森の中心に建っていた。寺の仏、神とはちがった、場が放する力、時空が放する力、山が放する力の集合体が、社として在った。神社に何があるか、誰が祀られているかは、問題ではなかった。森そのものが宇宙(マンダラ)であるから、人が、それに感応するのだから、崇めても、当然である。

社から坂道を下ると、滝が姿を顕わした。見事である。右から、左から、数十トンはあると思われる、黒褐色の巨岩が空中にせりだしていた。その割れ目の、中心から、水が、滝となって、流れ落ちていた。岩肌は、まるで生きもののようにぬるぬるしていた。夕闇の迫る、滝の前で、立ち尽くした。頭上から落ちてくる水は冬場のために、さほど多くはないが、滝壺に向けて、垂直に落ちてくる。岩が、樹木が、苔が、巨石が、圧倒的な質感をもっていて、表現以前、名辞以前の、世界を造り出していた。

正に、風景を超える風景だった。

(見る−見られる)という眼の力を超えている。どんな画家も、作家も、写真家も、この光景の力を、表現することはできまい。それは、向う側にある、大きな力が、自然に、わからせてくれる、「観照」という力だと思った。人間も、森の、滝の、マンダラの一部と化してしまっている為に、観察などというものは、何の役にも立たない。ただ、照り返されて、在る、その只中に、あらゆるものが、縁でもって結ばれているのだ。

風が吹く、その瞬間の、機の中にいて、縁によって、ひとつの宇宙の合唱に参加している、そういう光景が、ただ、在るだけだ。

私は、滝に、巨岩に、巨木に、森に、途轍もない時間の流れと存在の不思議を見ていた。

雨が降ってきた。

森と社と山の気を帯びたまま、私は、轟の滝を後にした。

平成21年2月

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• 金曜日, 5月 01st, 2009

木は立っている。
蛇は這っている。
魚は泳いでいる。
鳥は飛んでいる。
人間は歩いている。
石はそこに在る。

風が立ち
水が流れ
火が燃えあがり
土がある

ものが動き
ことが起こり
エネルギーの
交換がある。
「世界」という
事象はたった
それだけだ。

超球は廻り続け
時間が生起する宇宙(コスモス)だ。

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• 水曜日, 4月 08th, 2009

熟すように人生の味深く

春は生命の躍動する季節である。灰色と淡い光の寒空と、鈍色の海、寒風が吹き、山も野も、平野も、褐色に染められて、猫もコタツで丸くなり、生命も縮んでしまう冬。

しかし、冬の底には、着々と春への準備がすすんでいて、淡い冬空が、いつの間にか、すみれ色に染まって、空の青が濃くなり、一月の水仙、二月の紅、白の梅が終わると、一気に光の力が強くなって、真紅の椿、黄色の菜の花が風に揺れはじめ、春の王さま・桜前線が春の香りをいっぱいに北上をはじめる。

人間の世界は、世界同時大不況である。人間は、景気が冬の時代であるから、どの顔も暗く、不安気で、心まで萎縮して、元気がない。

四季のある日本の自然は、人間世界とは関係なく、暦は還り、時の流れに合わせて、いつもの春を運んでくる。野外に春の力がある。

私は、帰郷するたびに、自転車で、あるいは、歩いて、訪れる場所がある。宍喰川の河口が海と交わるあたりから、旧道を海に添って歩くと、左に太平洋、右に小高い山の斜面が続き、漣痕を眺め、岩に砕ける白波の音を聴き、ゆっくり、ゆっくりと潮の匂いに包まれながら、坂道を三十分ほど登って、国民宿舎水床荘の跡地にたどり着くのだ。

四季折々の風物が眼を楽しませてくれる、私のウォーキングスポットである。

今年は、父が九十一歳で死んだ。一月の葬式、二月の四十九日の法事の後も、風に吹かれて海の見える、水床荘跡地へと歩いてみた。メジロが鳴き、トンビが空に舞い、磯浜には白波が立ち、潮風が頬を叩いた。人間、どう生きても一生は一生。一日は一日、誰にとっても同じことだなと、念仏のように呟きながら、歩き続けた。

