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• 火曜日, 11月 04th, 2008

120年の小説の種子と果実

人間は、いつまでたっても、私という不思議を生きている、ひとつの現象だ。人の心はもっと不思議で、どのようにして作られ、どのようにして変容していくのか、自分自身でもわからない。

本書を2度、3度読みながら、私の心に鳴り響いていたのは、そんな思いだった。

古希まで生きてきた・考える人・秋山駿が、日本の「小説」の種子となった百年前の名作「私小説」を読む。当代切っての小説読みが、生きてきた全重量をかけて、1ページ1ページ、人間の真形を追いながら読むのだ。毎月毎月、何年も、プロとして読み、批評してきた職業としての読書から離れて、自らの再生の為に、血肉と化していた、小説の言葉を追う。もちろん、秋山駿にとっては、読むこと、考えること、生きることは、同義語である。発火あり、衝突である、それが読書だ!

秋山駿には、生きるための生の綱領というものがある。①自分の土地をもたない②自分の家をもたない③自分の子供をもたない。3本の柱は、秋山駿の指針であり、その他、お金について、仕事、結婚、生活の細かな断片に至るまで、秋山駿流の流儀で染まっている。

一見すると、社会に生きる人のベクトルとは正反対のように見えるかもしれない。

では、その生の綱領はどこから来たのか。理由も場所も明確である。

敗戦後に少年だった秋山駿は、焼け跡という現場で、人間たちの裸形を見た。生きる為に必要なものが何と何であるか、考えた。

もうひとつは【本】から得た思想である。ドストエフスキー、ランボー、ヴァレリーの声が心を刺し貫く。【本】という父親から、生きる為の指針・声の遺伝子を得たのだ。

理由なき犯行を追い、道ばたから拾ってきた石ころの声を聞き、言葉を与え、法則を作り、そこに無限を見ようとした(?)。無名の、普通の石ころや砂粒として生きようとする人だ。

「内部の人間」から「舗石の思想」や「砂粒の私記」へと至る思索シリーズは、私とは何かと問いつづける秋山駿のライフワークであり、まるで、ルソーの「告白」やリルケの「マルテの手記」の兄弟のようである。

実は秋山駿には、もうひとつの貌がある。嘉村礒多など「私小説」家たちの、詩人中原中也の、小さな声、真摯な人間の声に耳を傾ける心性である。大思想や大文字の【法】の声ではなくて、自然に、生きている人から滲みでてくる声を聞きとる【いい耳】をもっている。

秋山駿が「私小説」を好むのは、人間の裸形が、そこに発見できるからである。知性や教養や作為や技術ではなく、必死に生きる姿・真形が、脳ではなくて、心を打つから「私小説」を読むのだ。

「源氏物語」や「平家物語」からはじまって、西鶴や近松など「物語」の歴史は約1200年も続いた。「小説」という種子が誕生して、たかだか120年である。新しい人間の姿を描く「小説」という器は、もう、息絶え絶えになっている。読むべきものがない。面白くない。なぜか?
秋山駿は、告発する。作家たちが「浅瀬を渡っている」からだと。よく読みもせず、よく考えもせず、よく生きもしない人間が「小説」という形をかりて、書き散らかしているからだと。私も思う。

明治の小説の原点、種子としての小説の誕生には、どんなことが起こり、何が問題になったのか、秋山駿は、原本を読むことで、一言半句、一声を掬いあげる。花袋の描写論やモデル問題は、古い昔の話か?三島由紀夫の「宴のあと」、柳美里の「石の魚」は裁判にもなって、敗訴したではないか?「人生と文学」を一生疑い続け、「?」「?」の連発と「・・・」で終わった「平凡」を書いた二葉亭四迷の問題は、果たして、古いか?

翻訳で「象徴主義の文藝」の名文を作った泡鳴が、小説「耽溺」では、思想の作品化に大きな挫折をする。しかし翻訳した言葉は、後に小林秀雄や河上徹太郎に大きな影響を与える。

大病を患った後、病床で、樋口一葉を読む秋山駿の姿を思うと、思わず本から眼を離した。無私の眼に、一葉の姿が写るのだ。

藤村の随筆、白鳥の批評眼と生き方に関する自由な考察など、実に神妙な響きに満ちた【本】だ。秋山駿は、考える人から、全身、五感を使って生きる人に変わっている。心の水準器の目盛りが、大きく揺れているのだ。小さな声の方へと。

最後に、秋山駿の思索シリーズの中にも、見事な「私小説」的な場面があると、指摘しておきたい。

継母が家を出る時、青年・秋山駿は、追いかけて行って、何よりも大切な石ころを、そっと差し出すのだ。天才画家ゴッホが、自分の耳を切って、貧しい女に手渡した、あの心性に似ていないか?

本書に取りあげられた作家と作品/山田花袋「蒲団」「生」/岩野泡鳴「耽溺」/二葉亭四迷「平凡」/樋口一葉「たけくらべ」「にごりえ」/島崎藤村「藤村随筆集」/正宗白鳥「自然主義文学盛衰史」

なお、原典を読んでいない読者にも、全体がわかるように引用文が多用されている。実は引用文も本文と同じ意味を持ち、秋山駿の視点が何を捉えているのか、読者が試されるようになっているのだ。

Category: 作品, 書評
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