Archive for ◊ 4月, 2015 ◊

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• 火曜日, 4月 14th, 2015

3001. アフォリズムは、量子のコトバである。詩は、原子のコトバである。小説は、元素のコトバである。

3002. アフォリズムは、時空を跳ぶ。詩は、時空で踊る。小説は、時空を歩く。

3003. アフォリズムから、詩が誕生する時もある。アフォリズムから、小説が誕生する時もある。詩から小説が誕生する時もある。しかし、決して、その逆は、起こらない。

3004. 一人のニンゲン(作家)が、同時に、アフォリズム、詩、小説を書いている。どうか、(私)のコトバを読んで比較してもらいたい。コトバは、結局、存在である、と、わかってもらえるだろう。

3005. 見えなかったモノ、見えなかったコト、見えなかった場所、見えなかった時間、見えなかったヒト、見えなかったカミ、が見えて来て、新しく存在する。もうひとつの宇宙、アフォリズムでありたい。

3006. 宇宙のはじめてのコトバ。量子が量子に私語するその呟きである。音もなく、形もなく、虚空に流れ渡る量子のコトバ。

3007. アラヤ識の深淵から種子としてのコトバがニンゲンにも伝わってくる。

3008. 場を超えて、時を超えて、コトバは、瞬時に交接するのだ。

3009. コトバが先に来て、(現実)がコトバのまま起きる。この不思議を、(私)は、何度、経験したことだろうか。

3010. 即視感でもなく、啓示でもなく、コトとモノの関係が、あたかも、仏教の、縁起のように結びついているのだ。生きているのは、誰だ?何だ?

3011. 人の中に人が棲む。”結ばれ”の究極の形である。

3012. 人が人のように語る。木は木のように語る。鯨は鯨のように語る。石は石のように語る。(語る)方法はちがっても存在が現成することに変わりはない。

3013. 時空に、転写された(私)が在る!!

3014. 四次元に投げ込まれたまま、生きている(私)だ。

3015. 蝉が殻を脱ぎすてる。蛇が皮を脱ぎすてる。ニンゲンの(私)も、一日、一日、(私)を脱ぎ棄てて、生きている。透明で、眼に見えぬ殻と皮ではあるが。

3016. (私)のアイデンティティを、君は、何に、何処に求めている?少年の(私)、青年の(私)、中年の(私)、老年の(私)・・・今だ・・・何時の今か?

3017. (私)という時の流れとともに行く者の、今を、認識するのは、辛いものだ。

3018. 歩くことが考えることであり、歩くことが生きることであり、歩くことがニンゲンであることであり、歩くことが存在そのものであり、歩くことが宇宙である。そんな時空を、私は、歩き続けたい。

3019. コトバは、宇宙エネルギーである。

3020. 原エクリチュールは、波動のコトバに至る。

3021. 波動を声と文字という型に。その原型は「阿」字である。

3022. 超球の時空には、コトバは、一瞬にして、あらゆる場に顕現し、現成し、遍在する。

3023. カミの声も、仏の声も、真言も、コトバへの転調で人の耳にとどく。何人が、その声を聴いたか?

3024. 形も色も質量も、無礙となり、「事」も「理」も1へと至る。

3025. ニンゲンの意識の眼は粗い。ニンゲンの思考の形式は、(考える)その外へ出ることはない。(見えないもの、考えられぬもの)

3026. で、ダーク・マターは眼に見えぬ。量子は考えられぬ。どちらも、宇宙のエレメントである。

3027. 存在から無へ。無から存在へ。無限に流動する宇宙エネルギーだ。

3028. 身体といい、精神といい、(私)は、私という魂に、いったい何をしてあげられるのだろうか?

3029. 瞬間が、一秒で、コトを決する時がある。(私)の一切を開いておけ!!

3030. 見るだけで、聴くだけで、触るだけで、ヒトを変えてしまう力が存在する。

3031. 今日も、木は、垂直に立って木をしている。(私)は、歩いて、ニンゲンをしよう。

3032. いい学校へ行きたい。いい会社へ行きたい。いい仕事をしたい。いい生活がしたい。いい老後を送りたい。いい死にかたをした。さて、ニンゲンは、いったい、何を目的に、生きてきたのか?

