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• 火曜日, 4月 19th, 2022

蟻が大河を渡っている
蟻が山を引いている
ニンゲンが銀河をめぐっている
ニンゲンが他の宇宙へと跳んでいる 宇宙際

 何の不思議もない
 わが超球宇宙は
 無限のコトバの織物だから

ニンゲンは 正気で 眼をあけたまま あらゆる夢をみる
(事実)も(夢)も(現実)も(幻)も
幻視もみる
ヴィジョンもみる
一切の見えないものまで見てしまう
見るものは それぞれにリアルだ

 何をしているかって? 一体 ニンゲンに
 何ができる?

もう特別にすることは何もない

ただ ひたすら 歩いている
巨きな楠のある公園へのそぞろ歩き
足と眼と耳と口と鼻と意識で 四季を歩く
時空の歩行者だ

 手ぶらで歩いているから
 (私)の姿がよく見える
 無限の中の1の(私)視点を変えると一即無限
 来たところも 行くところも 透視できる
 浮遊するニンゲンにとって
 歩くのが唯一の法楽

もう 何もいらない
最果てまでくると
行く処がなくなると
ひたすら古代人を見習って
(私)という魂(ブシュケ)をお守(も)りしながら
今日も閑かに瞑想している 寂静
宇宙眼鏡をかけたまま

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• 火曜日, 3月 22nd, 2022

1.「われもまた天に」(新潮社刊)古井由吉著
2.「ホモ・デウス」上・下巻(河出書房新社刊)ユヴァル・ノア・ハラリ著
3.「竹内浩三詩文集」(風媒社刊)-戦争に断ち切らけた青春- -小林察編-
4.「組曲わすれこうじ」(新潮社刊)黒田夏子著
5.「伊東静雄詩集」(岩波文庫刊)杉本秀太郎編
6.「いのちの初夜」(角川文庫刊)北條民雄著
7.「霧の彼方 須賀敦子」(集英社刊)若松英輔著
8.「かか」(河出書房新潮社刊)宇佐見りん著
9.「推し、燃ゆ」(河出書房新潮社刊)宇佐見りん著
10.「須賀敦子の旅路」(文春文庫刊)大竹昭子著
11.「わたしの芭蕉」(講談社刊)加賀乙彦著)
12. 詩集「夜景座生まれ」(新潮社刊)最果タヒ著
13.「永瀬清子詩集」(思潮社刊)
14.「短章集-蝶のめいてい・流れる髪」(思潮社刊)永瀬清子著
15.「短章集-焔に薪を。彩りの雲」(思潮社刊)永瀬清子著
16.「追跡 藤村操-日光投瀑死事件」(発行 ブイツーソリューション刊)猪股忠著
17.「水のように」(朝日新聞出版刊)浪花千栄子著
18.「未来タル」詩の礫 十年記(徳間書店刊)和合亮一著
19.「計算する生命」(新潮社刊)森田真生著
20.「私のエッセイズム」(河出書房刊)古井由吉著 エッセイ撰 堀江敏幸監修
21.「古井由吉論-文学の衝撃力」(アーツアンドクラフツ刊)富岡幸一郎著
22. 句集「句集 若狭」(角川書店刊)遠藤若狭男著
23.「大洋を行く宣教」(イーグレス刊)篠原敦子著
24.「麒麟模様の馬を見た」(メディア・ケアプラス刊)三橋昭著
25. 詩集「おだやかな洪水」(土曜美術社出版販売刊)加藤思何理著
26.「音楽の危機」(中公新書刊)岡田暁生著
27.「最澄と徳一」(岩波新書刊)師茂樹著
28.「海をあげる」(筑摩書房刊)上間陽子著
29.「二千億の果実」(河出書房新社刊)宮内勝典著
30.「ヒトの壁」(新潮新書刊)養老孟司著
31.「言語と呪術」(慶応義塾大学出版会刊)井筒俊彦著

眼。近視である。眼鏡をかけても、視力は、0.6。乱視である。月は、いつも二重に見える。蚊が点となって飛ぶ。飛蚊症である。光が飛んで、空間に波が立って、歪む。閃輝暗点である。眼が霞む。老化か?目薬を刺して。1時の読書が、限度となった。テレビを観る、新聞を読むのも、小さな字は辛い。
眼科へ行ってみた。(緑内障)だと告げられる!!少しショック。眼圧が高いのだ。左眼は1割しか見えていない。幸い右眼は、8割くらい見える。脳がバランスをとって、モノを見ている。このままだと、左眼が失明する。で、どうするのか?
手術でも治らない。(白内障なら完治できる)結局、目薬を差して、現状を保つしか術がない。やれやれ、唯一の楽しみ(読書)の継続が危なくなった!!
しかし、考え方次第である。左の眼が失明しても、まだ、右眼が残っている。歩けるだけで、セイカツが保てるのだ。

さて、50年も続けてきた「読書」がピンチに陥った。もう、余分なものは読めない。大事な「本」だけ読みたい。
足の衰えは、歩けば防ぐことができるが、眼は、使いすぎないように、ぼんやりと、緑の樹木、風景、空を見て休めるしか術がない。
(読む)は(書く)である。(書く)は(読む)である。銅貨の表と裏の関係にある。思考を紡ぎ、世界を書いている。「文」を書くと、必ず、頭の中で、ひとつの世界を読み取っている。言葉で書きながら、言葉を読みながら、「コトバ」に至る!!

1.「われもまた天に」
おそらく、日本文学が、最高の「文体」を持つに至った、作家が、古井由吉であった。その古井由吉が死んで、もう、3回忌になる。雑誌「新潮」が、「古井由吉の文」(三回忌に寄せて)と題して、アンケート特集を組んでいる。
蓮見重彦、平野啓一郎、又吉直樹など、作家・評論家たち18人が、古井の「文章」を引用して、論じている。その中でも、珍しく、古井由吉の妻、睿子さんが、エッセイを載せている。
思想は「文体」の中にしかない。実証したのは、古井由吉の残した小説群だ。「われもまた天に」は、未完の「遺稿」を含む、短篇小説、4作である。どの文章を読んでも、古井由吉という判が押してある。思考の、感覚の、意識の、言葉の触手が時空を超えて、四方八方にのびて、ひとつの小宇宙を創っている。誰も、真似のできない文体である。
終には、「徒然草」や「枕草子」の世界に地続きになって、(私)など、消えてしまう。畏ろしい文体の世界である。

2.「ホモ・デウス」
世界に衝撃を与えた前作「サピエンス全史」に続く大作である。
地球という小さな小さな惑星の上で自然に進化して、四つの革命を成し遂げたホモ・サピエンス。認知革命・思考革命・科学革命・人類の統一。そしていよいよ、宇宙へ。ホモ・デウスの時代へ。
(意味)(意義)というものがなくなる時代。テクノロジーの発達。量子力学。AI。遺伝子操作。進化にもニンゲンの手が入る。(カミ)の領域へ。もう、ニンゲンから超ニンゲンへ。ホモ・テデウス(カミ)の領域へ突き進むしかない。(科学)は?宇宙に立つむかえるのか?(宇宙)に、ニンゲンは(意味)を発見できるのか?
大きな、大きな問いの「本」である。

3.「竹内浩三詩文集」~戦争に断ち切らけた青春~
未だに、人類は「戦争」(殺し合い)を克服できる知恵をもてないでいる。普通の人間が、ある日、突然戦場へと送られてしまう。(日常)が壊れてしまう。セイカツが、破壊される。好きな仕事(映画)を断念する。竹内浩三が残した「詩」や「日記」。痛切である。
「死者のうた」「骨のうたう」は、「病死やあわれ兵隊の死ぬるやあわれ とおい他国ひよんと死ぬるや だまって だれもいないところで ひよんと死ぬるや-(略)なんいもないところで 骨は なんにもなしになった(国のため 大君のため 死んでしまうや その心や)
絶唱である。24歳で戦死!!無名の戦士の、普通のヒトの魂の叫び声が聞こえてくる(詩)と日記。

4.「組曲わすれこうじ」
史上最高齢で、芥川賞を受賞した出世作「abさんご」から、7年を経てようやく、第二作品集「組曲わすれこうじ」が出版された。76歳での受賞が、話題を読んで、12万部が売れた。ただし、独特の文体に苦戦して、最後まで読み終えた読者は、1割もいただろうか?
「読書会」で、テキストとして、取り上げて全員で読んでみた。不評であった。難解だ。何を言いたいのか、わからない。作者のマスタベーションではないのかと 酷評が多かった。読む(黙読)ではなくて、声に出して朗読して下さい。とアドバイスをした。「平家物語」のように。
登場人物の名前がない。会話文がない。物の名前がない。句読点がない。漢字がひらがなになっている。横書きである。過去・現在・未来がない。いや、ひとつの文章の中にある。
17の章、組曲からできている短篇集である。約200ページの薄い「本」である。黒田は、この作品に7年の歳月をかけている。読者が、1日や2日で読み解ける訳がない。ほとんど、(詩)と言ってもいい作品だ。
内的リズム、意識の流れに触れると黒田の世界=宇宙が現れてくる。最高の魅力。黒田は、この文体でしか書けない。世界に、立ちむかっている。1000人?いや100人?限られた読者にしか、読めない、味わえない(小説)である。この小説の一番の読者。一番深く、詳しく、ていねいに、読み解ける人は批評家(蓮見重彦)である。

5.「伊東静雄詩集」杉本秀太郎編、注解。
若い頃から、何度も何度も、伊東静雄の「詩」を読んできた。リズム、文体、思想の三位一体を可能にした「詩」。
伊東の立ち姿が好きであった。激しさと静かさが同時に内包されている「詩」。三島由紀夫が絶賛したのもよくわかる。しかし、今回、杉本秀太郎の(注解)(解説)を読んで、驚愕した。
こんな読み方もあるのか?萩原朔太郎は、いったい何を読んでいたのか?(私も)

6.「いのちの初夜」
再読。いや、もう、何回も読んでいる。詩人・石原吉郎は、生涯、この作品を読み続けた。なぜ?何に魅かれて。
(極限)ということ。人間存在が、吐き出す(極限)での言葉の力。その生命力。絶望の底の底でつかんだもの。そんなニンゲンの(声)に、石原吉郎は魅力されたのか?と。

7.「霧の彼方 須賀敦子」
作者・若松英輔は、評論家・詩人・クリスチャン。若松には、井筒俊彦論がある。
書くこと。考えること。祈ること。-若松は、その三点で井筒から大きな大きな影響を受けている。須賀敦子もクリスチャンである。若松は、信仰とは何か?コトバとは何か?書くとは何か?と問うことで(須賀敦子)の評伝を書いている。
約470ページの大作である。若松の著書「イエス伝」とともに読み直してみた。若松は、妻をなくしている。須賀は夫をなくしている。(死)がひとつのバネになって(書く人間)への舵を切った二人。その(虚無)の底から、コトバが立ちのぼってくる。ニンゲンは、一度死んで、その中から、再生して、コトバへとむかう。悲嘆を知った人のコトバは、響き合って、あたらしい力となる。不思議だ。

8.9.「かか」「推し、燃ゆ」
書評欄を見てほしい。

10.「須賀敦子の旅路」
須賀敦子はイタリア(主にミラノ)で、学び、働き、結婚し、帰国した。(夫に死なれて)
大竹は、イタリアでの須賀の足跡を追って、追体験しながら、イタリアを訪れたことがない人々(読者)にもわかるように、ていねいに、(須賀敦子)の姿を活写している。写真もなかなか良い。初期の頃の、須賀敦子論であろう。

11.「わたしの芭蕉」
加賀乙彦は、精神科医・小説家。日本のドストエフスキーではないかと思えるほどの、長篇小説家である。
「帰らざる夏」「宣告」「湿原」「永遠の都」「雲の都」など、大河小説家。長篇、大河小説の文章と、俳句~日本で、世界で?一番短い文章作品の関係は?加賀乙彦が、芭蕉の俳句に魅せあられているとは、知らなかった。
思考とうねる文体と構造力。加賀の長篇小説は、体力がないと読めない。100メートル走とマラソンがちがうように短篇と長篇の文体、リズム、呼吸もちがう。
(美しい日本語)を俳句に求める加賀。単なる作家の楽しみではない。研究者も驚くほどの、(俳句)の言葉の分析。味わい方。言葉を鍛えて、俳句そのものを楽しむ、そんな一面があるのか。加賀乙彦の言葉の底力の源泉が俳句とは!!

