Archive for ◊ 7月, 2012 ◊

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• 月曜日, 7月 16th, 2012
※2301~2316は、「詩と思想」7月号掲載
2301. 存在の底がぬけてしまうと、コトバも反転をする。
2302. 地や背景のない空間では、モノを支える境界がない。
2303. 当然、敵は、ニンゲンではない。沈黙だ。
2304. 書き魔、語り魔になってしまう人がいる。
2305. 深い、深い井戸を掘り続けているが、コトバの水が出なくなった。
2306. いつも、不安という心性が語りだしてしまう、困ったものだ。
2307. せっかくの、在ることが日常のあれやこれやで終わってしまう、無念と無残。
2308. 日常に、不意に滑り込んでくる、その影に似たものを、語れよ!!
2309. 声にしろ、音にしろ、電子にしろ、伝導のための、媒体がいる。
2310. 右足、左足を使って歩く。実は、透明な三本目の足がある。右足が地に着く寸前に、左足が上がる寸前に、いつも第三の足が迷っているのが見えるだろうか?
2311. 自分の意思で生きているのは、2分か3分か。7分か8分は、何かに支えられている。
2312. ひらめきは、思想よりも正しく、理論よりも素速い。
2313. 何気ない歩行の中から、”解”が起ちあがってくる、あの瞬間の不思議。
2314. コトバで語ってしまうと、どうしても、ソレがコトバ風なモノになる。
2315. 確かに、知ることができるものだけを、知る。知ることができぬものは、知らぬ。実に、はっきりとしているのに、(知)と(非知)の間で、悩んでしまうニンゲンの愚である。
2316. 自心の源底に至る、3.11のコトバはまだない。誰も語れない、語っていない。
2317. 悲・苦・病・切・愁・怒・哀・辛・畏・無・空。いくら並べても、とどかない、3.11の自心の源底である。
2318. 眼は見たがる、眼える限りのものを。耳は聞きたがる、聞こえるすべての音を。口は話したがる、知っているコトバのすべてを。しかし、3.11は、それらの外に在る。
2319. 手がある、足がある、首がある、耳がある、肌がある。手のない、足のない、首のない、耳のない、眼のない、ニンゲンが瓦礫の山の、岸辺に、ごろんとある。
2320. 船が、砕けた腹を、空に突き出して、海になった空へ、時空をねじって、存在する。
2321. 妻と幼い子供二人、家、ココロ、故郷すべてを喪くした漁師は、泣いて、泣いて、3.11を、夢・幻に、反転しようと、祈った。
2322. 何を、どう、チェンジすればいい?生き方ではない、考え方でもない、生活のスタイルでもない、(私)の、宇宙に対する位置取りである。聞いてみよ、(私)は宇宙の何であるか、と。
2323. 今日も、流れに添って、いのちをしている。3.11の、神的切断は、一瞬にして、(私)をモノにした。
2324. 水が、光って、濁って、金属になり、途轍もない、力で、ニンゲンを、汚して、切断して、異界へと、一瞬で、運び去った、3.11であった。
2325. 必ず<原発は、必要>というニンゲンが、時を置いて、発言するだろうと、予言しておいた。つまり、現代を享受して、得をして、良かったと、自分の来歴を、自負している者たちだ。家族を、家を、仕事を、故郷を、喪った者には、絶対に言えないコトバ。”原発再開”。
2326. 国、国益。復興、復旧、大義が大手を振る時、必ず、ニンゲンは、数になり、量になり、モノとして、扱われ、(死)は、どこにも見あたらなくなる。(私)の顔は消し去られる。なぜ、ニンゲン益、宇宙益といえないのか?いつまでたっても”国益”が幅を利かせる地球である。
2327. 小さな、小さな、狭い、狭い、限定された条件のもと、ニンゲンの生きている惑星は、宇宙の、微細な一撃で破壊され、泡となる−あの一瞬の、全身を刺し貫いた、畏怖の感覚。日は、また昇る、安心の原理も、無残に消え去った、3.11であった。
2328. 原発メルト・ダウン。何ヶ月も、何年も、議論が交わされるべき、ニンゲンの大問題である。何時の間にか、日常生活から、片隅へと追いやられて、人は、モノを見ず、モノを考えず、巨きな、危うさの上へと、自らを運んでいる愚劣!!
