• 月曜日, 9月 26th, 2011
(私)を訪れるコトバで、一人のニンゲンを表現してみよう、と考えはじめたのは、アフォリズムが、100本を越えた頃からだ。
ひらめき、直観、思いつき、イメージ、感覚、ビジョン、幻、夢、意識、あらゆるものが、深層意識の蔵から、種子となって、立ち現れ、(私)のなかで、コトバになる。
毎日、毎日、ソレが来た瞬間に、ノオトに書き記してみた。純粋語に近いものかもしれない。
思考というものでもない。論理でもない。やはり、アフォリズム(イデア)であろう。
小説や評論とちがって、アフォリズムは、ソレが来なければ、書けない。計画して、思考して、書いているのではないから。
それにしても、2000本、コトバにしてみると、(私)というニンゲンに、こんな膨大なコトとモノが、訪れているのか、と我ながら、呆然とした。いったい、誰が、語っているのだろう!!
日々、見過したり、忘れたり、流したり、見棄てたり、(私)の外側で、消えて、死んでしまったはずのコトバが、集結して、結晶となった。
あとは、読んでくれる人が、そのコトバから、次のステップへと、歩を進めてほしい。あなたの、アフォリズムが誕生するかもしれません。
(私)は、行けるところまで行く覚悟です。
(平成23年9月19日)
Category: エッセイ