12.「夜景座生まれ」
「人間原理」から遠く離れて、「宇宙原理」を求めて、言葉からコトバへと(詩)を書く最果タヒの言葉の自由度には、いつも、感服する。しかし、若い若いと思っていた最果タヒも「詩歴」を見ると、もう、35歳。新しい言葉、感性、想像力、発想だけに頼っていては、あぶない年齢に入った。インターネットで詩?を書きはじめて、17年になる。8冊の詩集を出版。最果タヒという音源からは、いつも自由な言葉が流れてくる。どこまで、このスタイルが続くのだろう。おそらく、(宇宙)へと旅立ちたいのだろう。(真実)も(絶対)も消えた時代の詩人。

13.14.15「永瀬清子詩集」「短章集-蝶のめいてい・流れる髪」「短章集-焔に薪を。彩りの雲」
はじめて、永瀬清子の詩を読む。明治の女(39年)である。私の祖母の代の詩人である。今から116年も昔に生まれて、詩を書いた。いや、単に、詩を書いただけの詩人ではない。農業にも従事した。事務の勤め人もやった。主婦であり、子育てをするよき母親でもあった。岡山県の地方に棲み続けた。原水爆に反対する行動の詩人でもあった。
「あけがたにくる人よ」「美しい国」「グレンデルカの母親」「女の戦い」「外はいつしか」
これらの詩は、令和の時代に生きる私たちの耳にも、心にも、充分にとどくものである。封建の匂いが残る時代に、これらの詩は、ニンゲンの力を放っている。
私が永瀬の詩や作品に強く魅かれたのは、実は、二冊の「短章集」があったからだ。単なる短い詩という訳ではない。見事なアフォリズムである。永瀬の思想の核がこの短章集の中にある。宮沢賢治への熱い思いも入っている。「詩について」や「詩についての三章」は、永瀬の力強い宣言である。詩人であると同時に、地に足のついた生活人でもあった。アフォリズム畏るべし!!

16.「追跡 藤村操-日光投瀑死事件」
「明治の青春」は、山形県出身の藤原正を中心にして、斎藤茂吉、阿部次郎、藤村操、安倍能成、岩波茂雄、魚住影雄の七人を論じた、600ページを越える大作・労作であった。著者・猪股忠は、その七人を、一冊一冊、ていねいな「単行本」にして、出版し続けている。早稲田で国文学を学び、小説や評論を書いていた。山形の高校の教師で生計を立てながら、郷土の先輩たち・文学者たちの著作を読み、資料を集め、若き日の面影を、ていねいに活写している。
高校教師を定年となった今、著述に打ち込めるのも、第二の人生としては、実に、有意義な、生きざまである。七人の文学者を、七冊の「本」で表現する試みは、ひとつのライフ・ワークであろう。友人として拍手を送りたい。

17.「水のように」
大阪の友人・建築家の歌一洋君から一冊の「本」が送られてきた。歌一洋君は、四国八十八ヶ所に「へんろ小屋」を創り続けている。(ライフワーク)徳島海南高校の同級生である。建築・設計では、さまざまな賞を受賞している、関西では、有名人(?)である。
「水のように」は、浪花千栄子の著作・自伝である。NHK連続テレビ小説『おちよやん』のモデルとなった女優が、浪花千栄子である。昔、小学校の頃、毎夕、ラジオドラマを楽しみにして聴いていた。「おとうさんはお人好し」アチャコ(夫)と浪花千栄子(妻)が繰りひろげるホームドラマであった。幸せな女優生活に至るまで、貧乏の底の底で生きてきた少女時代、結婚、夫の浮気と実生活でも苦労も見事に活写された自伝であった。
歌一洋君が、なぜ?この本を私に?「本」の巻末に、解説があった。古川綾子(上方芸能研究者)さんが、ていねいな解説を書いている。実は、古川さんは、歌一洋君のあたらしい”妻”であった。なるほど、なぜ、この「本」を、私に送ってきたのか、ようやく、その意味がわかった。謎が解けた。歌一洋君、お幸せに。

18.「未来タル」
東日本大震災から10年になる。(大地震、大津波、原発事故)
ニンゲンの意識が、ゼロ・ポイントに陥る、大惨事であった。コトバも死んでいた。和合は、「詩の礫」と題した、ツイッター詩を、同時進行で書き、詩集として発表した。大きな反響を呼んだ詩であった。(肯定する者、否定する者、両論あったが)
詩が生きていた。いわゆる(現代詩)など、和合にとって、どうでもよかったのだろう。衝動に迫れれて、手が動いた。
あれから10年!!
本書「未来タル」は、詩、十年記、そして、若松英輔、後藤正文との対話による。何もかもが具体的である。頭で考えたものは何もない。身体で体験して、心が感じたままが(詩)(文章)になっている。
和合は、悲と苦の中で、覚醒した。観念的なもの、抽象的なものには何もない。ただ、眼に見えない放射能とココロはある。

19.「計算する生命」
中学・高校時代は「数学」が嫌手であった。「計算する」ことすら、嫌手であった。「虚数」がでてくると、ますます、「数学」がわからなくなった。
「零の発見」は、「数」の面白さを目覚めさせてくれた一冊である。「数学から超数学へ」(ゲーデルの証明)なども読んでみた。佐々木力の「数学史」(900ページの大作)は、何かわからないことがあると、ページをめくっている。ニンゲンと数の歴史がある。森田真生の「数学する身体」は、数学者・岡潔とアラン・チューリングを論じる非常に利戦的な「本」であった。(独立研究者)である森田真生は、ニンゲンを、(計算する生命)と捉えている。ココロや意識が、どのように、(数)と関係するのか、今後も、研究を見守っていきたい。第二の岡潔になれるのか?

20.「私のエッセイズム」
「表現は無力である」古井由吉は、その地点から「文章」を書きはじめている。モノもコトもヒトも、知れば知るほどその表現は、不可能に接近する。古井由吉の「小説」に親しんできた者にとって古井自身の「思考・認識・思想」は、どんなところから出発しているのか、知りたくなる。「小説」と「エッセイ」は、まったく異なる生きのもである。「目の前にある物事をもう一度自分の手ではじめから素描してみようというエッセイズムの行き方は、私の思考の出発点である。」(古井)
本者は、堀江敏幸が、数多い古井由吉のエッセイの中から、47作品を撰んで、監修した作品集である。言葉について、翻訳について、歌について、創作について、戦争につちえ、小説について、さまざまな分野の古井由吉の(声)が鳴り響く、心がゆたかになるエッセイ集である。作家の(秘密)の核がこの「本」にある。

21.「古井由吉論-文学の衝撃力」
作者・富岡幸一郎は、「戦後文学」を読むことで、評論家の道に入った人である。そして、内村鑑三やカール・バルトなどの神学者の著作を通じて、「キリスト教信仰」を得た人でもある。
さて、日本でもっとも難解な小説は、埴谷雄高の「死霊」であろう。自同律の不快という思想・形而上学的なテーマがとても難解である。
古井由吉の小説も、実に、難解である。何が?(文体)そのものが、読み解くのにむつかしいのだ。あくまで、扱っているテーマーが、難解だという訳ではない。粘着力の強い、独特の文体は、まだ、読者が接したことのない、未知の領域の、新しい発見の言葉から成っている。
まだ、古井文学全体の分析・注解を行った「本」はない。あらゆる作家・評論家が、古井由吉の(文体)に挑んでいるが、完全なる評論は出ていない。初期作品の分析は、柄谷行人の評論が秀でている。(文体)の分析・注解は、短篇集「水」を扱った蓮見重彦の評論が見事である。
さて、富岡幸一郎が、「古井由吉の文学」全体を論じている。同時に、二度にわたる古井自身へのインタヴューも収録している。「作家の誕生」「文体の脱構築へ」「黙示としての文学」「預言者としての小説家」の回章から成る評論集。
富岡は、古井文学の中に、旧約聖書の預言者のメッセージを読みとっている。思想(政治)や宗教とは縁が遠い古井文学に対して、富岡は、古井の言葉に預言者のメッセージを読みとる本書である。

22.「句集 若狭」
旧友・遠藤若狭男(喬)・早大国語国文科のクラスメート・文学の友(「あくた」同人)が逝って、もう4年になる。
ときどき、思い出してみては、「神話」から5冊目の句集「旅鞄」を取り出して、俳句を読む、眺める、ある種の感慨にふける。
さて、ある日、遠藤君の奥さま(歌人)から第6句集が届けられた。大谷和子さんは(あとがき)で句集が、なぜ「遺句集」ではなくて第6句集のなのかを、述べている。(遠藤は第6句集の計画を立てていた)
また、収録作品が1285句と、今までの句集の3倍も多い理由についても。(どの句には、遠藤の生の一瞬がある)幸い、句集は、評判も良くて、「俳句四季」には、二つの書評が載った。「俳句」にも、「この道ゆけば」というエッセイを、菊田一平が書いている。歌人であり、俳句も作る和子夫人があればこその(第6句集)であった。
遠藤君、いい奥さんと一緒で良かったね。幸せ者だよ君は。
句集「若狭」には「微苦笑」と「言霊」という(俳句+散文)の章がある。敬愛する作家・三浦哲郎からのハガキや詩人・金子光晴との遭遇・三島由紀夫の思い出など、そして、高校時代の俳句雑誌への投稿、入選句の紹介などがあって、人間・遠藤若狭男を知る上で、貴重な文章となっている。
・ふるさとは歩くが楽し草ひばり
・青き踏むときをり死後のこと思ひ
・雪晴のこの道ゆけば若狭なる
・わが死後のわれかも知れず秋の風
・春雷や少年遠き海を愛す
・林檎青顆少女に少年のみ傷つく
「たかが俳句 されど俳句」俳句道に一生をかけた遠藤若狭男(喬)の(声)に終日耳を傾けて。どの句にも、遠藤の(人柄)が滲み出ていて、俳句を流れる時空に、我を忘れて、浮遊している。中原中也と同じくらい深い(抒情)の俳句、詩心。

23.「大洋を行く宣教」
孔子も、イエス・キリストも、ソクラテスも、釈尊も、自分の言葉を「本」として、書き残さなかった。「論語」「新約聖書」「ソクラテスの弁明」「ブッダの言葉」すべて、弟子や使徒たちが(師)の言葉を(傾聴)して、記憶によって、書き記した「本」である。
名著「遠野物語」も、民族学者、柳田国男が、地元の人から(傾聴)して、書き綴った「本」である。(傾聴)という力-声の力が、言葉(文学)の力となって「本」として残り、人類の(知)の財産となっている。
本書も、理由があって、キリスト者となった作者・篠原敦子が、先輩の、橋本千代子宣教師に(傾聴)して、書かれた「本」である。橋本夫婦は、宣教師として、文学をもたない、パプアニューギニア島の小さな村に渡って、現地の言葉を学び、新約聖書を、その言葉に「翻訳」をした。思えば、聖書や仏典も、さまざまな国の言葉に、翻訳されている。時代を超えて。地域・国を超えて。(言葉の力)が、いかに、人間を活性化するか。言葉にならぬ苦労の跡を、著者は、私を殺して、ひたすら、橋本千代子の言葉に耳を傾けて、一冊の「本」とした。共生・共感がなければ、容易に成し遂げられぬ(行為)を支えるのは(信仰)という力である。
25年の歳月をかけて、文字をもたない少数民族の言葉(話し言葉)を収得して、(文字)にするという行為は、(言葉の力)を信じたればこそ、実現できたものであろう。そして人には、それぞれの役割がある。翻訳する人もあれば、その行為を広く伝達する者もいる。本当に必要な仕事とは、地の塩のようなものであろう。篠原敦子も(傾聴)に徹していい仕事をした。

24.「麒麟模様の馬を見た」
毎晩、ラジオの「深夜放送」を聴きながら眠るのが習慣になっている。11時15分から朝の5時まで。眠くなった時、ラジオのスイッチを切る。ある日、ある夜、幻視を見て、そのまま幻視を絵に画くという人が登場した。興味があるので、翌日、書房に行って、取り寄せてもらった。
「幻視」や「幻聴」を見たり、聞いたりする人は、けっこういるものだ。芥川龍之介も、光の歯車が廻るのを視た。車谷長吉(直木賞作家)は、スリッパが空を飛ぶ風景を視た。
私も、光の渦が、空に飛ぶのをよく見る。(閃輝暗点)父が四国で死んた時、千葉に住んでいる私は、父の幻視を見た。暗闇の庭に父が立っていた。軍服を着て、両手を大きく空にあげて、口からは赤く長い舌が出てきて、舌には、何やら文字が書き刻まれていた。実に、自然な光景だった。(実は幻視だったか?)
幻視・幻聴は、普通の人間にとっては、一種の狂気である。昔は、精神分裂病といわれていたが、今では統合失調症と呼ばれている。あるはずのないものが見える。聴こえないはずのない音が聴こえる!!
作者の三橋昭さんは、見えないはずのものが見えて(幻視)それを絵に描いている人だ。レビー小体型認知症という病名である。猫、魚、花、蛙、ネズミ、馬とさまざまなものが見える。幻視と空想はちがう。幻視は、実にリアルである。
「本」を読みながら、人間の不思議を思った。幻視・幻聴、妄想、錯視、せん妄・・・
「人間の人体」は、まだまだわからない未知のものである。不思議は、普通の(私)に、日常にある。

