「40余年ぶりに甦った詩!!新型コロナ禍に読むと、そのリアリティが倍増する詩~」
春
三月の光線が膨らむ季節には 私の場所がない 物は怯えながら 自らをひろげる 私は はじらいの気配に躓く心を静思し崖落下 躰を制止身悶え狂い 桜の花正視から気狂い 放たれぬまま 私は歩く 歩行が呼吸を決定する 私は時間に触れる 散る花びらを踏む 樹皮を撫でる ある夕方 時間を刻んだ 垂直に来たあのひとの眼差し貫かれ 夢の私を視る私消え 私という自然の絃川流し 眼が人殺し 歩かされ 戻らぬ私の漂流旗印し何処だ 私は確認する 物質自体と魂の裂け目背負っても自然 朝の食卓につかぬ人はない 夕から歩けば
夏
七月の光線が割れる季節に 無数の独楽が回転する あの忌々しい一点とこの痛み一点が接合する真昼の海 砂粒の静止が破れ 水の移動が拒まれる 風の手足が千切られる 物の差異が眼にみえず分裂の境にある私の影 スピン狂い 問う形から問われる形まで展げられた迷路 その時まだ眼を閉じるな 自分を喰い尽す蛸の場所まで移動しろ 夢の中で視つづける もう一人の執拗な私 風吹く夕まで直線に歩くあのひと 静止しているのではない誘われた記憶の貼絵 起つ位置は 今 信じきる一点 辛い嘘 暗い背中の眼に睨まれた生きもの 光の暈に射しにかれる砂粒 棄て去られた廃船を支えたまま 揺れる海を貫くものを叩け 正視できぬ夏の光線を 単純な私の一歩で割れ 塩水を飲んだ私のまま 奇形の現実もあるという承認を刻め
秋
十月の光線が縮む季節を 物は移動する 秘められた気配に犯され 私の位置が暗がりの方にずれる 抱きかかえてきた固有の法にひび割れが生じる めくれあがる一枚の皮 覗く者から隠す者まで 禁じられぬ共振れ その一瞬紅葉散る 水は流れる 何処へ 宿命のまま鳥は翔ぶ 頂点から底辺まで含み尽くたあのひとの眼に刺されて 蟻は這う 私は貼りつけられた鏡の闇から歩行する 崩れおちた隙間を狙う痛みの一歩 均質としか名付けられぬ場所で 怯み 蠢く単細胞の夢の幅 胎児から少年まで透視した地図上で 問われてみるがいい 歩きはじめた唇から 鍛えられた年齢分の網領が紡ぎだすものの暗い形 縮む光線の東のもとで物自体がおののく 私は 自然の形で 大量の水を 胃袋に与える
冬
一月の光線が沈む季節へ 支配された私が侵入する あのひとに潰されたまま蹲っている部分 占領できぬ部屋の数が私を照らしだす 凍えた指の肌に触れるものが私 寂寥の後 笑い声の背後に立ち尽くし 視つづけている眼の死刑 その形一切が浮遊する光景風の舌舐めろ 暗がりで萎えたまま 私の芯も起て 躓いた蟻の脚が露出する裸の方式 垂直に来たあのひとを 雪の舞いで消せ 石にとまる冬の蟻を視るな 闇の奥処で息づくものは 命名すれば寂寥ばかり 底をついた米櫃に強制されたその場所を 眼を閉じて 通過する人でもあるまい 我楽多に我楽多の論理 紙人形の唇蹴れ 胃酸過多の都市裂けろ ひび割れた私の歩く余白には 私を 限りなく 私へ導く強みがある その一点が 私の踏みだす意志の形 物質が消す 空中楼閣の夢
文芸季刊誌「歩行 第一号」(昭和四十九年刊)
昔、27歳の時に書いた詩が甦って、読者の方々に、衝撃を与えている。
「これ以上の詩を読んだことがありません」「霧箱は、ひとつの暗号です」「メタファー極致です」「(言葉)の向う側の(コトバ)です」(読者の声)
色紙で千羽鶴を折るように あらゆる言葉を折り込んで 不可視のコトバに至れ(声)
ニンゲンに 一体 何ができる?
