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• 火曜日, 11月 04th, 2008

日が長くなった。

5時3分発の特急に乗って、大阪の街を出ると、西の空に膨張した真赤な太陽が輝いていた。

【新宮】は実になつかしい名前だ。和歌山県、新宮市出身の作家、中上健次が出世作「岬」は芥川賞を受賞した力作である。東京の阿佐ヶ谷で、ひと晩、酒を呑み交わしたことがあった。芥川賞受賞後だったので、意気軒高であった。「一緒に文芸雑誌を出さないか」と誘ったが、今は時の人で、多忙を極め、話は立ち消えてしまった。

カラオケに立ち寄った。中上健次は、都はるみの『北の宿』を、声量のある野太い声で、楽しそうに歌ってみせた。

その中上健次は、ガンで死んでしまった。

「俺をドスで刺せるのは重田だけだよ。お前の文章はね、そういう文章だよ」
中上はニヤっと笑ってみせた。
「しかし、俺なんか何十回書き直しをされたかわからない。お前は、重田、それを避けてんだろ」
酒と議論とカラミは、物書きの常だった。

“岬”が中上健次で、中上が岬だ。

左手に低い山脈が続き、関西空港の建物群が大阪湾に屹立している。西の空は、夕焼けから白みはじめ、ゆっくりと闇が巣喰いはじめた。

和歌山市に宿をとった。いつも、ホテルの近くにある酒場に足を運ぶ。店の名前は“黒潮”である。徳島県日和佐町出身の主人と奥さん、息子が迎えてくれる。

一年に一度来る、まるで七夕だが、きちんと客の顔は覚えていて、まるで毎週通っているみたいな顔で、新鮮な魚を食べ、焼酎を飲む。

酒場に座って一杯呑むと、不意に別の時空に滑り込んでしまい、仕事の顔から、別の顔になってしまう。その瞬間がなんともいえない。どこでもない場所を浮遊している感覚につつまれる。

「本当に、地球がどうにかなってしまうほど変な気候やね」若いマスターが挨拶代わりに話しかけてくる。
「狂いはじめてるよ、ね、どこも」
「明日は、どちらへ」
「隣の岬町で、仕事があってね」
「大阪ですか?」
「峠ひとつ越えてね」
「それが、えらいちがいなんですわ」
「やっぱりね」
「県境って、不思議な場所だよね」と私。
「泉州弁ですから」
「岸和田、河内長野、泉佐野、阪南市、そして岬町、微妙にちがうよね」
「和歌山は、また、まったく別の土地ですわ」

そうかも知れないと、方言・語尾のちがいや気質のちがいを教わった。

どこへ行っても、立ち直れぬ景気の話になる。人間は死ぬまで動いて、動いて、働いて、働いて、生きていくようにできている。働いているうちが花か!?(つづく)

Category: 紀行文, 大阪府
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