25.「おだやかな洪水」
ユニークな資質・感性・想像力をもっている詩人。加藤思何理の8冊目の詩集である。日本の(私小説)(私詩)という風土から脱け出た、スケールの大きな詩人である。シュールで、アバンギャルドで、メタフィジックで、いつも、もうひとつの(世界=宇宙)を掲示してくれる、実に、スリリングな詩人。
本書は「神」から「眼」まで57作品と間奏・インタビュー(6本)a~fが、創作の秘密を解くために、挟まれている。(性)と(夢)は、加藤の創作の種子である、核である。
「ぼくの詩は、いわば一人称の視点で撮影されたサスペンスフルな映画みたいなものです。」
詩人の、一式真理の評
「父と母をめぐるフロイド的エロスの大三角。そして死者である母を、父と死の双方から(書く)ことによって取り戻そうとする試みがテーマだ」
日本からも、ポーやマラルメやボルヘスのような詩人が出現してほしいものだ。

26.「音楽の危機」
怨歌の藤圭子と同じくらいに、クラッシクのバッハが好きである。ギターを弾き、サクソフォンを吹いていた。日曜日の朝は、9時から約45分、ラジオで、クラッシクの番組を聴く。世界の武満徹に私の小説集(著書)をお送りして、二度、ハガキをもらったことがある。(私のお宝)
「音楽の危機」は、実に、刺激的な新書であった。新型コロナウイルスのパンデミックで、ほとんどの(生)の音楽が聴けなくなっった。著者は、音楽の消滅を危惧して、コロナ渦にあって、音楽の原点とは何だったのか?と思考する。本当に、音楽は終ってしまうのか?社会の人間にとって、音楽は必要か?音楽家の役割とは何か?距離とは?舞台とは?場とは?非常時下の音楽とは?終りのある音楽からサドンデスの音楽へ。未来の音楽は、どのようにあるべきか?
その論考は、単なる音楽の歴史や種類を論じるというよりも、(音)の原点にまで登りつめるものであった。音楽に関心のある人には、是非お読みいただきたい1冊である。

27.「最澄と徳一」
日本の仏教史において、最大の論争が「三一権実論争」である。天台宗の開祖、最澄と、東国の法相宗の徳一が5年にわたって論争を交わした。華厳と唯識の争いである。
声聞・縁覚・菩薩の三乗は、衆生を導く方便!!とする最澄。真実は”一乗”である。(三乗方便一乗真実)説の最澄。一切衆生悉皆成仏性である。
徳一は、三乗の差別は真実!!「五性各別」によって証明。(三乗真実一乗方便)
作者は、あらゆる資料を駆使して、この論争を読み解いていく。8年間、高野山大学大学院で修学した折、「テスト」に、この問題が提出された。空海も、徳一から論争を挑まれたが、空海の(答え)は、残念ながら残っていない。

28.「海をあげる」
著者の上間陽子は、第二の石牟礼道子になるかもしれない。本書を読み終った、私の感慨である。
上間は、沖縄県生まれ。現在、琉球大学教育学研究科の教授。普天間基地の近くに、夫、娘と共に住んでいる。東京で、沖縄で、未青年の少女たちの支援、調査に携わってきた。東京で、夫の不倫・離婚と辛い経験をして、沖縄に帰って再婚。そして、基地問題へと目覚めていく。少年、少女たちの声を(傾聴)して、沖縄の差別や貧困によりそって、壊れていくニンゲンを、やさしくていねいに、描きあげた。
「問題」は足許に眠っていた。石牟礼道子が、水俣の病者に、寄りそって、闘ったように、上間も、崩れていく、少年、少女たちに身をもって、支援の声をおくり続けている。感動ものの一冊である。

29.「二千億の果実」
宮内勝典は、日本人を超えてしまう、スケールの大きな作家である。「南風」で文藝賞を受賞。ハルピンで生まれ、鹿児島の高校を卒業。アメリカへ。世界の60カ国を歩く。1944年生まれであるから、もう、78歳になる。「グリニッジの光を離れて」や「ぼくは始祖鳥になりたい」など全人類を見渡すような、大きなテーマで、小説を書いてきた。
本書も、全人類二千億人の物語である。ホモ・サピエンスの誕生から、もう、ニンゲンが、二千億人の生まれたのだ。地球に生まれた、心をもって、生きた人間2000億人を描き尽くすという野望は無理としても、26作品から成るこの小説集には、さまざまな人間が登場する。天才アインシュタインや革命家チェ・ゲバラまで。千葉県の房総半島に棲んだ自身の物語「養老渓谷」もある。その構想力と、想像力に恥じない作品集である。
なお、ご子息は、SFや純文学小説を書いている、宮内悠介氏である。正に親子鷹。

30.「ヒトの壁」
「バカの壁」が450万部売れたそうである。NHKテレビでも、養老先生と愛猫まるの番組が放送されている。正に”時の人”である。解剖学者としての、専門家としての、著書「からだの見方」や「唯脳論」は、硬質で、一部の人が読むだけのものであった。なぜ「バカの壁」が一般の人々にも売れたのか?本人もよくわからないという。ひとつは、ライターが書いた「本」である。私は、そのやさしい語りが、一般受けしたのではないかと推察している。
さて「ヒトの壁」は、壁シリーズの4作目。養老先生も84歳になった。コロナ渦に考えてきたこと「人間論」が、本書のテーマである。心筋梗塞を病ったり、愛猫まるに死なれたり、「生老病死」に立ちむかう養老先生の思索の日々がある。
「万事テキトーに終ればいい」(本人の思い)鎌倉には、大好きな「虫」の館も完成した。(数億円の印税の力はすごい)
私は、解剖学者としては、養老先生の恩師・三木成夫の業績が偉大であると思う。「海・呼吸・古代形象」「人間生命の誕生」「生命形態の自然誌」「生命形態学序説」など、その発見と研究は、感動的である。ただし、一般の人々には、あまり知られていないが。隠れた名著である。三木成夫は、ほぼ、天才である。

31.「言語と呪術」
3~4年かけて、井筒俊彦全集13巻をていねいに読破した。大きな、大きなコトバの力をもらって、感動した。若い頃に読んでいれば、(私)自身の生き方も変わったかもしれないと思った。
「本」との出合いも、人との出合いも、人間の運命を大きく変えてしまう。もう、井筒俊彦も、すべて、読み終えたし、と思っていたら、実は、英語で書いた論文、研究書、著作がたくさんあった。カナダやテヘランの大学で、研究していた時、教授として、講義をしていた時、発表した著作である。
慶応大学出版会が「英文著作翻訳コレクション」として、全七巻を発行している。おおきな喜びであった。また、井筒俊彦の(声)が聴ける。吉川幸次郎の監修で読んでいた中国の古典「老子」と、井筒俊彦訳注の「老子道徳経」で読んでみた。今、また「言語と呪術」を読書中。
東洋哲学全体を視野に入れた井筒の研究は、英米人に、どのように読まれたのか?日本人が英文で書いたものを日本人が日本語に翻訳する!!いったい、何と言っただろうか。井筒の文体、言葉、鍵ワードを押さえての翻訳、訳者にも大きな困難とプレッシャーがあるだろう。一冊一冊が、大作であるから、また、数年間、楽しい読書ができる。至高の時。

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• 木曜日, 12月 23rd, 2021
3601. 孔子は「人間原理」を説き、老子は「宇宙原理」を説く。

3602. 「言葉」に信を置く孔子。「正名論」。「言葉」の外に信を置く老子。「無名論」。(孔子は言葉を、老子はコトバを)

3603. 孔子は、外部の道を歩いて人や物や風景に会う!!(実在主義者)老子は内部の道を歩いて一切を超えた(道(タオ))に会う!!(超越論者)

3604. (私)を低くすれば、(私)は海になる!!水は必ず高いところから低いところへ流れ込むから。(老子)

3605. (私)を空(くう)にすれば、(私)は必ず充たされる。あらゆるものが雪崩れ込むから。(重田)

3606. 空(くう)は、大きければ大きいほど良い。(無)(空虚)こそ、ニンゲンのもっともすぐれたココロの状態だ。(私)を四方八方に、開け放っておくこと。

3607. 人は、父と母から生まれてくる(第一の誕生)人は、コトバからも生まれてくる(第二の誕生)「内部の人間」の秋山駿のコトバの父はデカルト、母はドストエフスキーである。兄弟は、ランボーと中原中也。

3608. ヒトは、コトバに染められて、ニンゲンとして、コトバの命じるままに、生きる。血肉となるコトバは思想に。

3609. もちろん、コトバは生命である。

3610. 血となり、肉となったコトバで思考して、ヒトは(私)は、コトバだと知る。

3611. 一切の存在はコトバである。

3612. ニンゲンからコトバを取りあげれば、一歩も歩けぬ、何も考えられぬ。

3613. わが超球宇宙は、無限のコトバの織物である。

3614. 言葉も生きものである。時代によって、場所によって変化し、生きたり死んだりする。

3615. 言葉の向う側のコトバは、モノ自体が放つものだから、時代を超え、場所を超え、生き続けている。私は、小説、詩、アフォリズムと三つの言葉を書きながら、いつも、言葉の向う側のコトバを書いているつもりである。

3616. 存在たちの眩暈?木の眩暈?水の眩暈?石の眩暈?風の眩暈?量子の眩暈?宇宙は眩暈に充ちている!!

3617. ニンゲンが、人生の目標、目的をもった時代がある。①悟る-仏陀になる。(仏教徒)②仙人になる(老子)現在の、ニンゲンは、何を目標、目的にしているのか?

3618. ただ、今の(私)を生き切る~では少し淋しい。(天国)へ行く(キリスト教)(極楽浄土)へ行く(仏教)という目標も、21世紀の科学と懐疑の時代では、どれくらいの人が信じているのか?

3619. 大きな、大きな夢が消えて、ニンゲンは、(仕事)が、夢となってしまった。(少し淋しい)

3620. 仕事は、生きるための手段であろう。(生きる)はセイカツよりも、もっと幅の広いものである。

3621. 本気で、必死に、生きれば生きるほど、滑稽に見えてしまうニンゲンがいる。なぜ?ドン・キホーテである。『白痴』のムイシュキンである。

3622. 左へ行け、決して左に曲がらずに。右へ行け、決して右に曲がらずに!!

3623. ニンゲンは、宇宙の迷子。まだ、宇宙には地図がない。

3624. 一億年も二億年も、現在の形態で生き延びてきた銀杏の樹に(知性)がない訳がない。ニンゲンのもっている(知)とは別の(知)であるが。(青葉の森で、銀杏の巨木を眺めながら)

3625. たかだか百年のニンゲンの寿命では計れない尺度が無数にある。直観や思考以外の、(知)が宇宙には、眠っているはずだ。

3626. 三密を避けても、距離をとってもステイ・ホームしても、何時、どこで感染するのか、わからない。(死)はいつも、私の足もとにある。

3627. (私)が生きる-そのこと自体が大きな問い、謎と化してしまうこと。

3628. まだ、どこにもない場を、発見し、創造してしまう文体の魔。(古井由吉と吉増剛造)

3629. (私小説)作家と呼ばれていても、二つのタイプがある。(現実=リアル)の(事実)を積み重ねて書けば、(私)の真実に至ると思っている作家と、(私)の(事実)をいくら積み重ねても、私という不思議には至らないと思って書く作家。

3630. 質の良いニンゲンに出会うことは稀れである。人生に、何人もいない。声も思考も立ち姿も、これぞニンゲンとして、存在そのものが静かに輝いている!!

3631. いい耳を持った人も稀れである。ヒトのココロの傷を、悲を、苦を、傾聴できる、耳をもっている。”やさしさ”は耳から始まる。

3632. 魂のダンディズムを具現した旧友がいる。人生で、特別に、何かを為した訳ではない。普通の生活人であった。しかし、その男の魂は、実にやさしかった。”さらば、お先に”という言葉を遺して、逝った、旧友、中川繁よ。

3633. 何が耐えられぬ?(私)が終る(無)になることではなく(永遠の宙吊り)が畏怖である。

3634. 終わりが来るのは耐えられる。終われない恐怖は、気絶してしまう!!それでも、また、眼が覚めて、(私)が続く、漂う、浮遊する宇宙に。

3635. (死)が来るから、苦しい生にも耐えられる。永遠の責苦に(私)の意識は耐えられぬ。

3636. 狂わないためにも(死)は必要である。

3637. 正気で永生を生きるのは怪物である、ニンゲンではない。

3638. 永訣の朝と夕べがあるから(美)も誕生する。

3639. 病人は、病人のコトバで考える。老人は?老人のコトバで考える。なってみてはじめてわかること。

3640. 元気すぎる人のコトバは、病人のココロには届かない。

3641. 若者の、夢を語るコトバも夢を喰い潰した老人の耳には届かない。

3642. その身になって、考える-なかなか出来ぬことである。(ココロの距離)

3643. 死の淵にいる人に、声を掛ける。さて、どんなコトバが、ココロに響くだろうか?共時的な、体験のコトバか?「君は、確かに、居たよ、僕は知っているとも」

3644. 99パーセントのニンゲンは(人間原理)のもとで生きている。1パーセントのニンゲンが(宇宙原理)でも生きている。

3645. 視座が異なると、あらゆる(意味)が変わってしまう。

3646. 11次元を発見して、11次元に生きていると思っている人は、4次元に生きている人とは、(存在)の形が(存在理由)が異なって見えている。

3647. ニンゲンは(人間原理)で生きる限り、あらゆるものに(名前)をつけて、意味付けをする。

3648. (宇宙原理)で生きる人は、宇宙は、非・意味の世界であるから、ニンゲンを、特別視しない。非・意味の世界で、眺めている。

3649. ただし、ニンゲンは、非・意味の世界に耐えられない。意識で夢を見る。

3650. 光に遭遇して、何に会ったのか?誰に会ったのか?直観できる人は、わかる人は、どのくらいいるのだろうか?