2329. テレビ、新聞、雑誌は、毎日のように、3.11の特集・連載をしなければならないのに、いつのまにか、3.11以前に、戻ってしまう、空おそろしさがある。
2330. 「何時でも、ニンゲンは滅びる、文明は滅びる、人類は終わる。」毎日毎日、テレビ画面を見ながら数字と、限られた説明しかない、アナウンサーの背後から、そんな、声が、立ちあがって、流れてくる。
2331. 3.11で、ニンゲンは、底の底、果ての果ての畏怖まで見てしまった。もう、これは、畏怖だとしか思えないほどに、たたきのめされて、ニンゲンの息の根は絶てた。もう、これ以上、見るべきものがあるのか。コトバも絶てた。奇妙な幻影を生きているような空々しい、漠とした、現象世界の、泡粒と化したニンゲン。
2332. 一気に、一瞬で、時空が抜き取られた。ニンゲンがセイカツをしている、ゆるぎなく、持続している、と思われていた世界が。3.11は、ニンゲンの眼に見えて、眼に見えない、「宇宙原理」の顕現であった。「在る」と「無い」が何時でも、入れ変わってしまって、どこにもない場処になる。→のっぺらぼう。
2333. 「原発のメルト・ダウン」このコトバは、深く、ニンゲンに共有されなければならない。誰もが、念仏のように、唱えるもので、なければならない。そして、そのコトバの先にある世界を、怖くても、共有しなければならない。
2334. 3.11は、特に、原発事故は、ニンゲンを、一気に、無化するものであった。思考停止である。何も出来ない、何をしても、無意味だ。ニンゲンは、「宇宙原理」に嬲られている。
2335. 3.11、一人に、一人の死を、与えられないで、ニンゲンの死を、数にする思考者には、未来の夢は語れない。
2336. 声が来る、他人が来る、夥しい事象の氾濫の中から、ひとつだけとりだしてくる、その瞬間の不思議が、わが生である。
2337. 淵から淵へと、跳んでいるわが姿が見える。足の裏にも汗を掻いて。
2338. 右か左か、そんなアバウトな選択ではない。もっと、微妙な、気配に似た、感触のもとに、進路を定めている。
2339. (知)からの解放が、もっとも豊かな(知)である。だから、歩く。
2340. 捨てると、得るものがある。だから、人は、拾って続ける。家も会社も社会も。
2341. 何も持たないことが、もっとも、豊かだという信仰がある。ディオゲネスの時代から。
2342. モノを持つことが、豊かだとする現代人は、持たない自由を知らない。
2343. 宗教には、ユーモアがない。長い間、なぜだろうと、不思議に思っている。神・仏は、笑わないのだろうか?
2344. 教典、教義に(信)を置かないと、コトバにも(信)を置かないことになる。「聖書」(仏典)の外に出て、(神)への(信)は、成立するのか?
2345. 啓示も予言も、コトバである、一切の現象も、コトバである。
2346. 宇宙の迷い児である。ニンゲンである。その正体も知らぬまま、ソレがお前だと云われて、平気で、生きている。生、老、病、死の苦をもって。
2347. 他人が(私)の中で生きている。よくよく考えてみると、不思議な現象である。
2348. 他人がわかる、の根源には、(私)の中で、生きる、という奇妙な現象があるからだ。
2349. 現象が、事象が、(私)の中で生命に変わる、その瞬間よ、そのことよ、一番おかしいのは。
2350. 存在の鍵はヒッグス粒子が握っているとして、存在の外にあるダーク・マター(暗黒物質)の鍵は、何が、握っているのか?問いは無限に続いている。
2351. 存在が考える。存在自体が考える。考えるという系(システム)が起ちあがった、その目的はいったい、何だろう?