3033. 太陽ひとつ、爆発をする。銀河ひとつ、爆発をする。なんの不思議もない宇宙である。3.11は、宇宙の一瞬のまばたきか。それでも、ニンゲンは、絶句し、卒倒するのに。

3034. 最近では、生きる、というよりも、時空に折り込まれているような気がする。

3035. 場は、一切を吸収する。光も影も。

3036. (私)の自由などちっぽけなものだ。宇宙に浮遊してみると、不自由だらけだ。

3037. いのちという繊維を織って、織って、もう境目というものが、見分けられない。

3038. 光に共鳴する日には、いのちが弾ける。闇に共鳴する日には、いのちがくぐもる。

3039. 今、ここに(私)を結んできたが、生の真っ盛りが見当たらない。うろたえるな、ソレがお前だ。

3040. 気配がするので、振りむくと、木がいた。

3041. コトバに乗っ取られた男がいた。(私)が生きているのか、コトバが生きているのか、まるで、21世紀のドン・キホーテである。

3042. どうだい?ボチボチだよ。何かあるか?いいや、特別に。

3043. 妙な者だ。電話を掛けてきて、何も言わない。あれは、生者だったのか?あれは死者だったのか?

3044. 時間が色づくっていうのは、本当だったね。

3045. とりとめのない、単調な、一日、一日、気配まで、薄くなって。鏡は正直だ。

3046. 性欲も、物欲も、欲という欲が痩せ細っていく。さて、光って、散るか。

3047. そろそろ来るか?何が?待っているものが、無限遠点から。

3048. 指を折ってみる。何を数えておるのか、子供みたいに。節くれた指で。

3049. 今日も太鼓が鳴っている。生命の行進のために、虚空で。耳を起てろ。

3050. 死と再生の儀式にはシンバルだ。

3051. (私)は、あなたの手を握ったのに、あなたは、ただの(手)になってしまった。

3052. 声をかける度に、あなたは、いなくなってしまう。

3053. いつまでたっても、あなたの顔を上手に見たことがない。(私)の、見方のせいか?

3054. 空振りの人生も、それなりに、1日の積み重ねの結果であれば、分身に文句は言うまい。(私)は、存在したのだ。

3056. (私)のためだけに生きるから愚痴がでる。(私)を棄てて、他人のために生きてみれば、(声)が返ってくる。生きることは(声)の交感である。

3057. 我執、我欲、我が張りすぎるのも、生きものの本能である。決して、悪いとは言わないが、(無私)がいいに決まっている。

3058. ある歳を過ぎると、ニンゲンは、内的に、内的になっていく。行動で表現していたものが(仕事)消えてしまうと、外の場で発揮していた(私)が、突然、いなくなるからだ。

3059. 闘う相手、敵がいるうちは元気だが、(私)自身との闘いとなると、大抵の人が、音をあげてしまう。

3060. 心の、深部へ、古層へと、降りていく作業は、何がでてきても、決して、驚かないこと。

3061. 「本能」は、生物たちの礎である。しかるに、ニンゲンは、壊れた「本能」で生きている。「本能」よりも「知」を優先させて、生きている。(生)の昂揚は、「本能」から来るものだ。衰弱した(知)は、健全な「本能」に、劣るものだ。

3062. 胃が、腸が、噛みくだき、吸収する器官が健康でなければ、健全な(知)も育つまい。「本能」を軽蔑する(知)は愚劣である。

3063. 終末論は、ニンゲンを死の淵に追いやる。そして、脅かして、跪ずかせるのだ。(宗教に、神に)どこか、おかしいだろう。(私)の死は、終末の世でなくても、いつでもやってくる。

