3951. コトバが私を連れていくのだ。極北へ、終章へ、消滅の地点まで。(死)にもコトバの物語がいる。
3952. 誰も脱出なんかできない。道草をしても、途中下車をしても、結局、時空の流れの中にいる。”道“に戻ってくる!!
3953. 「人生は暇潰しだ」と、うそぶいている人も、必死に働いている人も”今”を生き抜いている人も、誰も”存在の条件”の外には立てない。
3954. 「虚の宇宙」があるのならば、”虚数”のように、実体から飛翔できるかもしれない。
3955. ニンゲンの(知)は、ことごとく叩き潰されて、宇宙にひと吹きの風が吹き渡る光景。
3956. 虚空に、イデアがひとつもない世界は淋しい。(ニンゲンがいない)
3957. せめて、夏のひまわりが実在の世界から超脱して、虚空に凛と、咲いてくれれば。
3958. 惑星・地球に、500年も大雨が降り続いて、海を創った頃には(時代には)どんなに(青空)が待ち望まれただろうか?(誰に?)
3959. 貧しい貧しい時代でも”思い出”となってしまうと輝いて見える ― 不思議だ。
3960. いつの時代でも、若者は歩く兇器だ。何を言いだすやら、何を考えているのやら、何をしでかすのやら、まったく、わからない。
3961. 偶然生れてきたから、偶然逝ってしまう。突然(私)を知って、突然(私)を失ってしまう!!
3962. (私)には、たった二つの、永遠のQ(クエッション)があった。ひとつは、宇宙って何?もうひとつは、(私)って誰?生涯、その二つのQに苦しめられた。結局、謎!!
3963. 簡単なことが一番深い。シンプルがベストだ。
3964. ふるいたたせてくれるのは、いつもヒトの声だ。声は魂の交換だ。熊本の旧い友人が、電話を切った後、すぐに電話が来て、一言忘れていた「がんばれよ」と。久しぶりに、ニンゲンの声に触れた。「ガン」の手術、入院前に。
3965. 日頃、日常生活では、ソレは遠くにあるものだろう、と漠然と考えて生きてきた。生きて、老いて、病むと、ソレが、実は自分の足元にあったことがわかる。そして、突然、「ガン」の告知や宣告で余命が一年などと知ると、来た!!もう、どこにも逃げ場はないと知る。
3966. 私の場合、11月の血尿が合図だった。12月に、尿、血液検査の結果「膀胱ガン」疑い。で1月に手術。医師は言う。このままにしておくと「あと一年で生命が終ります」と。6月の再手術。2月、3月、4月、5月は入院して「抗ガン剤」治療。ソレは、もう、確実に(私)の中にある。
3967. 告知の日、パニックも来ない。怒りもない。不条理感もない。なぜだ?キューブラ・ロスの「死の瞬間」の論理は私に、当てはまらない?本当は「ガン」でなくても、脳梗塞でも、心不全でも、同じことだったかもしれない。「ガン」よりも、大きなものとして「ソレ」は在る!!
3968. 自然に生きられる時間をもつということが、こんなにも大切で、大事なことだと思い知ったのは「ガン」を告知されて、手術をして、治療に入った時からである。(不自由が来た)
3969. 今までいったい、何を見て、何を感じていたのだろう?歩いて、歩いて見る冬景色、木立ちも竹林も冬の陽を浴びて、実に、堂々とくっきりと、自然に、存在を輝かせている。眼になって見る!!
3970. ニンゲン(私)が生きる時も(私)が死ぬ時も、宇宙からの視線で眺めていると一粒の砂よりも小さい存在。つまり、何ものでもない。眺めている(私)も(無)になって、気が楽になる。ああ、スッキリしたスッキリした。あれがどうなろうと、これがどうなろうと、実は、なんでもなかった!!
3971. 自分の足で、冬の景色の中をゆっくりと、ていねいに歩いていると、「足りないものは何もない、余っているものも何もない」あ~、今日は、本当に、冬の青空の下、散歩日和だ!!深呼吸をする。「ガン」と共に生きながら。
3972. 「ガン」は、昨日までまったく見えなかった「死」への傾斜面を、はっきりと見せてくれる。余命一年と告知して。
3973. 2人に1人が「ガン」。3人に1人が「ガン」で死ぬ時代。わが身にふりかかって、はじめて(1人)の意味がわかった。78歳である。もう、「ガン」でも「心不全」でも「脳梗塞」でも、似たようなものだ。「30歳までに死にたい」と叫んでいた青年が、見事な老人である。若い頃に言い放った言葉が、そのまま(私)に返ってきた。「君の死生観どうなっているの?」
3974. 一日の終りが来る。一年の終りが来る。ニンゲンの終りが来る。とうとう、アフォリズムの終りが来る?4000本!!ひとつの区切りだ。雨のように降ってきたアフォリズムのコトバの洪水が、今では、ほとんど止まってしまった。(考えても来ない)(自然に任せる)
3975. 言葉なら、考えれば、いくらでも書ける。アフォリズムは(コトバ)である。いわば宇宙から来る!!私は、来るコトバを、ニンゲンにわかる言葉に置きかえてきただけ。
3976. 再開するか、どうかもわからない。コトバに訊いてくれ!!来るか、来ないか?
