書くもの、読むもの、講演する内容まで、変更を余儀なくされる、大事件が、3・11である。
当初、講演を頼まれた時、「早稲田文学」の歴史(現在は第10次)をふりかえりながら、その時代時代を映した作家、作品を語ろうと思って、自分流に、30人の作家たちを選んで、表にした。(自然主義文学を中心に)
超高齢者社会であることから、83歳で没するまで、生涯現役で、書き続け、齢をとればとるほど、筆の冴えを見せ「今年の春」(父の死)「今年の初夏」(母の死)「今年の秋」(次男の死)「リー兄さん」(四男の死)と、生きるニンゲンの声と姿を、渋い文体で書き続け、小林秀雄との、トルストイ論争「思想」と「実生活」で、白鳥の本領を発揮した、その正宗白鳥の、現代性、人と作品を、語る予定であった。 「三田文学」荷風と比較しながら。
3・11の衝撃で、急遽、井伏鱒二の、原爆を扱った名作「黒い雨」を、フクシマの原発事故と関連づけて、お話させていただいた。
井伏鱒二は、ヒロシマの隣の市・福山市の出身である。市井の、庶民の生活を、からめ手で語る、姿勢とは、一変して、本格的に、正面から、「ヒロシマ」に立ちむかった作品が「黒い雨」である。ヒロシマの原爆から20年、昭和41年、67歳の井伏は、普通の生活者の視点で、リアリティのある、日記、手記、記録というスタイルで「黒い雨」を書きあげた。
”飢えた子を前にして文学に何ができる?”
”小説を、論文を書く暇があったら、現地に入って、瓦礫の1つでも拾え”
という声に、見事に応えたのが、文芸作品「黒い雨」であった。
出版から40余年、文庫本「黒い雨」は、現在、増刷を続けて、72刷と、読み継がれている。
水、食べもの、着るもの、眠る場所、土木工事、病気の治療、医者、支援金、具体的に、役に立つものが、いっぱいある。時間の推移によって、”必要”なものが変わる。記録する、文学は、心の支援となる。”震災”の傷は、一生消えない。心は、傷ついたまま、被災者は、一生を生きる。
おそらく、フクシマは、人間の思考を変える、ターニング、ポイントになる。その中かから、誇らしい人間、思想、作品が立ちあがってくるにちがいない。おびただしい言葉が、書かれ、話され、語られるであろう。
現在、科学者、政治家の言葉は、「信」を失ない「疑」となった。被災者の人々の声の力に対応できない。
そんな中で、辺見庸(作家・石巻市出身)の言葉と、和合亮一(詩人・南相馬市)の声、ツイッターだけが、光っている。辺見庸「眼の海」(わたしの死者たち)(—「文学界6月号)27篇の詩は、鎮魂の歌である。圧巻である。和合亮一の「詩の礎」ツイッター詩は、リアルタイムで、地震直後の、自らの心の流れと、見るもの、感じるもの、考えるものを、追い続けていて、心にしみる作品となっている。
講演会後、懇談会があった。熱気につつまれた人たちが、次から次に私のところに来て、「黒い雨」を読みたい、もう一度、読書をしてみたい、と感想を語ってくれた。ありがたいことである。一人でも多くの、聴衆の方々が、もう一度(考える)契機にしていただければ、私の拙い、講演会は、成功である。
私も、3・11について、アフォリズム「無」からの出発—1601~1700本を書いた。(「コズミックダンス」を踊りながら)
是非、お読み下さい。
「早稲田125年文学地図」 あなたの文学度チェック表
A : 作家は知っている B : 作品を読んでいる
A B
□ □ ①正宗白鳥 「入江のほとり」 「何処へ」 (岡山県)
□ □ ②井伏鱒二 「黒い雨」 (広島県)
□ □ ③横光利一 「機械」 (福島県)
□ □ ⑤石川達三 「蒼氓」 「人間の壁」 (秋田県)
□ □ ⑥尾崎一雄 「暢気眼鏡」 (神奈川県)
□ □ ⑦丹羽文雄 「親鸞」 (三重県)
□ □ ⑧五木寛之 「青春の門」 (福岡県)
□ □ ⑨野坂昭如 「火垂るの墓」 (兵庫県)
□ □ ⑩三浦哲郎 「忍ぶ川」 (青森県)
□ □ ⑪後藤明生 「挟み撃ち」 (福岡県)
□ □ ⑫高井有一 「北の河」 (東京都)
□ □ ⑬立原正秋 「薪能」 「剣ヶ崎」 (朝鮮)
□ □ ⑭秋山駿 「内部の人間」 (東京都)
□ □ ⑮立松和平 「遠雷」 (栃木県)
□ □ ⑯村上春樹 「羊たちの冒険」 (兵庫県)
□ □ ⑰小川洋子 「博士の愛した数式」 (岡山県)
□ □ ⑱保坂和志 「この人の闘」 (山梨県)
□ □ ⑲磯崎憲一郎 「終の住処」 (千葉県)
□ □ ⑳綿矢りさ 「蹴りたい背中」 (京都府)
集計 A : 人 B : 作
●優・文学通 A (18人以上) B (15作以上)
●良・常識的 A (14人以上) B (10作以上)
●可・今一歩 A (10人以上) B (5作以上)
●不可・非文学的 A (5人以下) B (3作以下)