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• 木曜日, 5月 28th, 2015

壁はどこまでも進化する。

「私は壁である」とニンゲン・私が言ったら「壁は私である」と壁が応えた。

壁の来歴ステップ1(少女M)
夏の日盛りに、隣りの席に坐っていた、可愛い女の子が、突然、死んだ。たった七歳だった。理由はわからない。何処へ行ったのか知る術もない。探すにも空席があるばかりだ。
コトバが出ない。足が動かない。ココロが叩き割られた。で、登校拒否になった。透明な壁を見た。ニンゲンには途轍もないことが起こってしまう。

壁の来歴ステップ2(朋輩K)
桜の花が風に揺れる時節に、中学校に入学した。隣の町から、土佐のイゴッソが越境入学をしてきた。
阿波の気質は温厚で、コトバはやわらかい。土佐の気質は豪放で、コトバは直截である。ある日、Kが言い放った。
「おんしの笑顔は、何か隠しとる、嘘言ったらあかんぜよ、朋輩になれん」
血の流れが止まった。笑顔が痙攣でひきつった。Kのコトバは、針だった。針を呑むと、イゴッソKとは、生涯の朋輩となった。コトバの壁が崩れた。

壁の来歴ステップ3(友人S)
高校生の時、Sの家を訪ねた。
家の西側に大きな石の壁があった。苔の生えた周辺に時間が刻まれていた。石の壁の中心だけが、何かで掃き清めたように光っていた。
Sは、軟式野球のボールをもっていきて、石の壁にむかって投げはじめた。野球の練習かと聴いたら、いいや、ちがうと答えた。理由を訊いたら、祖父、父、そして、自分と、三代にわたる”仕事”だと言う。石の壁に、ボールを投げるのが、なぜ、”仕事”だと、たびたび問いつめた。
祖父も父もSも、毎日、朝夕、ボールを投げ続けている。千回、万回、億回、兆回投げ続けると、いつか、必ず、ボールは、石の、向こう側へ突き抜ける時がある、その証明の為に、家族は、石の壁にむかっていると、Sは言った。君は、信じるかい?
いかにも、ニンゲンらしい行為である。伝統ある”仕事”を、Sは、生涯続けるだろう。
”不合理ゆえに我信ず”ではない。理論としては、正しすぎるくらい正しいのだ。

壁の、千のステップは、いつまでも、どこまでも続いている。ニンゲンが、眼耳鼻舌身意に頼って生きる限りは。

(平成27年2月16日)

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