私は、放心して、無私の心になって、風景を眺め、生きている、今、ここに立っている自分のことを、五感を使って全身で感じていた。

鈴ヶ峯から奥へ奥へと幾重にも連なる山脈、海へと突き出た、那左の半島、ふつふつと水と空がせめぎ合う水平線、眼下の竹ヶ島、遠くには室戸岬、ホテルリビエラししくいと、宍喰の町並み、これが、私の故郷だと思う。

”時熟”という言葉がある。哲学者ハイデッガーの言葉だ。時がめぐりめぐって熟すように、人間も、生きれば生きるほどに、人生の味が深くなるように、物の見方・考え方を鍛えたいものだと思う。

岬の尖端に立っていると、死者たちの声が聴こえてくる。百歳で死んだ祖母、九十一歳で死んだ父、四十九歳で死んだ弟、叔父、義兄、自分たちのことを書いてくれという声が耳の底で鳴り響いている。私は、昨年、二十二年間経営した会社の社長を辞めた。四国を舞台にしたレクイエム、長篇小説「百年の歩行」を執筆している。

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• 木曜日, 12月 04th, 2008

知識や観念の言葉ではなく、自分の言葉で

【井出】ここに重田君や私が、秋山駿の影響を受けてやり始めた同人雑誌『歩行』を持ってきています。創刊号が1987年12月、2号目が次の次の年の2月発行になっています。30年近い前ですが、2号で資金がなくなってしまった。

【秋山】おお、なつかしいね。みんな若かったな。酒もよく飲んだし。

【井出】あの頃書かれた小説を読み直してみると、もちろん若さのせいで気負いもあるけど、ひどく観念的、抽象的な世界を書いている、いや、観念的、抽象的な言葉で書いている。けど、今回、例えば狭い世界にいろいろ違う考えの人間が生きている。知らないうちに足を踏まれたり、自分もまた踏んだりしている、仕方がないんだ、という箇所がある。ちょうど僕もそんな場面に現実にぶつかって悩んでいたところで、涙が出るほど慰められた。小説的小説は見つけることの出来ない一行だよね。

【秋山】そうか。そうだよ。そういう処。本当は戦後文学の流れというものが1日1日、日常を生きている、人生の中軸に向かってよく考えて生きている人だというような流れになると思ったんだがね。君は埴谷雄高や三島由紀夫の小説をよく読んでいたが、今の君よりは年齢の下の人達の小説は読むのかい。

【重田】そんなに読みません。読めないっていうのか。どこか作家という職業に余りにも流されていて、僕らのように実際に物を売ったり、歩き廻っていたりする人間には、ここは嘘だろう、そんなところは違うよ、ということが多すぎてつまり距離がありすぎて読めなくなってしまうんです。もう少し、そういう現実の声が響いてくるようだともっと読めるんですけど。

【秋山】なるほど、作家という職業だね。今はね。普通の人が生きている中軸に向けての直接性がないんだよ。これはね、基本的には私小説、本当の意味での私小説だからね。

【重田】かつて、山口瞳がいて、秋山さんもその解説に書かれていましたが、生きている風景をきっちりと書いてくれる、こういう作家が何でその後出てこないんだろう、というような気持ちがあります。だから、どんどん小説を離れて、では何を読むかということを多田富雄の『免疫の意味論』みたいなものをどんどん読んでゆく。面白いんです。

本来の私小説の姿を、技巧や手口でなく

【秋山】あれは面白かったね。なるほど、しかしやっぱりこの作品は私小説なんだよ。主人公が実際に生き、生活している。それを書いているという意味でね。本来、私小説というものはこういうものだったんだよ。ところが、少しずつ私小説が変質していった。ある時から私小説が変わったんだね。当初私小説が抱えていたものは、人生如何に生くべきか、自分とは何か、というようなことをきちんと考えていたんだよ。当時それは新しい試みだったんだね。けど、その新しさが勝ちすぎてその部分のスタイルのみで日常を書くようになってしまった。さらにそれでは足りないということで、今は小説の手口、技巧、つまりこの小説とは違う意味での観念的なものや幻想的なものを入れるようになってきているけど、それでは違うんだよね。
この小説で日常や生活が書かれているんだけど、どういうふうに書かれているかというと、誇張していうと日常批判、生活批判なんだよね。批判なんだよ。本当は私小説というものはそういうものだったんだよ。