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• 金曜日, 10月 01st, 2021

宇宙の記憶を一番深く長く刻んている石に感応して 石の放つコトバを 聴き 読み 見てしまった 四人のニンゲンがいる 大津の穴太衆のように

あらゆる石のコトバを聴く「石っこ賢さん」と呼ばれた少年がいた 野へ 山へ 川原へと 歩きに歩いて 石を収集して 分析し 分類し 科学し 詩「永訣の朝」にまで昇華した宮沢賢治 法華経から相対性理論まで読み込んで 宗教と科学と文学が結婚した 『銀河鉄道の夜』 に至った 宇宙でも石を発見 石のコトバを書き続けた 他人に デクノボーと呼ばれながら ケンジの石はみかげ石

「私はひとつの石ころである」秋山駿の「生」の綱領である ある日 道端に転がっている石ころを拾ってきて 机の上に置いた 知的クーデターのはじまりの合図だった 一日 七日 十日 百日とデカルト風な石ころとの対話がはじまった 『内部の人間』 の発見と誕生
『舗石の思想』 は石ころのコトバの頂点 ある日義母が家を出た 秋山青年は 追いかけて行って 石ころを手渡した 自分の耳を切り落として 貧しい女に差し上げようとしたゴッホの心性と酷似 極楽トンボと呼ばれながら 石ころの「生」を生き抜いた

狂女の祖母と身も心も交感できる心性をもった少女 天草の石工の棟梁であった祖父が築いた石垣の石と 魂の交感ができた少女 ニンゲンの世界のどこにも 言葉をかわせる場所がなかった 石になろうとして身を投げた 苦と悲と怨しかない水俣病の患者たちに共感し 共鳴し 共振して 『苦海浄土』 に至った 石のコトバを ニンゲンの言葉に変換して 闘い抜いた巫女・石牟礼道子であった

化石少年と呼ばれた男がいる 一日中山を歩きまわって 化石ハンマーで 化石を割りに割って 水成岩の中心に巨大なウニの化石を発見 震撼された魂 中心へと歩く心性の誕生 夜と昼の彼方へ 異界へと歩く 淵を 縁を 際を 間を 境目を 裂け目を 物と言葉の 夢と現の 此岸と彼岸の 正気と狂気の境界線上を歩く どちらに転ぶかわからない危険でスリリングな歩行者 中世の二上山と古代のエジプトを共時的に歩いて 『オシリス 石ノ神』 に至る 吉増剛造のコトバ宇宙が出現 顕現したのは石のコトバ

四人に共通する心性は? 石と歩行と無私

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• 木曜日, 4月 22nd, 2021

「40余年ぶりに甦った詩!!新型コロナ禍に読むと、そのリアリティが倍増する詩~」


三月の光線が膨らむ季節には 私の場所がない 物は怯えながら 自らをひろげる 私は はじらいの気配に躓く心を静思し崖落下 躰を制止身悶え狂い 桜の花正視から気狂い 放たれぬまま 私は歩く 歩行が呼吸を決定する 私は時間に触れる 散る花びらを踏む 樹皮を撫でる ある夕方 時間を刻んだ 垂直に来たあのひとの眼差し貫かれ 夢の私を視る私消え 私という自然の絃川流し 眼が人殺し 歩かされ 戻らぬ私の漂流旗印し何処だ 私は確認する 物質自体と魂の裂け目背負っても自然 朝の食卓につかぬ人はない 夕から歩けば


七月の光線が割れる季節に 無数の独楽が回転する あの忌々しい一点とこの痛み一点が接合する真昼の海 砂粒の静止が破れ 水の移動が拒まれる 風の手足が千切られる 物の差異が眼にみえず分裂の境にある私の影 スピン狂い 問う形から問われる形まで展げられた迷路 その時まだ眼を閉じるな 自分を喰い尽す蛸の場所まで移動しろ 夢の中で視つづける もう一人の執拗な私 風吹く夕まで直線に歩くあのひと 静止しているのではない誘われた記憶の貼絵 起つ位置は 今 信じきる一点 辛い嘘 暗い背中の眼に睨まれた生きもの 光の暈に射しにかれる砂粒 棄て去られた廃船を支えたまま 揺れる海を貫くものを叩け 正視できぬ夏の光線を 単純な私の一歩で割れ 塩水を飲んだ私のまま 奇形の現実もあるという承認を刻め


十月の光線が縮む季節を 物は移動する 秘められた気配に犯され 私の位置が暗がりの方にずれる 抱きかかえてきた固有の法にひび割れが生じる めくれあがる一枚の皮 覗く者から隠す者まで 禁じられぬ共振れ その一瞬紅葉散る 水は流れる 何処へ 宿命のまま鳥は翔ぶ 頂点から底辺まで含み尽くたあのひとの眼に刺されて 蟻は這う 私は貼りつけられた鏡の闇から歩行する 崩れおちた隙間を狙う痛みの一歩 均質としか名付けられぬ場所で 怯み 蠢く単細胞の夢の幅 胎児から少年まで透視した地図上で 問われてみるがいい 歩きはじめた唇から 鍛えられた年齢分の網領が紡ぎだすものの暗い形 縮む光線の東のもとで物自体がおののく 私は 自然の形で 大量の水を 胃袋に与える


一月の光線が沈む季節へ 支配された私が侵入する あのひとに潰されたまま蹲っている部分 占領できぬ部屋の数が私を照らしだす 凍えた指の肌に触れるものが私 寂寥の後 笑い声の背後に立ち尽くし 視つづけている眼の死刑 その形一切が浮遊する光景風の舌舐めろ 暗がりで萎えたまま 私の芯も起て 躓いた蟻の脚が露出する裸の方式 垂直に来たあのひとを 雪の舞いで消せ 石にとまる冬の蟻を視るな 闇の奥処で息づくものは 命名すれば寂寥ばかり 底をついた米櫃に強制されたその場所を 眼を閉じて 通過する人でもあるまい 我楽多に我楽多の論理 紙人形の唇蹴れ 胃酸過多の都市裂けろ ひび割れた私の歩く余白には 私を 限りなく 私へ導く強みがある その一点が 私の踏みだす意志の形 物質が消す 空中楼閣の夢
文芸季刊誌「歩行 第一号」(昭和四十九年刊)

昔、27歳の時に書いた詩が甦って、読者の方々に、衝撃を与えている。
「これ以上の詩を読んだことがありません」「霧箱は、ひとつの暗号です」「メタファー極致です」「(言葉)の向う側の(コトバ)です」(読者の声)

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• 金曜日, 4月 09th, 2021

色紙で千羽鶴を折るように あらゆる言葉を折り込んで 不可視のコトバに至れ(声)
ニンゲンに 一体 何ができる?
今日もコズミック・ダンスを踊っている
朝の光の中で 趺座をかいて 大きく鼻から息を吸って 細く長くゆっくりと口から息を吐く 呼吸そのものになって ココロと記憶と意識の一番深い井戸の底へ
時間が爆発した
空間が爆発した
意識が爆発した
コトバが爆発した
気がつくと 朝と昼と夜がめぐる 見知らぬ場所に 突然 放り出されていた
一即無限の(私)がいた(数の魔)

青空に夥しい光の独楽が廻っていた
歩くと 空は垂直になり 蓮華畑に横たわると 水平になっていた (私)は突然 光の独楽になっていた
もう もとの(私)には戻れない!!
発狂するほどの畏怖と恍惚がやってきた
かつて(私)は光だった(ファースト・スターの)
かつて(私)は波だった(重力の)
かつて(私)は風だった(ビック・バンの)
一即無限の宇宙であった(時間の魔)

それから? それから?何があった?
歩行者になった(極北へ)
思考者になった(一切知者の道へ)
労働者になった(額に汗して)
一即無限の世界があった(次元の魔)

ニンゲンに 一体 何が出来る?と呟きながら 気がつくと もう古稀 無常迅速
(私)は いつのまにか 宇宙の大合唱に参加していた 青い光の独楽となって廻っていた 無(私)になって 超(私)となって ただコズミック・ダンスを踊り続ける 不可視のコトバであった
(1月12日)

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• 月曜日, 3月 22nd, 2021

3551. ニンゲンは、あらゆるものを(言葉)の世界に封じ込めようとするが、あらゆるものが放つ(コトバ)は(言葉)の外部世界にある。

3552. だから、不可視の「コトバ」を見るもうひとつの眼がいる。

3553. 千里眼、透視者と呼ばれた人は、確かにいたのだ。

3554. 共時的現象は、何度も何度も、私の身に起こっている。私は、その(コトバ)を視た。信じている。

3555. (事実)と(ジジツ)を見分けることだ。時空を歩いて。

3556. 来る(コトバ)を、アフォリズム化する身体は、楽しい。

3557. アフォリズムは「言葉」から「コトバ」に至る橋だ。

3558. 「言葉」という記号から不可視の「コトバ」という存在そのものに至るアフォリズムである。

3559. 「言葉」の向う側の「コトバ」を、透視してくれないか?

3560. 現象・事象は「言葉」ではなく「コトバ」だ。言葉として表現したものは(事実)ではなく(ジジツ)だ。

3561. アフォリズムの「コトバ」は「瞬間の王」と呼んでもよい。

3562. 光に感応する瞬間がある。青空に感応する。木に感応する。水に感応する。石に感応する。草に感応する。土に感応する。(私)とコトバの交流である。あらゆるものは、コトバである。もちろん(私)自身も。

3563. コトバの交換が、瞬間瞬間に現成して(私)の宇宙が顕現する。そして、コトバの海を漂うニンゲンである。

3564. (私)の中に木が立っている。おそらく、木の中にも(私)が立っている。まだ、木と(私)が一緒で未分化で、はるかな太古の時代の記憶が尾を引いている!!

3565. (声)の交信。コロナ禍の中で、旧友たちから便りが届く。手紙で、メールで。もう、長い間、会っていないような気がする。眩暈の後、昔日の、旧友たちの雄姿が甦ってきて。ホッコリとココロが温かくなる。又、会おう!!

3566. 逝ってしまった朋輩たちの残した、俳句、詩、作品、手紙、メールを読み返してみる。コロナ禍の中だからこそ、彼岸と此岸の通信が復活。

3567. 〇の中心に起って、〇を生きる。△の中心に起って、△を生きる。□の中心に起って、□を生きる。〇と△と□が合体する、その事象を生きるのだ。ひとつの宇宙を生きるとは、そういうことだ。

3568. 確か、「松のことは松に習え、竹のことは竹に習え」という古人の言葉がある。なるほど。絵画は色で、音楽は音で表現される。色と音は、一種のコトバである。あらゆるものは、コトバを放っている。「石」には石のコトバがある。いい耳、いい眼を持った人には、見えないものにも、コトバを発見する。(やはり、あらゆる存在はコトバであるか)

3569. 眼の前に、竹が一本あれば、(私)は、一時間、いや一日でも竹のコトバを楽しめる。他に何もいらない。

3570. 石であれ、木であれ、草であれ、小さなひとつの宇宙であるから、ただ、無(私)になって、眺めるだけで充分だ。放っているコトバに耳を傾ける。

3571. (私)を全存在に対して、開けっぱなしにしておくこと。あれやこれやの日々の関係を断って。コトバの風が(私)を吹き抜ける。

3572. ひとつの石ころをとことん考えることが、そのまま(私)とは何者かと考えることになった。そして、「内部の人間」を発見した。今、秋山駿のコトバが身に沁みる。石ころのコトバを聴くいい耳をもっていた。ひとつの石ころとして生き切った秋山駿。

3573. 宇宙の、あらゆるものが読まれている。なぜ?存在はすべてコトバだから。もちろん(私)も読まれている。何に?誰に?わからない。ただ、不思議だ。

3574. (私)とは何か?と問われて、(私)は「コトバ」で作られた者だと答える。

3575. はじめに、来た問いを、生涯持ち続けられる人は少ない。人はいつのまにか、(生きる)間に、セイカツの中で、その問いを、手離して、忘れたふりをして、握り潰してしまう。実に、もったいない。何も片がついていないのに。もう、終りが来る。

3576. 誰でも「人生の検証」が必要な齢がめぐってくる。内省し、検証し、残り少ない日々を、最後の一滴まで使い切ってしまうまで。

3577. ニンゲンは波である。「生」も「死」も。いい波の時もあれば、わるい波の時もある。どんな波でも(私)自身である。サイクルがある。わるい波の時には、ひたすら耐えて、ただ待つ。

3578. ウツの世界へ、ソウの世界へ(私)という波は、その頂点から底辺まで、バイオリズムとなって反復する。

3579. 足もとの深淵に魂も氷りつき、青空の高みに、恍惚となり、あらゆるものを味わってやれ。宇宙の(生)の一回性にかけて。

3580. ココロの波、海の波、重力の波、素粒子の波、あらゆるものは波という形のもとに、伝わっていく。(私)の原型は波。

3581. 文字という「言葉」を読みながら、いつも、その彼方に、深淵に、見えない(不可視の)「コトバ」を読み込むのが、「読書」の真髄である。

3582. 見えないコトバが文字=文章になる(書かれて)。だから、道をたどって、見える「言葉」から、見えない「コトバ」に至る。

3583. 見るは、読む、触れるの果てにある。もちろん、(考える)の向う側にある。

3584. 透視か?幻視か?見定められなくても、ニンゲンは、もうひとつの眼を信じて、(見る)のだ。

3585. 言葉の彼方のコトバを書ける作家が、いったい、何人いるだろうか?