今日もコズミック・ダンスを踊っている
朝の光の中で 趺座をかいて 大きく鼻から息を吸って 細く長くゆっくりと口から息を吐く 呼吸そのものになって ココロと記憶と意識の一番深い井戸の底へ
時間が爆発した
空間が爆発した
意識が爆発した
コトバが爆発した
気がつくと 朝と昼と夜がめぐる 見知らぬ場所に 突然 放り出されていた
一即無限の(私)がいた(数の魔)
青空に夥しい光の独楽が廻っていた
歩くと 空は垂直になり 蓮華畑に横たわると 水平になっていた (私)は突然 光の独楽になっていた
もう もとの(私)には戻れない!!
発狂するほどの畏怖と恍惚がやってきた
かつて(私)は光だった(ファースト・スターの)
かつて(私)は波だった(重力の)
かつて(私)は風だった(ビック・バンの)
一即無限の宇宙であった(時間の魔)
それから? それから?何があった?
歩行者になった(極北へ)
思考者になった(一切知者の道へ)
労働者になった(額に汗して)
一即無限の世界があった(次元の魔)
ニンゲンに 一体 何が出来る?と呟きながら 気がつくと もう古稀 無常迅速
(私)は いつのまにか 宇宙の大合唱に参加していた 青い光の独楽となって廻っていた 無(私)になって 超(私)となって ただコズミック・ダンスを踊り続ける 不可視のコトバであった
(1月12日)
死の淵に立つものがある
生の中心に起つものがいる
秋の大風が吹いた。風速62メール。年齢40年の庭の柿の木が傾いた。植木屋たちが電動ノコギリで木を伐り、クレーン車で中空に吊りあげた。現れたのは幹周り約1メートル、高さ60センチの切り株だった。「痛イ!!」木と(私)が同時に叫んだ。
朝の儀式がはじまった。縁側に坐って、2メートルばかり先にある切り株と空になった大空を、毎日毎日眺め続けた。今日で183日目の朝。キラキラ光る木の粉が四方八方に飛び散って、銀河となって黒い土を蔽った日、時が流れて、セルロイドのピカピカ光る断面が、いつのまにか、灰色の黴で覆われ、表面に、いくつかのひび割れが走り、中央に、ひとつ、黒い穴があいた。
喪ってみて、はじめて、見えてくるものがある。空一面を覆っていた6月の新緑、秋の光の中に赤々と輝いていた約300個の熟柿、メジロ、モズ、ヒヨ、シジュウカラと乱舞する野鳥たちの豊饒のイメージが空に。
100日目の朝、切り株がコトバを放ちはじめた。(私)も応えて、コトバを放った。ふたつのコトバが感応して、入り混って、シャッフルされて、インタービーイング(相依相関)の結ぼれが出現。時空のひろがりの中に、小さな、小さなコトバ宇宙が形成された。
実存主義者、フランスのサルトルの小説「嘔吐」の主人公・ロカンタンは、マロニエの木の根を見て吐いた。日本の重田昇と呼ばれている作家は、詩「暗箱」の中で、切り株を眺めているうちに、合体して、共生した。区切り、膜、境目、距離、壁を消し去って、時空のひろがりに浮遊している。
184日目の朝、縁側から、サンダルをはいて、庭に降り、切り株の上に腰をかけた。半眼になって、呼吸を整え、虚空に切り株を思い浮かべて、20分ばかり瞑想をした。
突然、地核から電流のように走るものが来て、切り株と(私)を同時に刺し貫いで、中空へと疾走した。まるで(入我我入)のような心境であった。(私)は、いつの日にか、眼の限度を超えて、あらゆるものを透視してしまう「暗箱」という見者になりたい!!