【重田】さっき山口瞳の風景描画のことを言ったんですけど、逆に自分の世代やその下の人達の作品を読んでいると、文章の中に思考する力というか、ものごとを追及してゆく粘り強いパワーのようなものが感じられないんです。感覚では分かるんですけど、魅力ある力を感じない。

【秋山】それはね、知識と観念というものはすごいもので、日常生活の細部に至るまで知識と観念で説明出来てしまう。観念の言葉で言える、知識の言葉でいえる、精神医学の言葉がそうじゃないか。しかし、それでは文学は駄目なんだよ。文学はそれでは死んじゃうんだよ。自分が生きている、坐り込んでいる地面から立ち上がるそのときの考えをある形にするということが文学なんだからね。そのとき自分で言葉を見つけようとする、その姿が今は非常に少なくなってきている。

【重田】でもやっぱり昔の癖もあるんですが、哲学で考えてしまう。

【秋山】それは駄目だよ。哲学は必要なものだけどね。哲学にあたるものを日常の言葉で考えてゆく、それが文学なんだよ。本来の私小説が担っていたものは、だから批判なんだよ。日常批判、生活批判なんだよ。そういう要素が現代文学には薄れてきてしまっている。

【重田】秋山さんはヴァレリーについてずいぶん研究されてきていますが、ヴァレリーは証券会社に勤めていて、10年、20年文学から離れていたということがありますよね。

【秋山】そうそう。そうだったね。

【重田】ランボーなどはすべて文学を捨てて、砂漠へ行ってしまう、ということなんですよね。

【秋山】そうだね。この間、栗津則雄氏と小林秀雄について対談することがあって、小林秀雄の「Xへの手紙」、ヴァレリーの「テスト氏」について語り合ったんだけど、私は昔、文学というものは、ああいう散文的なものにいずれはなる、今日的な文学というものは消えてなくなるんだと思っていた。ところが現実は違ったね。今の小説はどちらかといえばイギリス風なものだと思える。まあ、時代の変化ということもあるんだろうけど、昔正宗白鳥なんかが格闘した部分というようなものがだんだんなくなってきている。日常の細部というようなもの、哲学者が考えないようなことを作家が考え、自分の言葉を見つけながら形にしていった。

【重田】最近、大学の先生が書く小説がいろいろな賞をもらったり話題になったりしていますが、ああいう人の小説も僕の中には入ってこないです。

【秋山】優秀な人が優秀な小説を書いているね。でもね、少し矛盾した言い方になるけど、ああいう小説、日本の文学の流れの中にあったことはあったんだよ。明治の終りころから大正期、昭和のはじめくらいまでかもしれないけど、ロマンティシズム。プルーストとか日本で最初に翻訳されたときの文体に似ている。文体ということは人間の摑み方だね。あの当時の翻訳の文章というのが、それに当たるような気がする。久世光彦さんなんか、手法は違うけど、そういう香りがする。私には分らないけど何処かで現代を表す、もう1つの文体なのかもしれない。

【井出】現代文学ということでいえば、先日亡くなったばかりの山田風太郎の存在があって、組み合わせの面白さ、偶然の面白さを考えてみるということもある。例えば実際ではなかったことだけど、ある種の同時代にこの人とあの人が会ったら、森鴎外と志賀直哉が偶然に出会ったらというような小説が出はじめている。関川夏央とか高橋源一郎とか、そういう人が。

生まれ持った言葉、文学はその発見の旅

【重田】確かにIT時代の機能を使った面白さには刺激的なものがありますね。石川啄木が渋谷のAVショップの店員という設定とか、奇想天外の時代を現代にタイムスリップさせた面白さは刺激的ですよね。