3586. ヒトは、誰でも、生命宇宙という(私)を生きている。高い、低い、深い、浅いに関係なく、ヒトの生命宇宙は、等しく同じものである。

3587. しかし、実は、(私)という生命宇宙の位相は、意識するところのものは、どれも、ちがった貌をもっている。

3588. 同時代を生きているから、ヒトの意識は、時代の色に染められる。(ソレは表面である)

3589. それでも、生きる意識の位相は一人一人、異っている。(深層では)

3590. 誰かに訊いてみれば、すぐに、わかる。君は、いったい、どんな生命宇宙に棲んでいるのか?と。時空は、決して、ひとつではない!!

3591. (私)にも意識が届かぬところにも(私)がいる。

3592. 脳の力が届かぬところにも(私)がいる。

3593. よって、(私)の脳は、(私)のすべてではない。

3594. 生命システムの中の脳。

3595. もちろん、ココロは、脳を超えて在る。

3596. (私)の記憶も、私の部分にすぎない。記憶の間違い、記憶以外にあるもの。

3597. (私)全体は、細胞の、DNAのシステムをも、超えている。

3598. 誰も(私)に会うことはない。完全に。”絶対”という王が死んで久しい。

3599. ヒトが生きれば、どんな心境・思想に至るのか?文豪・夏目漱石は?「則天去私」神話へ。天才・荒川修作は?「天命反転」の思想へ。重田昇は?「一即無限」の心境である。存在を、世界を、宇宙を、表現してみた。私の思想となった。(旧友I君に、空海みたいだねと言われて)

3600. (現実派)の江藤淳は、社会化された(私)の「言葉」で、歴史・文学・芸術を語った。(誰にでも共通する言葉で)「私はひとつの石ころである」という秋山駿の「石ころ」が何か解らなかった。「内部の人間」である秋山駿は「ノートのコトバ」で生きていた。社会の「言葉」の向う側の「コトバ」は、存在そのものであった。江藤淳は、秋山駿を「極楽トンボ」と呼んだ!!

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• 土曜日, 3月 20th, 2021

若くして、その感性で時代の若者たちの「問題」を、ユニークな文体で描き切ったものの、恍惚と不安の作家たち。石川啄木、中原中也、大江健三郎、石原慎太郎、村上龍、綿矢りさ、金原ひとみ、そして宇佐見りん。
(時代)を背負って、その風俗にまで影響を与えた作家たち。
一方で、生きて、生きて、人間も、世間も、社会も吸い尽くして中年で、老年で、突然、登場して、その生きざまで、思想で、文体で、テーマで、世間を驚かせた、作家たち。深沢七郎、石牟礼道子、稲垣足穂、藤沢周平、黒田夏子、夏目漱石、井原西鶴、須賀敦子。
もちろん、どちらが幸運か不幸かは、決定できない。
一人一人の作品と、その生涯をしばし、考えてみると、やはり、若くして作家になった者たちの足取りは、苦しい。辛い。華やいでいるが、その実体は、苦難に充ちている。なぜ?まだ、よく、私を、社会を生きてない者が書く小説は、想像力に頼るあまり、(人間)を丸ごと考える力が不足している。働いたことがない、(現場)を知らないまま、(人間)を書くから、成熟した社会の人の眼に耐えられない内容になる。小説の舞台が、テーマが、狭すぎる。したがって、小説は、ピンチに充ちた苦難の道をたどることになる。
一方で、生きて、生きて、(人間)を知り尽くした上で、作家となった人たちの書く小説は、「人間」が、深く、生き生きしている。テーマは豊富、登場人物もバラエティに豊み、その世界は、読者を魅了して止まない。

今回、三島賞を受賞した『かか』と芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ』の二冊を読んでみた。著者は、まだ、21歳の大学生である。書いた小説は、二作。その二作とも、大きな文学賞に輝いた。そして時代の寵児となった。
宇佐見りんは、SNS・インターネットやスマートホンの時代の子である。風俗を背景にして、ストーリィテーラーの文体が見事に、(時代)を切り取っている。この才能は、若き日の、大江健三郎や石原慎太郎の登場を思わせるものであった。

第一創作集『かか』(文藝賞受賞・三島由紀夫賞受賞)
処女作には、その作家のすべて(核)があると言われる。なるほど。
19歳のヒロイン・若者を描いた、20歳の宇佐見りんの作品『かか』にも、それからの彼女の将来を予見させる素材がすべて出揃っている。
インターネット・SNSの時代の単なる風俗小説と思いきや、実は、人間の「生・老・病・死」がすべて入っている小説だ。19歳の多感な女性の日常と非日常を描きながら。
①父の浮気で離婚した母のウツ。
②ババとジジの老い。
③母の病い・子宮筋腫と手術。
④叔母の子・明子の死。
⑤「家」の日常と非日常。
そして、熊野への旅で、対峙する「カミ」
これから、宇佐見が掘り下げていくテーマが、すべて、作品に含まれている。単なる感性の放出ではなく、物語作家としての、確かな「文体」を持っている。
小説を支えるものは「文体」であり、そのディテールの描写にある。モノにぴったりと吸いつくような文体は、三島由紀夫の文体とは正反対。黒田夏子の、練りに練った文体とも対局にある。実に読みやすい。特に、作品を支える、鍵ワードは「かか語」の発見、創造にある。家族・家庭内の「方言」の効果は、小説の柱(核)である。
SNS・インターネットを駆使する若者が、神々の国・熊野へ旅をする。横浜から熊野まで。(日常と非日常)(正気と狂気)の間で揺れるヒロイン。
宇佐見は、作家、中上健次のよき愛読者だという。熊野は、和歌山県(新宮)出身の中上が、好んで書いた、神々の棲む地である。
インターネット・SNSの電子空間を抜けて、自然の、神々の棲む熊野へ、旅するというラストシーンが、実によく描けている。宇佐見りんは、処女作で播いた種を、育て、掘り下げ、長い、長いもうひとつの旅へと出発したところだ。

第二創作集『推し、燃ゆ』(芥川賞受賞)
パソコンもできない。メールもできない。インターネットもできない。スマートホンもできない。もう、時代遅れの、「死んだ人間」である私が、実に面白く読めてしまった作品である。

舞台は、現代の、インターネットのSNSの時代である。「推し」もわからなかった。スターにあこがれる、スターを推しているファンである、という意味。

60年代(昭和)の石原慎太郎の小説の舞台は、湘南。ヨットにのる青年たち。海(自然)と人間。荒れ狂う、青年たちの日々。「太陽族」と呼ばれた。
『推し、燃ゆ』の舞台は、インターネットの、電子空間。ネットが炎上する。アイドルを追いかけて、そこに自らの感情を注入し、一喜一憂するヒロイン。
冒頭は「推しが燃えた。」で始まる。そこに、物語のすべてがある。短く、たたみかける、文章が、いい。
最後は「当分はこれで生きようと思った。体は重かった。綿棒をひろった。」で終わる。まるで、カミューの「異邦人」のような簡潔な文体。余分なものは何もない。
ブログの時代。ブログの言葉。いや、宇佐見りんの書く言葉は、ブログの言葉を離れている。言葉をコントロールしている。(時代)は変わる。時は流れる。風俗も言葉も変わる。しかし「文学」の「言葉」は死んでいない。
宇佐見は、はじめて、ブログやインターネットの言葉を「文学」の「言葉」に変換した、はじめての作家であろう。
同時代を生きているが、やはり、宇佐見は、新人類である。詩人の「最果タヒ」の言葉も新しいが、宇佐見の言葉も新しい。二人とも、言葉の自由度が高い。一人の作家・詩人の言葉が「同時代」を代表する時は、意外にも短い。だから困難はある。
宇佐見や最果の作品が、どんな世界を見せてくれるか、楽しみである。最果タヒや宇佐見りんには「言葉の向うのコトバ」を書ける詩人・作家になってほしい。

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• 火曜日, 1月 12th, 2021

新型コロナ禍の時代である。
セイカツのリズムが随分と変わった。早稲田の、稲門会の「読書会」がなくなった。市民のための「読書会」がなくなった。(他人の声・感想を聞くのは、実に、楽しい)
「読書」は、もちろん、独りで行う行為である。(読めば話したくなり、書いてみたくなる)
ステイ・ホーム、(家にいろ)(外へ出るな)ソーシャル・ディスタンス(距離をとれ)三密を守れ(密集・密接・密閉)。マスクに、手洗いに、うがいの実行。コロナを予防するために、日々の楽しみのほとんどが消えた。「読書会」「映画会」「ゴルフコンペ」「囲碁の会」「散策の会」「新年会・忘年会」「暑気払い」「カラオケの会」「旅」。
ヒトと交流するニンゲンである。ほぼ独居状態で、セイカツしている身であるから、一日に、一回も他者と会話をしない日がある。もっぱら、自分自身との対話である。友から、電話がくると、ついつい、長話になる。人恋しいのである。言葉を忘れそうになる。気がつくと、独り言を言っている。

読むこと、書くこと、歩くこと、瞑想すること、私の一日は、四つの柱でできている。
ところが、夏の猛暑で、熱中症になって、不眠と食欲不振と自律神経失調症が重なって、三ヶ月ほど、読む、書く、歩くの三つの柱が崩れた。残ったのは、呼吸法と、瞑想法だけとなった。
軽い老人ウツが来た。コロナウツの一種か?
毎年、八月に、一年間に読んだ「本」を「読書日記」として、その感想を書いているが、今年はその原稿を書けぬまま、十二月になった。
涼しくなり、寒くなり、どうやら、不眠も解消した。しかし、眼が弱くなった。長時間「本」を読むと、眼がハレーションを起こして、空間が、風景が、活字が歪む。困ったものだ。もう、なかなか、長いものが読めない。俳句(芭蕉)や和歌(西行)を読んで、楽しんでいる。

エネルギーの低下は、そのまま「生」の質の低下である。

もう、言葉の向こうに、コトバがある「本」しか、読みたくない。いったい、何人の作家が、思想家がそんなコトバを書いているのか?数えるほどしかいない。

ひとつの作品に魂を震撼させられると、その作家の書いたすべての作品を読みたくなる。そして、最後に(死んだ人なら)「全集」(著作集・作品集)を読みたくなる。(作品・随筆・日記・手紙)
私の本棚には、今まで、50年間に読んできた「全集」(著作集)が並んでいる。
ドストエフスキー全集、エドガー・アラン・ポー、ヴァレリー、マラルメ、バタイユ、ユング、フロイド、エリアーデー。弘法大師(空海)、北村透谷、夏目漱石、志賀直哉、梶井基次郎、小林秀雄、中原中也、井筒俊彦、宮川淳、須賀敦子、吉本隆明、埴谷雄高、(安部公房、大江健三郎、島尾敏雄作品集)等々・・・。
秋山駿は、「全集」はないが、ほとんどすべての「本」を読んでいる。石原吉郎も、池田晶子も。古井由吉も(現代の最高の作家)(私)の書くコトバの源泉である。

この十年では、三~四年かけて、井筒俊彦全集と、須賀敦子全集を、隅から隅まで読んで、感動した。二人とも、言葉の向こうに、コトバを発見した人であった。

いつも、誰かの「全集」を読んでその人のコトバと共に、生きている。さて、これから、誰の「全集」を読んでみようか?

