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• 火曜日, 11月 04th, 2008

君津市は、昭和45年に、君津町、小糸町、上総町、清和村、小櫃(おびつ)村が合併してできた市である。

人口は9万人。近代都市(工業)と郷土(ふるさと)の2つの貌(かお)を持つ市である。

海、港は交通の要であり、交易の場であり、工業の起こる源である。文明にはいつも水が、大きな役割を果たしている。

君津市は、以前訪問した岩手の釜石と同じく【鉄】の街である。JR君津駅の周辺に市街地がひろがっている。製鉄所へはタクシーで10分。巨大な工場・製鉄所が、海に向かって開かれている。

ちなみに【鉄】は“金を失う”と書くから、縁起をかついでか、製鉄所の名前には【鉄】ではなくて【鐵】という旧字を使用している。

巨大企業は合併の結果、室蘭(北海道)、釜石(岩手)、八幡(北九州)と、全国各地から社員が乗り、その関連企業だけでも数千名の人が製鉄所関連の仕事に従事し、そのまま、地元の君津市に住みついた人も多く、市はまさに企業城下町の様相を呈している。

それが、ひとつの貌である。もうひとつの貌は、外房の鴨川市までのびた、広大な土地に昔から住み、農業や林業に精を出してきた人々である。房総の山脈は低く、その合間を川が流れ、田畑と林が濃く、鮮やかな緑を敷きつめている。

清流がある。オートキャンプ場がある。清和の森は、憩いの場であり、緑の王国だ。その隣は、太平洋に面した鴨川市である。

内房から外房へと連山が低くうねり、緑の中に人家が点在する。まさに良き時代の、昔の故郷がそのまま残っている風景に遭遇すると、ホッと、心の糸がゆるくなって、郷愁に似た思いが湧きあがってくる。

Category: 紀行文, 千葉県
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