【秋山】うーん。しかしそれはそれでいい、しかし刺激的であっても君にとっては駄目だと思う。せっかく実際に歩くセールスマンをやってきた、考える日常生活をやってきて、そこで愚鈍に積み上げてきたものがあるんだから。
やっぱりね、でも人は生まれ持った言葉、そういうのがあって、人はそれを知らず育てているんだよ。君の故郷、四国だっけ。

【重田】ええ、小さな町ですが、三方山に囲まれ、海に向かった町、鉄道も通っていなかった町です。

【秋山】今はだいぶ違うだろうけど、君が生まれた頃、それは閉ざされた世界だよね。

【重田】そこで親父が満州から帰ってきて土建業をはじめた。家族は父母の兄弟など10人くらいの大家族でした。そこの長男なんです。

【秋山】えー、はじめて聞いたよ。そんな処なのか。しかし、それは面白い。それをきちんと書けばいい。もっと具体的に。

【重田】でも大変なんですよ。やれ事故があった、誰々が怪我をした。年中もめ事ばかりで。

【秋山】だから、そこを書かなきゃいけない。それが君の言葉が生まれ育った処なんだから。中上健次みたいな世界だよね。

【重田】ええ、『岬』なんて作品と酷く似てるんです。環境的には。けど、僕のほうは現実の土建屋ですから、こんな揉め事、こんな事というとき、具体的にはこんな派生的な面倒なことが続いて起こるなんてことが手に取るように分かってくる。

【秋山】そこが面白いよ。そこを今から書きはじめなければいけない。さっき空海のこと書きたいなんて言っていたけど、それはその後、すっと年をとってからでいいよ。確かにそういう処から知識とか思想とかに憧れて東京に出てきたんだろうけど、文学をやる限り、そういう観念、知識、そういうものを自分の言葉で創り直してゆかなければいけない。そのためには君の、そういう世界をもっと直接的に視つめなければいけないよ。今日、いろいろな形式、内容の小説があるけど、やっぱり本当に自分を視つめ、自分の力強い言葉で書かれた小説というのが必要なんだと思うね。

【井出】本当はもっともっと論じてもらいたいことが沢山あります。特に文壇というのか、商業的な文芸雑誌に載らないとなかなか文学として認められないという現状があります。そこには一定の基準というか規範のようなものが流布されています。そういう中で、同人雑誌をコツコツ発刊している人。そうでなくとも生活に時間を苛まれながら1人で一生懸命小説を書き続けている意味、中央の言葉だけが蔓延する中で、本当に自分の中軸に向かって発してゆく文学は存在するのか。友人ということもあるのですが、重田氏の作品を通して、幾分かの問いは発せられたのではないかと思います。

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• 木曜日, 11月 20th, 2008

縁と機 日に日を重ね、夜に夜を継ぎ、車谷と順子さんは、光の中を、雪の中を、雨の中を、・・・・・

人は、いつでも歩いている。生きる為に、生活する為に、人は歩いて移動しなければならない。実に、簡単な原理だ。毎日、特別な理由を考えなくても、学校へ、会社へと歩いている。

しかし、その日常を離れた旅ともなると、目的や理由があって、計画と決意が必要になる。さらに、それが四国八十八箇所を巡る旅ともなると、もっと深い、縁や機がなければ、おいそれとは、実現がむつかしい。どだい、まとまった時間がいる、体力がいる、強い意志がいる、そして若干のお金が必要になる。

本書は、自他ともに認める「私小説」の第一人者である、車谷長吉が、四国路を、遍路として歩いた、日記風な紀行文である。処女作「塩壺の匙」、出世作「赤目四十八瀧心中未遂」は、現代では稀有な、本音を語る作家車谷の生きざまとその思想が、泡のような現代社会に対して、牙をむいた秀作である。反骨の人であり、決して、安全地帯に身を置いて、ものを書かない作家である。(私)という現象=(事実)にこだわって、余分なものを剥ぎ落として、人間の真形を追う車谷の形姿が、見事に、作品に結実している。