「ベンヤミン・コレクション」全七巻を入手した。平均600ページもある「全集」?である。
眼が弱ってしまった(私)に、これだけの分量が、読めるだろうか?ベンヤミンの思考を追って、言葉の向こうに、コトバを発見したいと念じている。
(私)が読む、最後の「全集」になるかもしれない。

1.「宇宙と宇宙をつなぐ数学」IUT理論の衝撃(角川書店刊)加藤文元著
2.「空海の行動と思想」(高野山大学刊)静慈圓著
3.「母の前で」(岩波書店刊)ピエール・パシェ著
4.「江藤淳は甦える」(新潮社刊)平山周吉著
5.「プシュケー」(他なるものの発見Ⅱ)(岩波書店刊)ジャック・デリタ著
6.「夏物語」(文藝春秋刊)川上未映子著
7.「ていねいに生きて行くんだ」(弦書房刊)前山光則著
8.「そのうちなんとかなるだろう」(マガジンハウス刊)内田樹著
9.「恋人たちはせーので光る」(リトルモア刊)最果タヒ著
10. 詩集「花あるいは骨」(土曜美術社出版販売刊)加藤思何理著
11.「宮沢賢治 デクノボーの叡智」(新潮選書刊)今福龍太著
12.「海と空のあいだに」石牟礼道子全歌集(弦書房刊)
13. 詩集「QQQ」(思潮社刊)和合亮一著
14.15.「荒川洋治詩集」(続)(続続)(思潮社刊)
16.「法華経」上・下刊 サンスクリット原典現代語訳 植木雅俊訳
17.「ベンヤミン・コレクション①-近代の意味」(ちくま学芸文庫刊)
18.「老人と海」(新潮文庫刊)ヘミングウェイ著
19.「日はまた昇る」(新潮文庫刊)ヘミングウェイ著
20.「武器よさらば」(新潮文庫刊)ヘミングウェイ著
21.「ヘミングウェイ全短編集②」(新潮文庫刊)
22.「ライ麦畑でつかまえて」(白水社刊)サリンジャー著
22.「フラニーとズーイ」(新潮文庫刊)サリンジャー著
23.「山岸哲男詩集」(土曜美術社出版販売刊)
24.「海を撃つ」(みすず書房刊)安東量子著
25.「岸辺のない海 石原吉郎ノート」(未来社刊)郷原宏著
26.「ネーミングは招き猫」(ダビッド社刊)安藤貞之著
27.「一色真理詩集」(土曜美術社出版販売刊)
28.「川中子義勝詩集」(土曜美術社出版販売刊)
29.「鏡の上を走りながら」(思潮社刊)佐々木幹朗著
30.「純粋な幸福」(毎日新聞出版刊)辺見庸著
31.「ベンヤミン・コレクション②-エッセイの思想」(ちくま学芸文庫刊)
32.「樋口一葉を世に出した男-大橋乙羽」(百年書房刊)安藤貞之著
33.「ベンヤミン・コレクション③-記憶への旅」(ちくま学芸文庫刊)
34.「時間はどこから来て、なぜ流れるのか?」(講談社ブルーバックス刊)吉田伸夫著
35.「ベンヤミン・コレクション④-批評の瞬間」(ちくま学芸文庫刊)
36.「22世紀の荒川修作+マドリン・ギンズ 天命反転する経験と身体」(フイルムアート社刊)編著者 三村尚彦・門林缶史
37.「ベンヤミン・コレクション⑤-思考のスペクトル」(ちくま学芸文庫刊)
38.「続・全共闘白書」(情況出版刊)
39.「ベンヤミン・コレクション⑥-断片の力」(ちくま学芸文庫刊)
40.「サピエンス全史」上・下巻(河出書房新社刊)ユヴァル・ノア・ハラリ著
41.「21Lessons」(河出書房新社刊)ユヴァル・ノア・ハラリ著
42.「詩への小路」(講談社文芸文庫刊)古井由吉著
43.「古井由吉-文学の奇蹟」(河出書房新社刊)
44.「ベンヤミン・コレクション⑦-<私>記から超<私>記へ」(ちくま学芸文庫刊)
45.「心教を以って尚と為す」(敬文社刊)小泉吉永著
46.「読書の愉しみ」壬生洋二著

1.「宇宙」と名の付く「本」なら、なんでも読みたい。なぜ?結局、人間は、宇宙を知らなければ、自分たちの「存在理由」も発見できないから。
疑問、問いが発せられるなら、必ず「解」=「答え」はある。
中学・高校の「数学」は嫌手であった。「零の発見」を読んでから、「数学」の面白さに驚いた。超難解な、長年解けなかった「フェルマーの最終定理」や「ポアンカレ予想」についての解説書を読んで興奮した。まだ誰も解けぬ「ABC予想」に挑む、数学者・望月新一が提唱した「未来からきた論文」を(IUT理論)数学者、長年、望月の話を聞き、論文を読み込んできた、加藤文元が一般向きに、解説した「本」。専門の数学者たちにも、わからないという、超難解な論文・理論。なぜ?わからない?今までの、数学に使用されたコトバとはまったく異なるコトバで、書かれている。国際的(国と国)という。望月のコトバは、「宇宙際」である。つまり、宇宙と宇宙をつなぐコトバ・発想で、書かれている。一読したが、十分の一もわからない。再度、挑戦したい、スリリングな「本」である。

2. 静慈圓は、学僧である。しかも「行動の人」である。高野山大学大学院で、サンスクリット語を教わった。徳島県出身。自ら「曼荼羅」をも描いた。何よりも、中国に渡って、長安までの道を、空海が歩いた道を歩いて、(空海の道)をひらいた行動の人。中国と日本の仏教の架け橋を創った僧である。本書は、空海の書いた原文を読んで、空海の思想と行動を読み解いたテキスト。ヒマラヤ・チベットで、様々な曼荼羅を発見し、長安への2400キロの道を歩き(空海ロードと命名)伝燈阿闍梨職位を受ける。高野山清涼院住職。

3. なぜ?何が、思想家・作家・辺見庸のココロを震撼させたのか?辺見庸が、「偉大な本である」「私の聖書である」と絶讃しているので、私も読んでみた。
なるほど、ここには、一切を、自分のコトバで考える、思索者がいる。100歳の母(ユダヤ人)を前にして、見る、語る、思考する、その「文体」が、実に見事である。
モノを考えるということが、どういうことか、「本書」は教えてくれる。やはり、作家は「文体」で考える人種である。散文、記事、レポート、小説、詩、評論を書いている、さまざまな「文体」を創出している辺見庸だからこそ、「本書」を読み解けた。

4. 江藤淳・吉本隆明の時代があった。(右と左であるが、実に仲が良かった)
江藤淳が自死して、もう20年になる。堀辰雄(結核)や太宰治(自殺)を否定した、生命力の、力の人、江藤淳(自らも結核)その江藤淳が、(自殺を否定)妻に死なれ、自らも病んで、これは、もう自分ではないと、自殺した。
江藤淳の思想とは、いったい何だったのか?
「本書」は、編集者として、江藤淳の近くで、日常を知った者が、思想家・江藤淳を、(評論家、裸の人間)考察した、力作である。783ページの大作。

5. 若い頃、デリタの「グラマイトロジーについて」と「差異とエクリチュール」に圧倒された。いったい、これは、何だ?と。碩学・井筒俊彦を唸らせた、デリタの考察。「本書」は、「脱構築の人」デリタの、中期の代表作12のエッセーを収めたもの。私にとって、うれしかったのは、デリタがアフォリズムを書いていた事実である。
「不時のアフォリズム」そうか、デリタも、アフォリズムを最高のコトバと考えていたか。感動、感謝を。

6. 「夏物語」を読む。作家は、結局、書く言葉がどれほど深くにまで届くかに尽きる。誰の言葉でもない、誰でも使っている言葉が、作家の手によって、オリジナルの言葉になる。そして、作家は、言葉の向こう側にあるコトバをも、表出しなければ、本物ではない。川上未映子も、そのことを直観している、数少ない作家の一人であろう、と思う。(詩)からスタートしたのも、ひとつの要因であろう。「夏物語」は、著者がはじめての1000枚の、長篇小説、大作である。読むのが辛くて、2~3回中断した。その理由は?
①私の体調不良、長時間の読書に眼が耐えられない。ハレーションを起こして、空間、風景、文字が歪む。
②「乳と卵」の続篇であるような「貧乏物語」の前半。主人公の原風景。父の不在。貧乏という桎梏!!母系家族。
しかし、単なる人情咄が存在論へと至る後半は、川上が「言葉」から「コトバ」に至る、真骨頂である。この世は生きるに値するのか?で、子供を生む世界であるのか、ないのか?子供は、どこから何から生まれてくるのか?
川上は、近松門左衛門のような関西の(語り=物語)の系譜の上に位置している。伝統をしっかりと継承している。同時に、(考える)という思考の核をも持っている。彼女の特質と心性であろう。
読み終えて、最後の四行がココロの中に響き続けた。
「その赤ん坊は、わたしが初めて会う人だった」
見えるか?川上未映子のコトバが!!

7. 「ていねいに生きて行くんだ(本のある生活)」(熊日文学賞受賞)
日本人には、随筆・随想・エッセイがよく似合う。大作品ではない。日々の思いのあれこれを、自然に、自由に書き綴る。批評眼を光らせて。昔から「徒然草」や「枕草子」という傑作がある。本書は、前山光則が、出版社のコラムページに、書き綴った二百五十余篇の中から、70篇を抽出したものである。日々の出来事・旅の思い出・考え、感想などを「本」にからめて、自由に語っている。
島尾敏雄、石牟礼道子、種田山頭火、淵上毛錢、若山牧水、中原中也と、文学者・詩人・歌人との出会い・邂逅も、いかにも前山光則らしい。
視点、立ち位置が、とても、ヒューマンである。等身大のニンゲンとして、読み、書き、語るその姿勢が、人を、やさしい気持にさせてくれる“人柄“が実にいいのだ。「ていねいに生きて行くんだ」(淵上毛錢の詩の一節)というタイトルにも、作者のココロのあり方が滲みでている。
熊本で高校教師として、セイカツしながら「文学」に生きてきた前山光則である。地に足をつけて。
昔、大学時代、ある出版社で編集のアルバイトをした。その時に、同じアルバイト学生の前山光則に会った。笑顔がよく似合った。当時から「島尾敏雄」を論じて、書く「文学青年」であった。あれから、50余年の月日が流れた。一昨年、ガンで、最愛の妻を亡くした。食事も咽喉を通らぬほど落ち込んで、大丈夫かなと思ったが、こうして「本」を出版するエネルギーを持つに至った。何があっても、書いてこそ「文学者」である。まだまだ続く、エッセイ。楽しみだ。行けるところまで行って下さい。旧友文学仲間の重田昇より。

8. 「そのうちなんとかなるだろう」
内田樹も、終に「自伝」=「私の経歴」を書くようになったかという深い感慨がある。内田樹の「本」は、文庫本と新書で十冊ほど読んでいる。
「レヴィナスの愛の現象学」「私家版・ユダヤ文化論」が内田の思想を代表していると思っている。翻訳者・武道家・大学教授、そして哲学する人である、内田樹。
内田の思想は「師」を得るところからはじまる。合気道の師「多田宏」宗教者の、思想家の師「レヴィナス」
「師」のコトバを翻訳し血肉とする。
つまり、松のことは松に習え、竹のことは竹に習えという形から入る手法である。松のコトバを聞く、竹のコトバを聞く、石のコトバを聞く、という手法は、一番の学習方法である。そこから、自分自身の思考、コトバが紡がれてくる。
「そのうちなんとかなるだろう」(タイトル)は、芸人・歌手の植木等の歌の文句である。「本」の帯には、七つの事件が記されている。
①いじめが原因で小学校登校拒否
②受験勉強が嫌で日比谷高校中退
③親の小言が聞きたくなくて家出
④大検取って東大に入るも大学院3浪
⑤8年間で32大学の教員公募に不合格
⑥男として全否定された離婚
⑦仕事より家事を優先して父子家庭12年・・・
本書は、出版社からの、インタヴュー(語り下ろし)という手法で作られた。(後で加筆)
いわば、小説で言えば「私小説」である。自らの負・傷・苦・悲を語って、昇華させる手法である。七つの事件のどれひとつを取っても、気が滅入って、ココロが折れそうな事例である。おそらく、その瞬間には、内田も頭をかかえて、苦悩したにちがいない。しかし、すべてを、クリアして、生き延びている。それらを支えたものが(合気道)と(宗教哲学=レヴィナス)であったのだろうと推察する。
内田樹が今の内田樹になった理由が、この本の中にはぎっしりとつまっている。(行動=身体)と(思索=精神)二つの歯車を廻し続ける内田樹である。 

9. 「恋人たちはせーので光る」
ここではない、どこかへ、連れていってくれるのが、最果タヒの詩を読む、理由とスリルである。踊る最果タチのコトバを読むのは、実に、楽しい。発行された、すべての詩集に目を通している。
ただ、少しだけ、心配がある。イメージ、発想、直観がいつか、枯れてしまわないだろうか?自己模倣に陥ってしなわないだろうか?(現実)を踏みはずしてしまわないだろうか?コトバの世界・宇宙が収縮してしまわないだろうか?もちろん、(私)の心配など、最果タヒには、一切、関係がない。
「ぼくは一人きりで生きて、神様になろうかと思っている」(座礁船の詩)
「本当は生まれる前から知っていて」(人にうまれて)「呪いたい」「世界を恨んでしまいそう」「言葉は通じないものだ」最果タヒは、確実に、「詩の言葉」から「コトバ」へと移行している。
天才・ル・クレジオになってしまうかもしれない、最果タヒ。