3977. 風景が余りにもやさしすぎる。呼吸がうれしい。歩行が楽しい。(私)の(死)そんなに遠くはない。透視できる!!
3978. ニンゲンは、不条理も、矛盾も硬い棒まで、すべて呑み込んで生きていかねばならない。そういう怪物がニンゲンであるから。
3979. 老いて楽しいことは少ない。なんにもないと断言はできぬ。革命、恋愛、政治、経済の活動、若者の特権、なんにでも挑戦できること。楽しくないはずがない。
3980. 燃え盛る火と埋火の差。老人は、埋火の中にこそ、楽しみを探すべきである。(若い頃には、気付きもしなかったこと)老いてこそ、発見できるものがある。
3981. 老いの平凡な一日の中に、病人で養生する日々の中に、木々の揺らぎに、風にそよぐ草に、小さな宇宙を発見するココロの愉楽。
3982. (終活)という言葉、その考え方が好きではない。世の中にカタがつくものなどない。終っても仮りのもので、まだまだ(ニンゲンの眼には見えぬが)続いていく。最後も、宇宙に開かれている。
3983. 私という原子、私という量子は、ニンゲンの身体が解体されても、数十万年は、漂っている。(本当に終って、(無)になるのは、実は、大変な億の時間がかかる。)(さようなら)(おさらばだ)という言葉も、一時のもの。
3984. あらゆる(死)は、一時の中断にすぎない。
3985. 200万年後(?)に、また、会おう!!と天才、荒川修作は言った!!(なにしろ「私」は死なない人だから)
3986. 「私の量子」よ!!私は、まだ君(量子)のことを、ちっとも、わかっていないよ!!
3987. とうとう(私)は何者でもなかった。宇宙の時空を彷徨いながら思考し、働き、歩き、ものを見て、生きてきたが、小さな惑星の法の下から、一歩も踏み出せないニンゲンだった。
3988. (私)は?と呟いたまま、(私)の中へと、へたり込んでしまった。
3989. すべての外部は、(私)の内部にすぎなかったとは。(宇宙は私)
3990. 宇宙の沈黙の深さと同じくらいの、沈黙を、ニンゲンはもてるかい?(直ぐに音をあげるだろうに)
3991. 地球意識から、宇宙意識へ。国境も、民族も、宗教も、戦争も(私)すらなくなって、ニンゲンが本当の「宇宙人」になる!!
3992. 不思議だ。死に至る「ガン」を病んでいるのに、ふたたび「抗ガン剤」治療や再手術がひかえているのに、今日も、一日、いつもの日常を生きている ― 習慣か?ニンゲンは、危機の時にも、平気で、冷静だ。
3993. 当然、毎秒、毎分、(死)を意識して生きている訳ではない。(発狂してしまう)どこか、あいまいで、ぼんやりとしていて、馴染みのある、空間や場所や物があるから、生きていられる。(手ざわり)
3994. 本当に、まあまあ、ボチボチ、なんとか人並みに、どうやらこうやらゆるやかな意識も、ニンゲンにとって、必要不可欠なものだ・・・。と
3995. 一番怖いのは「ガン」そのものではない。衰弱して、気力も体力も知力も奪われて、ただ、材木のように、ただ、ごろんとなって、息だけしている状態に陥ることだ。何もする気がなくなって(私)を失ってしまう。(私が ― 生きる ― )がない世界。恐怖だ!!
3996. 結局、私が、生涯かけて身につけたものは、たった三つであった。①歩行(身体と意識の)の楽しみ ②(考える)ことを考える楽しみ ③呼吸法(ただ、息を吸って、息を吐き、私をコントロールする、今・ここに)の楽しみ
3997. 「呼吸瞑想法」(今・ここに、意識が集中できる)一切を忘れて。心の疲れがとれる。血圧がさがる。自律神経が整う。(私)を変えてしまう!!
3998.「私のイメージ瞑想法」眼を閉じて、私が一番好きなところにゆったりと坐る。自然に、呼吸を整えて。私の場合は、家の裏山、村全体が眺められる峠。一本杉のある広場。眼下の風景を、ゆっくりと幻視する。一滴の水が山に降る。水は、木に、草に降り、渓川に、川に、そして、海へ。レンゲが咲き、菜の花が咲き、稲の緑が夏風にそよぎ、川の瀬では鮎がとびはねて、水が光って、蛇行して、海に至るその風景を、ゆっくりと楽しむ!!極楽である。
3999. 「宇宙瞑想法」の開発!!宇宙史の、生命史の原初にまでさかのぼる瞑想法。(私)を追って。右に父の顔、左に母の顔・・・そして、祖父母へ・・・人類のはじまりの人・グレートマザーへ。類人猿へ、哺乳類へ、魚類へ、どんどん(生命)の祖を追っていく。そして単細胞へ。宇宙からの光へ・・・と。合体する ― 宇宙と。
4000. おさらばの時が来た 最後の意識で 翔べ 宇宙へ 一即無限へ