※「霧箱」「泡箱」に続く「箱」三部作のひとつ「暗箱」です。
1 揺らぎから来た
波が騒ぎ 泡が立った
風が吹いている ビッグ・バンの風が
何処から何処へ ∞
(木)が(私)の中へ
(私)が(木)の中へ
2 流れる 時間の滝が
「間」をくぐりぬけて
(木)がない (私)がいない
3 現れる 消える こともない
「名前」がないから
( )がある )(がない
( )があることもない)(がないこともない
4 浮遊する
空へ 青空へ 漆黒の闇へ
前に歩くと後ろになる
上に歩くと下になる
右に歩くと左になる
一切が永遠の宙吊り無限放射の鏡
5 宇宙に歩をすすめると
コトバ系が見事に壊れてしまう
わが惑星・地球の
結ぼれの環 コトバよ
量子のコトバとなって
死者たちの耳にも届けよ
6 飛ぶ超球へのステップ
眼がない いいや(ある)やっぱり)ない(
口がない いいや(ある)やっぱり)ない(
舌がない いいや(ある)やっぱり)ない(
皮膚がない いいや(ある)やっぱり)ない(
意識がない いいや(ある)やっぱり)ない(
無数の( )と)(の群れが
泡立っている
確かに
宇宙にたったひとつの
泡箱がある
※「霧箱」「泡箱」「暗箱」と「箱」シリーズのひとつです。
(無)から来た
(私)という骰子を
今日も振り続けている
あれかこれか 左か右か真ん中か
あれでもない これでもない
鳥は 鳥の意識で
(夢=現実)を見る
何を?
見えるものから 見えないものへ
魚は 魚の意識で
(夢=現実)を見る
何を?
見えないものから 見えるものへ
時空の無限放射の中に居る(私)
視点を変えると
(私)は時空へと無限放射されている
ニンゲンは もちろん
ニンゲンの意識で
(夢=現実)を見る
何を?
在るように在るから 想うように在るへ
もう(私)は 私自身を
一日も考える力をなくしている
いや 一時間も いやいやものの三分も
見ろ!!欠伸までしている 混沌の中で
ニンゲンは 本当のものを見ると
気が狂ってしまうから
まあまあ ボチボチ
日々流されて生きている
宇宙の歯車が
時代の歯車が
また ひと廻りして
ひと呼吸遅れて
振り出しに戻った(私)も
ゆっくりと 自然に
(私)の歯車を廻してみる
(私)のリズムで (私)の流儀で
(私)の内なるステージには
朝 目覚めると同時に
いつも 私が起っている 自然に
だから 自由に
何処へでも歩いて行ける
なんの不思議もなく
ある日 午後二時 歩いていると
(私)の内なるステージに、 突然
他人が起っていた
私は 右か 左か決められず
石ころに躓いて 転んでしまった
ある夏の日の夕方
(私)の内なるステージに
次から次へと 他人が起った
24人の他人がいた
私は方向を見失って 途方にくれた
他人は、各々、勝手に 四方八方へ
と歩きはじめていた
ある夜 午後八時
部屋の真中に坐って
ラジオを聴いていた
突然、(私)の内なるステージに
風が吹いて
私はただのがらんどうになっていた
ある深夜 午前一時
(私)の内なるステージ自体が
突然 消えて 蒸発していた
私の場所も位置も形もなくて
ただ 器官なき身体となった私が
時空のゆらぎの波に洗われていた
花もない
種子もない
朝は辛い
(平成30年12月12日完)
他人(ヒト)は青空をどのように見ているのだろうか?実は誰にもわからない ただ自分の見方・見え方があるだけだ
ゴッホの絵画の 空 顔 風景には渦巻きがある 渦の生成の秘密はいったいどこに あるのだろうか
空は廻る 水は廻る 空気は廻る 生命は廻る あらゆる物質(素粒子も)は廻る スピンするゴッホの絵画宇宙である
ゴッホは空を幻視する 渦だ と 顔を幻視する 生命は 渦だ と ヒマワリを幻視する 渦だ と 宇宙渦をゴッホは透視した
私の青空には独楽が廻っている
無数の光子がスピンしている
決して絵画のような美しい青空ではない
畏怖する美の独楽である
存在と非在の根の根を
ゴッホは渦と見た
私は独楽と見た
渦と独楽は兄弟だ
3・11の大津波の渦
原発の原子の独楽
大地震の揺れる渦