10. 詩集「花あるいは骨」
加藤思何理の詩は、いつも迷宮へとヒトを誘う、あらゆる言葉の幻種を、交配させた詩の言葉に満ちている。感性、発想、心性が、日本人離れしている。
私は、加藤の詩を読むといつも、「バタイユ」を思う。リアリズムでは、読めない詩なのに実に、リアルである。いわば「メタファー詩」である。言葉が、コトバに変化している。「不死の人」ボルヘスを思わせる。七冊目の詩集である。あらゆる時空を、自由自在に走りまわる、そんな詩風は、「来たるべき書物」(モーリス・ブランショ)を期待させる。日本人の読者には、なかなか受け入れられないかもしれない。しかし、長い眼で見ると、一人、二人と、読んで、論じてくれる人が増えていく、そんな詩であると思う。自分自身を信じて。精進する(釈尊)

11. はじめて、今福龍太の「本」を読む。子供から大人まで、宮沢賢治の詩ほど、多くの人に、読まれた(詩)はないだろう!!
市民の読書会で、賢治の「銀河鉄道の夜」を読んでみた。講師として、三十人ほどの、作家たちの作品を選んで、読んできたが、驚いたことに、参加者の大半が、賢治を読んでいて、そのうち半分が、宮沢賢治の故郷、花巻を訪れていることだった。
生前は、詩人たちや、数百人の読者にしか、知られなかった「詩」が、今は、国民の「詩」になっている。
もちろん、専門の詩人、評論家たちも、さまざまな、読み方をしていて、詩の深さを物語っている。宗教と科学と詩が合体したのが賢治の詩、思想であるから、簡単で、やさしい言葉の奥にも、いつも、深いコトバが隠れている。
入沢康夫・天澤退二郎・吉本隆明などの「宮沢賢治論」とも、一味ちがう、今福の論考は、視点は、私には、実に、新鮮だった。こんなにも、じっくりと、楽しく読めた「本」は久し振りである。何よりも、ケンジの詩と匹敵する地の文章が身に沁みた。ケンジの魂の存在まで感じられた。愚者=デクノボーの思想は、今福の発見であろう。だから「読書」はやめられない。感謝。

12. 「苦海浄土」を書いた石牟礼道子の言葉の根は、いったい、どこにあるのだろう?そんな疑問が、私の中にあった。
「海と空のあいだに」は、石牟礼道子の全歌集である。670余首が収録されている。唸った。

いつの日かわれ狂ふべし君よ君よ その眸そむけずわれをみたまえ

雪の辻ふけてぼうぼうともりくる 老婆とわれ入れかはるなり

おとうとの轢断死体山羊肉と ならびてこよなくやさし繊維質

短歌の中に、石牟礼の、心性、感性、思想の芽が表出されていた。(狂)の世界。どこにも(私)の場所がないという心性。「石」に感応する心。(苦)とともにある感情。若くして、ニンゲンの世界に(苦)と(悲)しか見ていない。もちろん、石牟礼は、短歌の言葉の向こうに、「コトバ」を見ている。その「コトバ」が見えなければ石牟礼の言葉は、わからない。
短歌の世界と「苦海浄土」の世界で、コトバは、共振していたのだ。詩文から散文へと、移行しても石牟礼の見るものは、ちっとも変わっていない。解説は、生前、石牟礼道子と親交のあった、文芸評論家・前山光則である。声に、言葉に、生身に、ていねいに寄り添った文章は、正に(魂の交感)を見る思いの、ココロのこもったものであった。

13. 「QQQ」和合亮一の詩集を読む。
来年の三月で、3・11東日本大震災から、もう、十年になる。大地震、大津波、原発事故と人類が経験したこともない大惨事・大事件であった。詩人・和合亮一は、大事件、大災害、大凶事と同時的に、ツイッター詩を書いた。いや、手が動いた。コトバが降りてきた。「詩の礫」である。「詩の黙礼」「詩の邂逅」の三部作を出版した。あれから、もう、九年の月日が流れた、その時は、当然、苦しい、辛い、悲しい、しかし、その後も、苦しい、辛い、悲しいは続いている。
あの時、私は、ニンゲンの生き方、その存在理由も、一切が変わる変わらなければならないと思った。
狂おしい、意識が、ゼロ・ポイントに陥った。そこから、どんなコトバが誕生した?そんな思いで、和合の「QQQ」を購入して、一読した。感想は、複雑で、微妙なものであった。理由は?
今、また、世界中を騒然とさせる新型コロナ・ウイルスが猛威をふるっているからだ。ふたたび、人間の原理、思想が問われている。
(ニンゲンに何が出来る!!)和合のように、同時進行で、この新型コロナ禍のニンゲンを書くことができるか?誰が書いている?毎日、毎日、新聞、テレビの放送、報道は、確かにある。しかし・・・それは・・・おそらく、ニンゲンの根源を問うコトバではない。
さて、大災害の時は、もちろん苦しいが、その後も、また苦しいのだ。和合の新作を読んで、ココロが疼いた。読むのが辛い。大きな、大きな、問いが和合に来るのだが、「詩」のコトバは、それに答えることが出来ない。もう、「詩」の完成など、どうでもいいのだ。ニンゲンの、来たるべき姿を、和合よ、啓示してくれ。

14.15. (現代詩作家)と名乗っている荒川洋治詩集を二冊読む。あれから、今、荒川洋治は、どんな現代詩を書いているのか?と。
同時代人である。同世代である。同じ大学であった。若い頃「水駅」には大きな衝激を受けた。まるで、純粋詩、純粋言語だ、ポール・ヴァレリーの言うところの。見事な詩集だった。いったい、どこで、そんなコトバを身につけたのだろう?これから、どうするのだろう?何を書くのだろう。
文学から、遠く離れて、セイカツしていたので、その後の、荒川洋治は、読んでいない。
現代に、詩人は、生きられるのか?詩を書いて、セイカツできるのか?(中原中也は、父が医者。ほとんど仕送りでセイカツしていた!!宮沢賢治は?父が商人だった。学校の先生は、少し経験したけれど、親がかりのセイカツ。)
荒川の詩「ライフワーク」によると、新聞や雑誌に、書評を書きエッセイを書き、(年間二百本も)セイカツしていた。詩集の出版社を創って(紫陽社)、ラジオのパーソナリティを勤めて、大学の先生になって、セイカツしながら「現代詩」を書き続けた。
荒川のエッセイは、視点が面白い。「文学は、実学である」なるほど。書評も、アッと驚く発見があって、実に、スリリングなものを書く。そして、「詩」は、あらゆるものを素材にして、書き綴っている。詩「美代子、石を投げなさい」は、荒川洋治が、なぜ、(現代詩作家)を名乗るのか、その理由を解きほぐしてくれる傑作だ。俗も聖も、世間も政治家も、現代詩作家・荒川洋治の手にかかると、クスッと笑えてしまい、笑いがそのまま歪みになるー複雑な感慨がある。
特に「父」や「母」をテーマにした詩は、今まで、誰にも書けなかった視点と切り口で、肉親を分解している。唸った。こんな書き方をして大丈夫なの?と。詩の言葉が、誰にでもわかる言葉なのに、いつのまにか、知らない時空に連れ出されて荒川にしか見えない「コトバ」で終ってしまう。なるほど、詩人である。現代詩作家。二週間ほど、二冊の詩集をじっくりと時間をかけて熟読した。(新型コロナ禍の中で)もう、荒川も古希になった。日本芸術院賞、思賜賞を受賞した。(現代詩作家)おそるべし。

16. 「法華経」
仏典の大半は、中国から、漢文として(漢字)無文字の日本へ入ってきた。中国では、サンスクリット語から中国語に翻訳されたものである。(インド人僧・善無畏、中国僧・三蔵法師玄奘などが苦労して翻訳)日本では、中村元が「ブッダのことば」「ブッダの最後の旅」として、釈尊の経典を、サンスクリット語から日本語に翻訳している。経典の王さまと呼ばれている「法華経」を、サンスクリット語から現代文に翻訳した、植木雅俊は中村元の弟子である。釈尊の説いた教え、実践が、誰にでもわかる、日本語として翻訳された。文学的な物語として、読んでも、実に面白い。

17.31.33.35.37.39.43
いつか、本腰を入れて、思想家・ヴァルター・ベンヤミン(ドイツ)を読みたいと思っていた。全七巻、平均600ページの大著である。三年、四年かけて、読み込みたい。いつも、誰かの、全集を読んでいる。ドストエフスキーから、須賀敦子まで。約二十人ほどの、全集を読んできた。
「(私)記から超(私)記へ」タイトルを見ただけで、ゾクゾクする。さて、全巻、読み切れるか?

18.19.20.21
大学(稲門会)の「読書会」の講師をしている。ヘミングウェイを読もう。「老人と海」。「映画会」では、「武器よ、さらば」を観た。短かい、動詞と名詞の文章で、スポード感があって、心地良い。文章と行動の人・ヘミングウェイ。日本の開高健が似ている。

22.
今、なぜ、サリンジャーなのか?60年代に、世界中で、一世風靡をしたあのサリンジャーが、村上春樹訳で帰ってきた。村上春樹の作品の根には、ボガネットやフィッツジェラルドなどのアメリカ文学がある。村上春樹は小説の休暇の折りに、翻訳で文章を鍛えている。
庄司薫の「赤頭布ちゃん、気をつけて」(芥川賞)も、当時、サリンジャーの物真似だと随分騒がれたものだ。サリンジャーの影響は、実に大きい。

23. 
「山岸哲男」は、父をなくし、母をなくし、孤児となった。(まるで川端康成のようだ)そして、文学・詩にむかう。「男と女の」詩ばかり書いている。吉行淳之介、渡辺淳一のように。
なるほど、世の中には、男と女しかいない。男と女の現代の風景詩とでも呼べばいいのか?少し、物悲しい詩風ではなるが・・・。

24. 「海を撃つ」
3・11から、すでに、10年になろうとしている。なかなか、3・11を表現し切った作品には、お目にかかれない。余りにも、余りにも、大きな、大惨事であったから、ニンゲンの言葉が追いつかない。
「海を撃つ」は、偶然、原発事故のあった、福島へと移住した、女性の視点で、現在進行系の、さまざまな事象、現象を追った、地に足のついた記録と考察である。ニンゲンの裸形を追って。安東量子が、偶然、投げ込まれた、原発事故の起きた(現場)で、進化している。その言葉が、実に、重い。

25.
詩人。新聞記者、文芸評論家。リアルタイムで、最高の詩人、石原吉郎の詩を読み続けてきた、郷原宏(H氏賞受賞詩人)による、石原の評伝である。
シベリアのラーゲリーで八年間、苛酷な労働と非人間的な扱いのもとで生きてきた、拘留生活。海を渡って帰国。日本の日常に還っても、ラーゲリーでの傷は疼き続ける。日本語を学び直すために、(詩)を書いた石原吉郎。
あの強度のつよい、文体、詩語はいったい、どこから来たのだろう。そんな長年の私の問いに、「本書」の郷原宏は、見事に答えてくれた。「聖書」を読んだ石原吉郎。「いのちの初夜」(北條民雄)を生涯の愛読書とした石原吉郎。
詩の芥川賞といわれるH氏賞の受賞、詩人会会長、方々での講演、名声は日毎に高くなっていくが、ココロの虚無は、ますます深くなっていった。裸のニンゲン石原吉郎の形姿と詩人の頂点にまで昇りつめた石原吉郎のコトバ。そのふたつの姿を、詩人・郷原宏は、「評伝」として、書きあげた。(石原吉郎)そのものを知る力作であった。

26. 
若き日に、大岡昇平の「野火論」を書いた安藤貞之である。早稲田で、国文学を学ぶ。芥川賞作家(黒田夏子)NHKアナウンサー(元)下重暁子は同級生である。「ネーミングは招き猫」は、単なるコピーライターの「本」ではない。
日本の古典から海外文学まで読み込んだ。「言葉」をめぐる本である。

27.
詩人の中の詩人である。詩人にしかなれない心性をもっている。「父と子」の地獄の関係。コトバの迷宮の中に棲んでいる一色真理。一言も口を訊かない小学生の一色真理。
鎌倉時代の禅僧・明恵は見た夢を、生涯「夢の記」として、書き記した。「一色真理の夢千一夜」は膨大な夢の数々にあふれている。詩の転期は、やはり「純粋病」(H氏賞受賞)であろう。どこまでも、どこまでも、ココロの一番深いところへと降りていくコトバ。
解説を伊藤浩子が書いている。心理学を学問としたフロイドの理論を使って。しかし、実は、一色の詩は、ユングの世界である、と私は思っている。ある会合の度で(ある人を偲ぶ会)一色真理は、初期の詩集と詩の雑誌をプレゼントしてくれた。「戦果の無い戦争と水仙色のトーチカ」「貧しい血筋」等々。やはり、初期詩篇は、まだ、一色真理のコトバになっていない。「純粋病」からが、詩人・一色真理のコトバだ。
なお、「歌を忘れたカナリヤは、うしろの山へ捨てましょか」は、半自伝的作品。全共闘運動の息吹きが、鳴り響いている。闘争家・革命家の一色真理がいる。越えれば発狂するような、危険なコトバの上を歩き続けている一色真理。