何時、僧になるのかと思わせる車谷が、四国八十八ヶ所に、遍路として、旅立つのだから、その理由・縁と機を知りたいと思うのは当然だろう。何にしろ、旅は、(事実)という現実に満ちている。車谷の五感が、思考が、四国の風景に、人に、邂逅して、未知なるものに遭遇して、どんな声や言葉を放ってくれるのかと、読者は、期待してしまう。

意外にも、車谷の感情巡礼は、奥さんの順子さんの発案によるものだった。詩人でもある順子さんは、父の故郷・愛媛県、西条に生まれ、千葉県の飯岡へと移転して、育っている。数十年振りに、父と自らの出自を確かめる為の旅だったのだ。車谷は、奥さんにひかれる牛のように、旅へと出発したのだ。

もちろん、車谷にも、それなりの内的な理由がある。長年、(私小説)を書き、小説に登場した、友人、知人、親族を傷つけたという(傷)、自らの業の深さ(私小説を書くという仕事)からくる(傷)、精神を病み、薬を呑みながら、少しでも、罪滅ぼしができればと、虫のいい考えを抱きながら、歩き続ける。

四国八十八ヶ所は、誰が歩いても、開かれていて、物語が誕生するという、不思議な時空であり、装置でもある。大昔から、空海とともに、大勢の人が歩き続けている。失業した人、離婚した人、事故にあった人、大病をした人、心を病んだ人、いや、現在では、若い人が、何気なく、ふらりと旅に出る場合もあるようだ。

徳島県で生まれて、18歳まで育った私は、幼年・少年時代に、たくさんのお遍路さんに会った。昔は、お遍路さんは一軒一軒歩いて廻りながら、お接待を受けた。念仏を唱えて、季節のくだもの、柿、ミカン、梨、栗、お芋、小銭のお布施をもらって、野宿をしながら、どこかへと歩いていくのが、遍路さんだった。彼方から来て、何者なのかわからぬまま、何処かへと立ち去る、まれびとが遍路さんだった。情報や知識を運んでくる人、村人の悩みや相談にのる人、私たち少年は、内なる眼で、その正体を探ろうとしていた。

四国八十八ヶ所は、年間、30万人が訪ねている。バス、タクシー、車、中にはヘリコプターで廻る人もいる。何を求めて、廻るにせよ、とにかく、歩くのが一番である。ただし、1400キロ歩く為には、約二ヶ月の日数がかかる。歩行は、思考の誕生の源だ。

四国には、四つの道がある。空海さんたちが歩いた古道。坂本龍馬たちが歩いた土佐街道などの、いわゆる旧道。そして、現代の県道、アスファルトの道。最後が紀貫之、長宗我部元親たちが渡った海の道である。

日に日を重ね、夜に夜を継ぎ、車谷と順子さんは、光の中を、雪の中を、雨の中を、声を掛け合い、離れたり付いたりしながら、俳句を作り、短歌を詠み、晩婚夫婦の、同行二人が続く。四つの道を歩き、車谷の(私)が光る。

車谷という人間が、ぶつぶつ呟き、批評し、回想し、思い出あり、毒舌あり、(事実)を追って、歩き続ける。機と縁の深さが、そのまま作品に現れる、四国八十八ヶ所恐るべし。車谷の眼には何が見えたのだろう。

「季節(とき)が流れる、お城が見える」(ランボー)

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• 火曜日, 11月 04th, 2008

昨年は作曲家・武満徹へのエッセイとか、感想・妻の語り下ろしの本などを目にした。没後10年になるという。もうそんなに時間が流れたのかと、私は辛い思いがした。

私は音楽の専門家ではない。学生時代にブラスバンドに参加したり、クラシックギターを弾いただけの経験しかない。素人だ。

しかし、無限に旋廻するバッハの音楽を聴いていると、音の運動に宇宙を感じるという至福の時を感じるものだ。

私に作曲家・武満徹を教えたのは、学生時代の友人Mである。私のアパートへ、一枚のレコードを持ち込んできた。
「面白い人がいるぞ。まあ、聴いてみろ、驚くから」
「ブマンテツ? って何者だ!」
「馬鹿! タケミツトオルっていう、天才だよ」