見えない海辺の量子の独楽
色彩と線と形でゴッホが見たものは
精神のリールが切れる瞬間の
分裂した 魂の宇宙である
一切が起ちあがり
一切が消失する地点で
私は無限回転する独楽を見る
見えない 透明なコトバで
宇宙を一筆書きしてみせる
死者の魂に呼ばれて
風景そのものに呼ばれて
時空を超える旅に出る
今日ノ花ヲ今日摘ム
ある日 突然 何かが発火して
記憶の暗箱の一番奥に眠っていた
ひとつの風景が起ちあがってきた
百年という時間を生きた
祖母キヨの故郷 阿波海南大里の寒竹迷路
木立と竹林の中に
曲がりくねった24本の細道が走っている
国道55号から海辺の松林まで
家々は閑かに 生垣の中に沈んで見えない
いくつもの入口と出口がある
歩いてみると 振り返ると
もう 道は高い生垣の中に消え
眼をあけて前方を見ると
道は緑の生垣に隠れて見えない
今 歩いている ”今” も
何時の ”今” かわからなくなる
方向感覚が狂い 時間感覚が狂い
一本道も 三叉路も 四ツ辻も
イヌマキ 寒竹 常緑樹の緑の壁で見えない
前も後も 右も左も 道があって道はない
五歳の少年は泣きベソをかいた
「お祖母ちゃん 手エー放さんといて ボク迷児になるさかいな」
十歳の少年が言い放った
「お祖母ちゃん 大里の道はおもしろい ボク 友達と ”お鉄砲屋敷” 探険してくるわい」
六十歳で歩いてみると 曲がりくねった24本の里道は 閉じてはいない 開かれている
見えない道へと
大里では ”私の時間” が自然に ”時熟” していた 道も生きている 四百年の時空を超えて
※(長篇大河小説『百年の歩行』全30章の中の第1章を「詩」にしてみました。平成30年刊行予定)
”無”と”無限”が結婚する。
長い間、バッハの音楽を聴くたびに、そんな思いを強くした。オルガン音楽は、無限螺旋階段を、昇ったり、降りたりした。ヴァイオリンによる、無伴奏パルティターやシャコンヌは、気が狂いそうな無限深淵へと、聴く者を連れていって、虚空へと放りだしてしまう。
ある深夜のことだった。ラジオの、深夜放送に、ゲストとして、ヴァイオリン奏者の、千住真理子が登場した。二年間、出演したが、今夜が、最後だから、と挨拶をして、今夜は特別に、生放送で、バッハを弾くという。
「バッハは、禅僧にならなければ弾けません」私は、そのコトバに、同志を見た。
ニンゲンの運命のベェートーベンでもなく、疾走する悲しみのモーツアルトでもなく、大地の歌のマーラーでもなく、光の煌めくドビュッシーでもなく、バッハは、神的なのだ。
バッハが流れた。千住真理子が翔んだ。バッハは、禅僧になって作曲した(無相)。千住真理子は、禅僧になって、ヴァイオリンを弾いた(無我)。私も、自然に、禅僧になって、バッハ音楽を、聴く人になっていた。(無心)。
闇の底に横たわっている、手と足が消えた。眼と鼻が消えた。舌と肌が消えた。胴体と内臓が消えた。頭と意識が消えた。耳だけが、宙に浮いていた。バッハが流れる。バッハの時が流れる。いつのまにか、最後に残った、私の耳まで消えていた。私は、私の外部へと誘い出されていた。
何処へ。果てへ。深淵へ。無限へ。はじまりもなく、終りもなく。快楽は大欲であった。私は、バッハの音になっていた。バッハと、千住真理子と、私が、ひとつの音となって、生きていた。至高者になっていた。
そして、終に、
非想非非想天へと、超出していた。そこには、異次元の時空があった。バッハ音楽(うちゅう)である。
”無”と”無限”が結婚している。
花
見ているのは、誰?何?
眼が
脳が
(私)が
いいや
あるいは?もし?
声
聞いているのは、誰?何?
耳が
脳が
(私)が
いいや
あるいは?もし?
コトバ
話しているのは、誰?何?
口が
脳が
(私)が
いいや
あるいは?もし?
イデア
考えているのは、誰?何?
意識が
脳が
(私)が
いいや
あるいは?もし?
アートマン
存在しているのは、誰?何?
原子が
脳が
(私)が
いいや
ただ、超球宇宙を
透視もゆるさぬ
銀河級の
巨大な量子の鳥が
翔んでいるだけ