2352. 未知の存在と存在が宇宙の一隅で出会って”わかる”と知った時、宇宙は、ニッコリと微笑むだろう。
2353. 存在することの在りようを、ニンゲンは、ここまで来たと、宇宙自体に知らせてやれよ。
2354. 変化する観音、遍在する大日、さて、宇宙に声ひとつ、顕滅せよ、同時に。
2355. 白紙には、一字のみ記せ、沈黙に均り合う、宇宙文字で。
2356. ゆさゆさと風に揺れる、柿の葉の大きさに、妙に、感動する。空が隠れて。身震いをする。
2357. ニンゲンは、ただ存在するだけで、何かである。不思議な現象である。
2358. 意味は、人が勝手に見いだすもの、価値は、人が勝手につけるもの、すべてが「人間原理」のもとにある。
2359. 他人の評価や価値は、「在る−無い」に比べれば、その差は、あってないようなものだ。つまり、誰であっても、ニンゲンは、ボチボチである。
2360. 感応するココロは、考える意思よりも深いと思う。すべては、驚きから。
2361. 傷を負った。悲惨を舐めた、そのレベルに応じてしか、ニンゲンは、モノを認識できない。残念ながら、事実である。だから(傷)の共有はむつかしい。
2362. 余りにも、”原発”に対する、知識が不足していた。日々のセイカツに追われて、知らず知らずに、足元は、放射能の危険に、晒されている事実を知らなかった。無知は、完全に、罪である。
2363. 身につまされなければ、本当に、人は、ものを考えないものだ。
2364. 先送りをする。困難を。で、原発も、使用済燃料の、最終処分方法も決められないまま、未来へと、先送りをする、悪魔のささやきに、耳を傾けて、どうにかなるだろうと。
2365. 境目にいる時には、必ず、ニンゲンは、我に返らなければならない、声に導かれて。発狂しないように。祈れ!!
2366. ニンゲンの一生には、ほとんど、なんの関係もないと思えるほどの、巨大な時間を考える(銀河の時間だ)一億年、一兆年と。すると、必ず、放心がくる。哄笑が来る。そして、流れている現在の時間が爆ぜて静まりかえって、(私)を点滅させる。
2367. 現在の、時空にいる(私)が、遍在しなければ、絶対に、見えない、わからない、そんな視点を、ニンゲンは、持てるか?
2368. まるで、多重人格者のように、分裂しながら統一されてしまう(私)の形式。
2369. もちろん、現在の科学の方法では不可能だから、もうひとつの、新らしいスタイル(科学?)の誕生を持つしか術がない。
2370. セイカツを廻していく日々。ニンゲンを廻していく日々。
2371. 食べて、寝て、食べて、寝て、生きて、死んで、生きて、死んで、一日が、一年が、一生が、(私)を運び去る。
2372. 一日の(私)の重さ、軽さが、急変して、ココロが、悲鳴をあげている。
2373. 胃が鈍重、ココロがウツに傾く。
2374. 桜に恋をした西行法師が、眼の前を歩いている。見える、見える。吉野の山桜。
2375. 行方不明。ココロは永遠の宙吊りだ。3.11で、時間が割れた。止まった時間、流れる時間。
2376. 水平に見える風景がある。垂直に見える風景がある。ニンゲンは、二つの風景を見て、真形を得る。
2377. 現代人は、神変(超能力)の扱いに戸惑ってしまう。
2378. 問いを立てつづける。究極の答えを得る手法だ。
2379. 多数決という方法は、必ずしも、正しい答えを導くとは限らない。
2380. そろそろ、異次元のコトバを、実存として、感覚し、実感するレッスンを始めなければならない。
2381. 見る、見える、見えてくる。(現実)と(異次元)が同時に。
2382. 書く、書いている、書かされている、誰が?何が?来る、来ている、来た。(私)に。
2383. ある。現れる。顕現する。
2384. モノが語る。コトが語る。ただ、(私)は聴いている。
2385. (考える)から(感応する)へと歩いてみると、そこは、異次元の入口。
2386. 瞑想といい、観想といい、瑜伽は、モノとコトから遠く離れて、中心へ。
2387. (行く)と(来る)が重なってこそ次元の壁が超えられる。
2388. (私)を置き去りにして、歩いてみろ。
2389. 生命は、垂直に流れている。横超もする、イデアがある。超球に至る波である。
2390. ここにいるだけなら石である。遍在するのがニンゲンである。
2391. (私)から超出するニンゲンへ。
2392. 狂(信)か、正(知)か?
2393. まだまだ、改革と修正の時代が続くが、いつの日か、今日から明日への境目を消してしまう、跳躍の時が来る。
2394. ここにいる(私)。ここにいない(私)。不条理の根である。
2395. 感じられるから考えはじめる。ソレにびっくりをして。
2396. 存在が、はじめて、語りはじめたのは、何時の頃からだろうか?誰が、発明したものか、とりあえず、天の声とでもしておこうか・
2397. 思う、思い出すという力が衰弱をしておる。新しいことを、次から次へと覚えるのに忙しくて。やれやれ、大事なものが消えていくはずだ。
2398. 自ら語れると、現代人は考える。語り方は、教わった形であるのに。
2399. 意識がコトバを運んでくる。夏が来た、と、風景を読み込んでしまう。
2400. また見つかった!!何が?神の粒子と呼ばれるヒッグス粒子が。