ステレオを買ったばかりの時だったので、いろんな友人が次から次へと、レコードを持ち込んできては、一緒に聴いた。

戦慄が全身に走った。今までに聴いたことのない音楽だった。バッハの無限旋廻ではないが、鋭い音の線が虚空に走った。どこにもない時空が出現して、その小宇宙が沈黙までも“音”に変える世界だった。

私は興奮した。“ノヴェンバー・ステップス”だった。私は武満徹の音の磁場にひきつけられて、快感で痙攣していた。

それからだ。曲はもちろん、武満徹の書いた評論、エッセイ、対談を貪り読んだ。

ここに、ひとりの“芸術家”がいる。詩人と呼べる人が中原中也で終わったのなら、作曲家で芸術家と呼べるのは、武満徹が最後の人ではないのか?

今では現代人にとって、芸術家という言葉は死語であろう。文豪・ドストエフスキーとか、谷崎潤一郎と呼んだのも、昔の話だろう。

私はいつか、武満さんに読んでもらえる“作品・小説”を書きたいと夢想していた。

まだ何者でもない、白面の一青年が、妙な考えに陥ったものだ。それも音の魔力か!

誰でも「本」を書き終えると、是非読んでもらいたい人が、何人かいるものだ。私にとって、武満さんはその一人だった。何しろ音以上に、言葉に対しても厳しい批評眼をもち、エッセイストとしても見事な文章を書いた人だ。ちょうど、天才画家・ゴッホの手紙のように。

拙書「ビッグ・バンの風に吹かれて」をお送りしたところ、丁寧なお礼と感想の入ったハガキが届いた。私は子供のように喜んだ。
「あなたの芸術を探求して下さい」と結んであった。「芸術?」 私のはただの作品・小説である。

調子に乗った私は「死の種子」(長編小説)を書き下ろした時、帯に一言いただけないかと、出版社を通じて頼んでみた。
「残念ながら、今は初のオペラの制作で時間がない。本が完成したら、送って下さい」と、断りのハガキが届いた。

私はただただ赤面し、恥ずかしかった。

“世界の武満”がオペラに挑戦する。一刻一刻が黄色のように大事な時間にちがいなかった。

その時、武満さんはガンとも闘っていた。“オペラ”は、ついに幻のものとなった。音が言霊に重なって、球体になるオペラを、是非聴いてみたかったが。

新聞で、武満さんの死を知った時、私は一晩「ノヴェンバー・ステップス」を聴きながら「音、沈黙と測りあえるほどに」エッセイ集を読み耽った。芸術家は作品の中にすべてがある。

それから、あれから、私はいったい何をしてきたのか。確かに「○△□」という小説集を出した。全身全霊を投入した作品だった。

しかし約束した“芸術”には程遠い。

現在「百年の歩行」というライフワークの想を練り、ノオトを執っている。私が音楽で魂を揺さぶられたように、言葉、文章で人の心を掴んで離さない作品の完成。私のヴィジョンは、いつ完成するのかわからないが、武満徹さんからいただいた二枚のハガキに応えられるものが出来ればと、新年から自分自身を鼓舞している。

自分の持ち時間だけは誰にも分からないが…。

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• 火曜日, 11月 04th, 2008

読書の楽しみは、どんな時代に生きた人のものでも、自由に読めることである。一生出会うこともない、もう死んでしまっている人の声、はるかな・遠方の・別世界にすんでいる人の声、文章には未知の・遠い・遠い人たちも、まるで知人や友人や肉親のように、知ることができる長所がある。

その人の姿や考え方、生きざまがくっきりと浮かびあがる。【本】は時空をとびこえる声の乗り物だ。その声に耳を傾けない手はない。もったいない。人が実人生で会う人間の数も場面も限られている。

では、現に我々が生きている同時代人のことを、よく知っていると言えるのだろうか?