3064. 宗教は、道徳は、倫理は、ニンゲンのどこから発生したのか、もう一度、胸に手を当てて、考えてみよう。

3065. 貧血を起こしている政治家の言葉は、耳にとどく前に、萎えて、消えてしまう。心の、魂の、言葉を語れよ。

3066. 多数決という方法は、口惜しい。必ずしも、(真)ではないという理由で。

3067. 99対1であっても、(我行かん)と、(私)の信念を貫く人もいる。

3068. 隠れた人は、よく生きた。願わくば、(私)も、普通の、任意の点として、生きたい。

3069. 経済、貿易、数字とお金の話ばかりだ。至高のニンゲンのヴィジョンの影すらない。

3070. 眼に見える身体だけがニンゲンなら、こんな楽なことはない。見えないものまでかかえているから(考える)のだ。

3071. 人生、生きるに足るものを、持たなければ生きる意味は半分以下になる。もったいない。

3072. 独りで穴を掘っている。思考が入る穴。(私)がすっぽりと入る穴。

3073. 本能による子育て、教育による子育て、ニンゲンほど手のかかる生きものはいない。

3074. 水のPH。生命の閾。ニンゲンは水を真似て、生きるはずだ。

3075. 一切を見たい、一切を知りたいと、誰もが考えるものだが、生きるとは、いつも、途上であるから、一切は、わからない。で、(私)という物語を仮想して、二重に、生きてみる。

3076. 死ぬという可能性は、誰にもある訳だが、死の不可能性も、誰にでもある。

3077. (生の強度)を高めてみる。どういうことか?何か、素晴らしい仕事をする、そんなものではない。より、多くのことを、壊れる寸前まで、わが身に、引き受けてみることだ。

3078. 宇宙大の、責苦に耐えられる者は、もう人ではない。名付け得ぬものである。

3079. とにもかくにも、生きてきたことであった。すでに、始まっている物語に参加して。見様見真似の、拙い、方法で。

3080. 人間は、二度放り出される。ニンゲンとして生れる時、訳もわからず、ニンゲンとして死ぬ時。

3081. 景色の意味は?ニンゲンは、すべてを読み解けるだろうか?

3082. 「空耳」という言葉がある。なんの音もないのに、音が聴こえてしまう。では「空眼」というものがあってもよい。何もないのに、見えてしまう。あるいは、平凡な山、林、森であるのに、そこに、ひとつのパターンや核を見てしまう。明察か幻視か。

3083. コトバが来る。啓示として、宗教者は体験をする。しかし、(私)のアフォリズムは、宗教体験ではない。それでも宇宙から来る。

3084. 「里道」が発光している。

3085. シグナルを読める人、読めない人。風景は、単なる景色ではない。

3086. 君の書くコトバには、君の指紋が貼りついている。実に、鋭い指摘である。

3087. いったい、指紋を消した文章など存在するのだろうか?

3088. 「完全言語」は、すでにあったか、(神の言)あるいは、来たるべきコトバの謂である。

3089. 生きれば生きるほど「すでに、知っていた」と感じてしまうのは、あらゆるものが、(私)の内部にあったということだ。

3090. (私)の中にないものなど、人は、生きられない。(私)の中にあるからこそ、知ったり、わかったり、納得したりするのだ。

3091. (私)の中にないものなど、ニンゲンは、承知できない。(私)が壊れてしまう。

3092. 意識が寄り道をしてしまう。奇妙な気分だ。

3093. 一日に、何度か、身体をひねる。自然に。ひねらなければ、わからないことがあるのだろう。(知を超える身体のコトバだ)

3094. (私)は、可能性へむけて、語っておるのか?いいや、わかっていることを語っても、仕方がない。不可能だから語りたいのだ。絶対に、コトバにならないと知りながら。

3095. 最近は、コトバが、何を語っているのかよりも、コトバの身振りが気になってしまう。

3096. やはり、コトバは呼ばれてくるので、一人一人の独想など何ものでもない。

3097. 書いていると、書かされている自分に気がつくはずだ。(啓示)

3098. (私)の中に、無数の(私)がいる力。

3099. 呼吸する、かのように、生きる!!

3100. あるとないが、交わって、螺旋状に、宙空に伸びていく、透明な、垂直の縄となって。