28.
書評欄を見て下さい。キリスト者の詩人。

29. 「鏡の上を走りながら」佐々木幹朗。
ほぼ半世紀ぶりに、佐々木幹朗の詩を読んだ。実に、なつかしい名前。同世代である。団塊の世代。全共闘世代。同じ年。
昔、一度だけ、生身の佐々木幹朗に会っている。いや、見たことがある。慶応大学の三田で、石原吉郎の講演会があった。石原は、全共闘世代によく読まれていて、スターであった。パネラーとして、詩人の清水昶と佐々木幹朗が招かれていた。私は、「三田新聞」の編集長、中田一男に呼ばれて、何か、質問をしてくれと頼まれていた。で、「北條民雄の『いのちの初夜』がなぜ、石原さんの生涯の愛読書であるのか、訊いた。北條民雄は、ハンセン氏病を患った作家・川端康成に発見され、認められ、たった23歳で死んだ。天才小説家。たった2年半の執筆生活。佐々木幹朗は、石原吉郎の詩の解説と注釈をした。詩人というよりも、全共闘の、闘士という風格、風貌をしていた。
さて、詩集「鏡の上を走りながら」であるが。
①想像力と技術力を駆使した詩よりも、3・11の現場に出かけて、被災者の話に耳を傾けて、聞き書きした詩が面白かった。こんな詩を、30作・50作と作れば柳田国男の「遠野物語」になるのにと思った。(傾聴の力は、僧たちの説法よりも強い)
②もうひとつ「もはや忘れてしまった平成という時代の記憶」(詩作品)四十三歳から七十一歳までの自伝的記録である。まったく詩らしくない詩である。永井荷風の日記「断腸亭日乗」のような(事実)のもつ力を感じさせた。「何もしなかった」「母が死んだ」「父が死んだ」
そうか。そのように生きてきたのか。そんなことがあったのか。なるほど。やっぱり型に入ったサラリーマンとしては、生きてゆけなかったか。旅へ。海外へ。山へ。ノマドのようなセイカツ。活字の向う側にある、佐々木幹朗の姿を眺めながら、あれから、50年、無常迅速であったな、と、感慨が深まった。

39. 秋山駿が死んで、古井由吉が死んで、もう、声を聴きたい、文章を読みたい作家がいなくなったと思っていた。辺見庸がいた。
小説、エッセイ、紀行文、評論、そして「詩」を書いている。なぜ、辺見庸は、多様なコトバを書くのか?そのスタイルでなければ、書けないものがあるから。私は、そう考えている。
辺見庸が解体されていく。辺見庸のコトバが分解されていく。つまり、辺見庸もニンゲン。そして、老いていくという(事実)。溶けていくのは、辺見のコトバか精神か?この詩集は、その序曲か?世界が、ニンゲンが壊れていくから鏡としての、作家・辺見庸も壊れているのか?(作家に引退はない!!)
(老い)三島由紀夫が、もっとも嫌いおそれてもの。(老い)書けなくなった川端を自殺へと追いこんだもの。(老い)武田泰淳を「目まいのする散歩者」にしたもの。辺見庸もその渦中にいる。

32. 「樋口一葉を世に出した男 大橋乙羽」安藤貞之著
明治の文化の香りが、文章から数多くの写真から、立ち昇ってくる見事な「本」である。評伝である。「大橋乙羽」とは、いったい、何者か?が「本」の主題である。明治の、日本初の編集者の正体を求めて、当時の、本、雑誌、写真、資料や文献を収集して、十数年、それらが語るところのものを分析し、資料の欠けたところは、想像力という橋を架けて、推理して、明治の研究者しか知らない(?)「大橋乙羽」という男を探求した力作である。
安藤貞之は、早稲田で国語・国文学を学び、大岡昇平の「野火論」という評論を書き、卒業してからは、美術・デザインを学び、会社の名前や商品の名前をつける、ネーミングの仕事、コピーライター、編集者、エディターとして、活躍をした。会社退職後は、いつか来た「文学」の道に戻って、「大橋乙羽」の研究に十数年を費やした。編集者、山形・米沢出身の小説家・博文館という出版社の専業家、政治家、文人、作家たちを写した写真家、美術家、装幀家、そして、旅行家と多面的な顔をもつ男であった。
実は、「本書」は、作家・安藤貞之の死後出版された。ガンであった。病床にあっても、なお、書き続けて、妻や子供たちの助けもあって「一冊の見本」を見て、安藤は、旅立った。「日本経済新聞」「東京新聞」大橋乙羽の出身地でもある山形県の新聞でも、書評された。好評であった。
早稲田のOBたちの集い「稲門会」では「読書会」(講師-重田昇一年四回)を行っている。安藤貞之もその中心メンバーであった。一言半句を探求して、いつも、見事なレポートを持参してくれた。「草枕」とは何か?と。「読書会」の後で「重田さん、少し文学の話しませんか」安藤さんとの対話では、どこまでも、いつまでも、終りのない、楽しい「文学談」であった。最後の手紙には、私の詩「何?誰?何処?」を病床で毎晩読んでおります。重田さん詩が、よくわかるようになりました。との手紙。「(無)から来た(私)という賽子を今日も振り続けている」ではじまる宇宙の中のニンゲン(私)を歌った詩である。
多面的な顔をもつ男・大橋乙羽を語りながら、実は、自分の仕事の姿、その意味を、探り続けていたのではなかったか?一人でも多くの人に、この「本」を読んでもらいたい。(合掌)

34. 「時間はどこから来て、なぜ流れるのか?」吉田伸夫著。
「時間」と名のつく「本」なら、なんでも読んでみたい。少し前に「時間は存在しない」というカルロ・ロヴェッリの「本」を読んだ。どうやら、時間は、人間の意識が生みだすものらしい、と。本書では、時間は、過去から未来へと流れていないという主張が展開されている。結局、人間の意識が、その働きが時間を感じてしまう、中心になる。ニュートンの、空間、時間「絶対時間」から、アインシュタインの「時空」が合体した、相対性的な「時間」。時間、空間、意識、そしてニンゲン(私)不思議な現象である。

36. 
天才・荒川修作が死んで、もう、何年になるのだろう?アラカワの「私は死なない」「天命反転」という命題は、今どうなっているのか?誰が引き継いでいるのか?22世紀に(アラカワ)は、どのように生きているのか?
岡山の奈義へ、岐阜の養老天命反転地へ、三鷹の天命反転住宅へと足を運んだ。そして、アラカワの「本」を眺めたり読んだりしている。紀行文風な「アラカワ論」を書きはじめている。

38.
もう、約50年になる。「全共闘」の運動から。あれから、それから、闘争者たちは、どのように、生きてきたのか?75問のアンケートから、それぞれが自由に選んで解答している。456人超の回答が集った。深い、深い溜息。無常迅速の月日の中で・・・。

40.41 「サピエンス全史」
世界中で1000万部以上、売れた「本」。なぜ?著者は、イスラエル人。歴史学者。ユヴァル・ノア・ハラリ氏である。
①認知革命 ②農業革命 ③人類の統一 ④科学革命
「歴史」いわゆる「歴史」を語る視点ではない。新しい切り口。で、モノの考え方、見方が、今までとちがってくる。その発想が、おそらく、多くの読者を刺激したのだろう。新しい(知)
「21Lessons」に、面白い文がある。知人に誘われて、瞑想をはじめた。先ず、呼吸から。吸っては吐く呼吸法。その時、私は、私のことを何もしらないと感じる。「サピエンス全史」よりも、呼吸法・瞑想の方が深い!!と気がついた。毎日、毎日、ハラリ氏は、瞑想をしている。なるほど。実は、私も、呼吸法・瞑想をしている。(知)よりも深い。

42.43
現代日本の最高の文体を誇る作家・古井由吉が死んでから、古井の「本」(ほとんど持っている)を、再読している。「水」や「山躁賦」や「杳子・妻隠」「仮往生伝試文」や「円陣を組む女たち」(処女作)最新の「この道」遺稿集「われもまた天に」など。
「詩への小路」小説家・散文家・翻訳家である古井由吉が「詩」について、「詩のコトバ」について、自由に語っている。そして、リルケの代表作「ドゥイノの悲歌」を自ら翻訳して、注解を加えている。「自分は小説と随想の間に生息する者かと思った」と楽しんで、青春とともにあった「詩」の世界を再現している。
「古井由吉」(文学の奇蹟)が出版された。蓮見重彦、柄谷行人、吉本隆明、小島信夫と「文学・思想」を代表する者たちによる(古井論)

45.
作者の小泉吉永は、かつて、私の経営する出版社の、優秀な編集者であった。高校教師の時、神田の古本屋で「江戸時代の寺子屋の教科書=往来物」に出合う。それから、編集者、大学講師をしながら、「往来者」の研究者、収集家、第一人者となる。現在は(私塾)を開いて、往来物を教え、講義・講演そして、歩いて、(現場)を尋ねる催し物もしている。本書は、その成果のひとつ。頑張れ、小泉吉永!!

46. 「読書の愉しみ」壬生洋二
ヒトは会社を退職しても、ニンゲンを引退する訳にはいかない。さて、何をする?どうやって生きる?この高齢者社会で「老い」は突然やってくる。
壬生洋二は、若き日には、詩人であった。早稲田の学生時代「あくた」という同人誌に、鮮やかなコトバで、(現代詩)を書いていた。もちろん、(詩)で飯は食えぬから大手企業のサラリーマンになった。約四十年、勤めあげて、自由の身となった。
現在は、毎日図書館へ通って「本」を読み、その感想をブログに書いている。もう十年以上。三百回を越えている。好評で、多くの読者を得ている。(他人との対話が成立)「純文学」から「落語」まで。散策の折りに、見たものを写真に撮り、考えたことを文章にする。四季の中に、風景の中に、風俗の中に、発見するよろこびがある。そして、テーマ毎に、分類して、何冊か「本」にしている。十数冊の私家本である。(ひとつの存在理由?)ここに、現代の、無名の一人の、兼好法師がいる。「つれづれなるまま、日ぐらし硯にむかいて、こころにうかぶ、よしなしごとを、そこはかとなく・・・」一言半句の中に、キラリとひらめくものがある。はやり、昔、詩人だった!!

(重田昇のホームページ「読書日記」より、重田ワールド覗いて下さい。)

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• 月曜日, 8月 31st, 2020

死の淵に立つものがある
生の中心に起つものがいる

秋の大風が吹いた。風速62メール。年齢40年の庭の柿の木が傾いた。植木屋たちが電動ノコギリで木を伐り、クレーン車で中空に吊りあげた。現れたのは幹周り約1メートル、高さ60センチの切り株だった。「痛イ!!」木と(私)が同時に叫んだ。

朝の儀式がはじまった。縁側に坐って、2メートルばかり先にある切り株と空になった大空を、毎日毎日眺め続けた。今日で183日目の朝。キラキラ光る木の粉が四方八方に飛び散って、銀河となって黒い土を蔽った日、時が流れて、セルロイドのピカピカ光る断面が、いつのまにか、灰色の黴で覆われ、表面に、いくつかのひび割れが走り、中央に、ひとつ、黒い穴があいた。

喪ってみて、はじめて、見えてくるものがある。空一面を覆っていた6月の新緑、秋の光の中に赤々と輝いていた約300個の熟柿、メジロ、モズ、ヒヨ、シジュウカラと乱舞する野鳥たちの豊饒のイメージが空に。

100日目の朝、切り株がコトバを放ちはじめた。(私)も応えて、コトバを放った。ふたつのコトバが感応して、入り混って、シャッフルされて、インタービーイング(相依相関)の結ぼれが出現。時空のひろがりの中に、小さな、小さなコトバ宇宙が形成された。

実存主義者、フランスのサルトルの小説「嘔吐」の主人公・ロカンタンは、マロニエの木の根を見て吐いた。日本の重田昇と呼ばれている作家は、詩「暗箱」の中で、切り株を眺めているうちに、合体して、共生した。区切り、膜、境目、距離、壁を消し去って、時空のひろがりに浮遊している。

184日目の朝、縁側から、サンダルをはいて、庭に降り、切り株の上に腰をかけた。半眼になって、呼吸を整え、虚空に切り株を思い浮かべて、20分ばかり瞑想をした。

突然、地核から電流のように走るものが来て、切り株と(私)を同時に刺し貫いで、中空へと疾走した。まるで(入我我入)のような心境であった。(私)は、いつの日にか、眼の限度を超えて、あらゆるものを透視してしまう「暗箱」という見者になりたい!!

※「霧箱」「泡箱」に続く「箱」三部作のひとつ「暗箱」です。

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