私はなぜ、小説を書くかと問われれば、私自身はもちろん、現在生きている人間を描きたいからだと答えたい。私たち(私)はどこから来て、どこへ行くのか? 私たち(私)は何者か? という大きな謎に対する、私自身の答えを探求したいためだ。

もちろん、生きていること自体が、その行為に直結している。

さて“秋深き隣は何をする人ぞ”の句ではないが、現代という同じ空気を吸って生きてはいても、人は実にさまざまなスタイルで考えたり、生活していたりするものだ。人の心は、容易に理解できない。

私も何人かの気になる作家が書いた【本】は、いつも出版される度に購入して、読み続けている。その声を知りたいからである。現在(いま)何を考え、どう生きているのか、その一人に“池田晶子”がいる。

池田晶子が、わが国で最も難解だ(?)とされている長編小説「死霊」の埴谷雄高を論じはじめた時から注目している。そして新しい自分の手法を考案してから、現在に至るまで、出版された池田晶子の本は、すべて熟読している。

池田晶子はとにかく面白い。いや、彼女の思考の形を読むのが快いのだ。池田晶子は長い不遇の時代があった。いや「植木師に手を入れられた悲しさよ─(中原中也)」ではないが、編集者と衝突した時代があったらしい。

もちろん、本物は、才能は、どんな困難があろうとも、独りで立ちあがってくるものだ。

池田晶子はいつも、この“私”から出発して歩きはじめ、何時(いつ)の間にか迷宮の森へと誘い、驚きのつぶてを投げ、揺さぶり、新しい発見へと導いてしまう思考の力業を発揮してくれる。そこには、いつも考える池田晶子が立っている。端正で、明晰(めいせき)で、寸分の狂いもない文体がある。

まるで考える球体である。触れれば、どこからでも入っていける。もちろん、出口は読者に任されている。読む人の力、眼力に応じて、その内容がいくらでも深くなるように仕組まれている。

池田晶子の本が出る度に、ついつい買ってしまい、時間を惜しまず読み耽ってしまう。愛読者である。一面識もないのに、その直感と思考の形を追うことで、人間としてもっとも良く知った一人になってしまっている。

読むということは、実は同時に、生きることであり、そのスリルのある瞬間を共有しているのだ。

私にとっては、実にわかりやすく、その繊細な思考の糸、言葉の配置までが見えてしまう。彼女の直感が捉えたものが、文章となって起ちあがってくる気配やその手順までが透けて見える。文章・思考が私の心の中央に突き刺さるので、私も読みながら、私の思考を組み立てて対応している。読書とは受け身ではないのだ。私の内部にあるものが、文章を読む瞬間に発火しているのだ。だから面白いのだ。

しかし池田晶子の書くものはむずかしい、わからない、という人が必ずいる。なぜか? 【私】と彼女が言う時の【私】。存在そのものが、社会に生きて身につけているもの(いわゆる社会的私?)と混同されるからだ。出身地、名前、立場、仕事…などなど。

「内部の人間」を書いた秋山駿も、長い間、その為に誤解された。いくつかのポイントを踏まえておけば、秋山駿も、池田晶子も、実に正確すぎるほどの【正論】を述べている人たちだから、なるほどと合点がいくのだ。いわば裸の“私”を問題にしているのだ。

日本には、明治の北村透谷「内部生命論」にはじまって、考える人という系譜があるのだ。埴谷雄高、秋山駿、池田晶子に至る、思考する人たちだ。もちろん、小林秀雄はその中心にいる。

池田晶子は哲学する人というよりも、すべてをただただ考えつくす人だ、という風に私は考えている。存在そのものが割れてしまう地点まで、思考が、考えることが、特異点に衝突して破裂し、狂ってしまう、その一歩手前まで行ってほしい。

その為には、現在の3〜5枚の考えるシリーズとは別に、そろそろ本格的なものにも挑戦してほしい。

私も感想ではなく、きちんとした池田晶子論や、秋山駿論を書かねばならぬ、と考えているが…。

重田昇が選ぶ【池田晶子の本】ベスト3
①「新・考えるヒント」(小林秀雄論)
②「帰ってきたソクラテス」
③「考える日々」